14話 聖女
「怪我はしていないか?」
「……」
女の子に声をかけるのだけど、反応がない。
ぽーっとした様子で、じっとこちらを見ていた。
「もしもし?」
「……あっ」
我に返った様子で、女の子は小さく声をあげた。
「えっと……なんでしょう、この感じは? 今まで味わったことのない、不思議な感覚……でも、とても心地いいですね」
「あの……?」
「あ、と……すみません。驚いてしまい、ついつい……もしかして、あなたが助けてくれたんですか?」
「一応、そういうことになるかな。大したことはしていないけど」
「そんな! あなたの魔法がなければ、今頃私は……それにしても、どのような魔法を使ったのですか? 火耐性を持つデスアントを火魔法で倒してしまうなんて……」
「ん? 普通のファイアだけど?」
「ファイア? それは……初級火魔法のファイアですか?」
「そう。俺、初級魔法しか使えないんだ」
「えっと……ああ、なるほど。冗談なんですね。死の危機に瀕していた私を気遣い、落ち着かせようという……ありがとうございます。あなたは、とても優しい方なんですね」
なんか、勘違いをされているような?
「お嬢さまっ!」
「ハルっ!」
訂正しようとした時、アリスと……それと、もう一人。
見知らぬ女の人がこちらに駆けてきた。
「お嬢さま、大丈夫ですか!? ものすごい炎が見えましたが、デスアントの群れは……」
「私なら大丈夫です。こちらの方に助けていただきました」
「あなたが……お嬢さまを助けていただき、誠にありがとうございます。遠くからではありますが、あなたの上級火魔法エクスプロージョンは見ておりました。きっと、さぞや名のある魔法使いなのですね」
「いやいや、俺なんてぜんぜん大したことない雑魚ですよ。というか、あれはエクスプ―ジョンじゃなくて、ただのファイアですよ」
「え? 初級火魔法の?」
「はい」
「……」
軽く首を傾げて、
「ははっ、冗談がお上手ですね」
笑う。
なぜ信じてくれない……?
「……そりゃ、冗談以外のなにものにも聞こえないからね」
アリスが後ろで苦笑していた。
「あなたは……?」
「自己紹介は後。まずは、怪我人の手当をしましょう」
「あっ! そ、そうですね!」
アリスの言う通りだ。
俺たちは手分けして怪我人の手当を行う。
「ハイヒール!」
俺と同じくらいの女の子は、回復魔法の使い手らしい。
次々と怪我人を癒やしていく。
もう一人の子はサポートに徹していた。
俺とアリスは、念の為に周囲の警戒と確認。
治療中に再び襲われたりしたら、とんでもないことになるからな。
「よし。この近くに魔物はいないみたいだな」
「そろそろ治療が終わっていると思うわ。あの子たちのところへ戻りましょう」
アリスの提案に従い、街道に戻る。
「アンジュ……さま……」
「ダメ、ダメですっ! しっかりしてください、意識を強く保ち、目を開けてください!」
その兵士は胸元を大量の血で染めていて……
女の子が涙目で必死に声をかけていた。
「セイクリッドブレスッ、セイクリッドブレスッ!!!」
女の子は何度も何度も上級回復魔法を唱える。
しかし、倒れた兵士が立ち上がることはない。
辛く、苦しそうに顔を歪めて……
時折、血を吐いていた。
治癒魔法が届かないほどの傷……
致命傷なのだろう。
「どうして、どうして……! 助けたいのに助けられないなんて……これじゃあ、私は、なんのために聖女に……!!!」
「お嬢さまのせいではありません。全て、魔物のせい。お嬢さまが気に病む必要は……」
「気にしないなんて無理です!」
女の子の悲痛な叫びに、この場にいる誰もが顔を歪ませた。
俺とアリスも例外ではない。
散ろうとしている命。
それを助けられないと、涙を流す女の子。
あまりにも辛い光景だ。
「……あっ」
ふと思いついた様子で、アリスが小さな声をあげた。
「ねえ。もしかしたら、ハルなら助けられるんじゃない?」
「えっ?」
突然、なにを……
「本当ですかっ!?」
女の子がすがりつくように、こちらに駆け寄ってきた。
「本当に、この人を助けられるんですか!?」
「え? いや、ちょ……待った待った。そんなことできないから。俺、特殊なポーションなんて持ってないし、治癒魔法も初級のヒールしか使えないから」
「そう、ですか……」
「いいえ、諦めるのはまだ早いわ。ハルのふざけた魔力なら、なんとかなるかもしれない」
「無茶を言わないでくれ。俺なんかが、上級治癒魔法でも癒やすことができない怪我を治せるわけないだろう?」
