139話 契約完了
「……申しわけありませんでした」
場所を変えて、学院長室。
亜麻色の髪の女の子は、ややふてくされた様子ではあるものの、謝罪をした。
騒ぎを聞きつけたシノが現れて、俺達のことを説明してくれて……
ようやく、女の子の誤解を解くことができた。
そして、これ以上騒ぎが大きくならないように、一度、学院長室へ移動。
そこで、女の子が全力で謝罪をしてきた……というわけだ。
「あ、いや……俺はそこまで気にしていないから」
彼女の名前は、クラウディア・ファナシス。
誰よりも規律を重んじる、魔法学院の生徒会長らしい。
とても真面目で、クラウディアは魔法学院の生徒全員の顔を覚えているのだとか。
そんな中、見知らぬ俺達が現れた。
しかも、学院の生徒を名乗っている。
これは怪しいと思い、あんな対応に出たらしい。
やや思い込みが激しい気がするものの……
強い正義感故の行動なので、咎めるつもりはない。
「やれやれ、自分達は怪しい者じゃないって、何度も言ったっすよ? それなのに耳を傾けない。生徒会長が聞いて呆れるっすねー」
「間違いは誰でもするからね、仕方ないね。でも、二度は繰り返したらダメだよ?」
なぜか、サナとシルファがマウントを取る。
クラウディアに絡まれた時、二人はのんびりしていたのだけど……
「ぐぬぬっ」
一応、謝罪はしたものの、クラウディアは納得いかない部分があるらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ただ、心の内は言葉にしない。
シノの手前、これ以上の醜態を晒すことはできないと考えているのか……
あるいは、覚えていろよ、と恨みを募らせているのか。
どちらかなのか、それは判断できない。
「彼らのことは僕が担当するから、ファナシスくんは戻っていいよ」
「し、しかし学院長、彼らは……!」
「ファナシスくん」
「っ!?」
シノの冷たい声に、クラウディアがビクリと震えた。
「確かに、僕は彼らの編入を周知させることを徹底していなかった。これは、僕の落ち度でもある。ただ、少し考えて情報を集めれば、彼らが編入生であることはすぐに理解できただろう?」
「それは……」
「少し前に、僕が直接、彼らの試験を行っている。それを見ていた生徒は多い。書類だけではあるけれど、生徒会に対しても連絡はしておいた。それなのに、キミが知らないのはキミの問題だと思わないかな?」
「……その通りです」
反論する言葉が見つからないらしく、クラウディアがうなだれた。
ちょっとかわいそうだと思うものの……
でも、仕方ないかな、と思うところもある。
シノからしてみれば、クラウディアの勝手な行動で面目を潰されたわけで……
上に立つ者として、怒らないわけがない。
「じゃあ、話は終わりだ」
「……わかりました」
「ああ、そうそう。ファナシスくんみたいに、彼らのことを知らないものがいたら困るからね。ファナシスくんからも、彼らのことを周知させておいてくれ」
「っ……わかり、ました!」
クラウディアは、なんとか反論を飲み込んだ様子だ。
シノに一礼して……
それから、一瞬だけ俺を睨みつけた後、学院長室を後にした。
うーん。
生徒会長というのだから、できれば仲良くしたいのだけど……
あの様子を見る限り、なかなかに難しいかもしれない。
「やれやれ……すまないね。ファナシスくんは真面目で優秀な生徒なのだけど、ちょっと頭が固いというか、思い込みが激しいところがあってね」
「まあ、大丈夫。特になにかされたわけじゃないから」
「……アリスさん。私の見た感じでは、上級風魔法を連発されていたように見えましたが、あれは、ハルさんにとって大したことじゃないんでしょうか?」
「……涼しい顔して、全部防いでいたからね。なんとも思っていないんじゃないかしら?」
二人の話を聞いたシノが顔を引きつらせた。
「そんなことをしていたのかい? いやあ……ますます、すまないね。ファナシスくんには、よく言い聞かせておかないとダメだな」
「しかし」と間を挟み、シノが言葉を続ける。
「上級風魔法の連射を涼しい顔をして防いだというのは、実に興味深いね。どうだろう? トレイターくん、僕の実験に協力するつもりはないかい?」
「実験?」
「うむ。ちょっと魔力量を測定したり、才能を計ったり、色々と計測するのだけど……」
「そんな怪しい実験は……」
「お断りします!」
アリスとアンジュが、俺を守るような感じで左右から抱きついてきた。
保護者が二人に増えたような感じだ。
「うーむ、残念。まあ、冗談だけどね。気にしないでくれたまえ」
間違いなく本気だったと思うのだけど、ツッコミは入れないでおいた。
「さて……少しトラブルはあったものの、諸々の手続きを済ませてしまおうか。まず最初に、これがキミ達の生徒手帳だ」
俺達全員に生徒手帳が配られた。
表紙に魔法学院の紋章が刻まれている。
最初の一ページ目は身分証のようになっていて、残りは、校則が書かれていたりカレンダーになっていたりメモ用紙になっていたりする。
「見てわかるように、生徒手帳は学院の身分証を兼ねている。なくすと色々と面倒になるから、気をつけてくれよ?」
「そうだね、気をつけるよ」
「それともう一つ。これを後ろの三人に」
小さなピンバッジを三つ、渡された。
「これは?」
「従者ということを示すものだよ。従者も制服を着るから、見た目だけでは区別がつかなくてね。その対策として、従者はピンバッジをつけることにしているのさ」
「区別することは必要なの?」
「生徒だけしか入れないところもあるからね。逆に、従者だけしか入れない場所もある。他にもいくつかルールがあるため、必要なのさ」
「なるほど」
そういうことなら仕方ない。
ナイン、サナ、シルファの三人にピンバッジをつけてもらう。
「最後に、契約書だ。内容に問題がなければサインをしてくれるかい? それで、晴れて君達は魔法学院の正式な生徒となる」
シノから渡された契約書に目を通す。
怠惰であることなく、常に勤勉であること。
学院の情報を外に漏らさないこと。
魔法学院の生徒にふさわしい生活、行動を送ること。
そのようなことがずらりと書かれていた。
一通り読んでみたものの、特に問題はないように思えた。
アリスを見ると、大丈夫、というように頷かれた。
「よし」
契約書にサインをした。
そんな俺を見て、みんなもサインをする。
シノは契約書を回収して、満足そうに頷く。
「うん、これで君達は、今日から魔法学院の生徒だ。僕はキミ達を歓迎するよ。共に学び、共に成長して、共に苦楽を味わおうじゃないか」
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