「まったく、自己評価が低いのがハルの最大の欠点よね。とにかく、試すだけ試してみて。ハルだって、この人を助けたいでしょう?」
「それは、まあ……」
「大丈夫。ハルなら、きっとできるから」
アリスの優しい言葉が、俺の背中を押してくれる。
「……わかった。やるだけやってみるよ」
自信なんてまったくないのだけど……
やらない後悔よりも、やる後悔の方がいい。
俺は、瀕死の兵士に手の平をかざした。
魔力を収束させて、魔法を唱える。
「ヒールッ!」
淡い光が兵士の体を包み込み……
傷だらけの体を癒やしていく。
苦しそうな顔が穏やかなものに変わる。
ほどなくして、スゥスゥと寝息が聞こえてきた。
「あぁ、神様……! ありがとうございます、ありがとうございます!」
「そんなバカな……お嬢さまのセイクリッドブレスでも癒やすことができなかった傷を、初級治癒魔法のヒールで……? ありえないですが……しかし、喜ばしいことですね」
様子を見守っていた他の兵士たちの歓声がわっと上がる。
女の子も涙を流して、兵士の無事を喜んでいた。
「ふぅ……うまくいってよかった」
「おつかれ、ハル」
「アリスは、うまくいくと?」
「確証はなかったけどね。でも、ファイアであれだけふざけた威力が出せるんだもの。治癒魔法もとんでもない効果を発揮しても、おかしくないでしょ」
「うーん……俺なんて、大したことはできないんだけどな」
「いやいや、十分にしているから。いい加減、自覚しなさいよ」
「でも、俺は雑魚だから」
「やれやれ……ハルが自信を持つのは、いつになるやら。まあ、これがハルらしいとも言えるけどね」
アリスは苦笑しつつ、おつかれさまというような感じで、俺の頭をぽんぽんと撫でた。
――――――――――
「「ありがとうございますっ!!」」
「あ、いや……」
二人の女の子に同時に頭を下げられて、ちょっと恐縮してしまう。
俺が兵士の命を救ったことになっているけど……
そんなことはない。
たぶん、偶然だろう。
女の子が事前に何度も上級治癒魔法をかけていたから、それがうまい具合に働いて……
俺の初級治癒魔法は、最後に軽くを背中を押しただけ。
そんな感じだと思う。
でなければ、俺なんかが瀕死の人を助けられるわけがないからな。
うん。
説得力のある説明だ。
「あなたのおかげで、死者を出すことなく、アーランドに戻ることができそうです。心からの感謝を」
「彼は私の部下であり、家族のような存在なのです。そんな彼の命を救ってくれたことを、深く感謝いたします」
「……まいったな」
俺は、本当に大したことはしていないんだけど……
「あっ、失礼しました。私の名前は、アンジュ・オータム。城塞都市アーランドを治める領主の娘であり、冒険者として活動をしています。職業は、聖女です」
にっこりと笑いながら、アンジュが自己紹介をした。
笑顔がよく似合う女の子だ。
たぶん、俺と同い年だろう。
やや幼い顔立ちをしていて……
でも、とんでもない美少女だ。
体は細く、背も小さい。
ドレスのような服を着ていて、それがよく似合っている。
領主の娘で聖女というのならば、それも納得だ。
「私は、ナイン・シンフォニアと申します。お嬢さま……アンジュさまの専属メイドです」
ナインさんがスカートをつまみ、優雅にお辞儀をした。
歳は……俺の二つ三つ上、というところか?
知的な感じがする、クールビューティーという感じだ。
アンジュと並ぶと、お姉さんという風に見える。
メイドと口にした通り、メイド服を身に着けている。
ただ、スカートを短くしていたり袖を短くしていたり、動きやすいように改造されている。
戦闘も担当するメイド、ということだろうか?
「俺は、ハル・トレイター。冒険者だ」
「あたしは、アリス・スプライト。同じく冒険者で、ハルとパーティーを組んでいるの」
「あの……名前で呼んでもいいでしょうか?」
「構わないよ」
「ええ、もちろん」
「ありがとうございます。ハルさん、アリスさん。どうか、私たちのことも名前で」
「えっと……いいんですか? 聞けば、領主さまの娘だというし……」
「気にしないでください。二人は命の恩人。そのような方に無作法を働くことはできません」
「あたしはなにもしてないんだけどね、はは」
アリスが苦笑していた。
「じゃあ……アンジュとナインで。よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
アンジュはほんのりと頬を染めながら、にっこりと笑うのだった。
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