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135話 使徒シノ

 俺は、今日何度目になるかわからない驚き顔をした。

 目を丸くして、口をぽかんと開ける。


 シノが使徒?


 いったい、どういうことなのか。

 色々な情報を立て続けに得たせいか、頭が混乱して、うまく思考が回らない。

 ??? と、クエスチョンマークが思考の大半を占めてしまう。


「おや、驚いているみたいだね」

「それは、まあ……驚く以外にどうしろと?」

「ははっ、驚きながらも、それなりに冷静だね。普通なら、もっと取り乱すと思うよ?」

「いや、もう、なんていうか……驚きが強すぎて、大きく反応することもできないというか……」


 あまりのショックに、心が麻痺したという感じだろうか?

 なかなか正常に戻ることができず……

 自分のことを、どこか別の場所から他人事のように眺めている……そんな気分だ。


「すー……はー……」


 とにかくも、深呼吸をした。


 よし。

 少しだけ思考がクリアーになり、多少ではあるが、物事を考える余裕が出てきた。


「使徒は、魔人の力を分け与えられた忠実な部下……という認識で問題ないかな?」

「そうだね、それで問題ないよ。細かく説明するなら、まあ、色々と齟齬が生じるのだけど……まあ、それだと時間がいくらあっても足りないからね。大体の認識が一致していれば、この後の話に問題が生じることもないだろう」

「続けて質問をしても?」

「うん、構わないよ」

「シノは……何が目的なんだ?」


 断定はできないのだけど、俺達に対する敵意はない……と思う。

 なにか悪事を企んでいるのなら、実行する機会は何度でもあった。


 それをしないということは、悪事ではなくて、なにか別のことを企んでいるのだろう。

 例えば……フラウロスがそうしようとしたように、俺を使徒にしようとしている、とか。


「うーん、目的か。目的ねえ……」


 なぜか、シノが困った様子に。


「目的と言われても、特にないんだよね」

「え?」

「強いて言うのならば、君達を魔法学院に迎えることかな? キミ達は、とても興味深い存在だ。力と知識はやや足りないが、これから、大幅に成長して化ける可能性が高い。そうなれば、ウチに大きなメリットをもたらしてくれるだろう。強くしてやったのだから、頼みを聞いてくれるよね? とか、そんな感じで」

「えっと……シノはあくまでも、学院長として動いている、と?」

「そうだね」

「え? いや……え?」


 軽く混乱してしまう。


「使徒って、そういうものなの? 魔人の部下なのだから、もっとこう……」

「悪いことを企んでいる、と思ったかい?」


 コクリと頷いた。


 そんな俺を見て、シノが楽しそうに笑う。


「キミは素直だなあ。僕は気にしないけど、そういう反応をされたら、中には怒る人もいるぜ? 素直なだけじゃなくて、もっと、交渉を学ばないとダメだね」

「むぅ」


 その辺りのことは、アリス頼みなので……

 痛いところを突かれてしまい、ついついうめき声がこぼれてしまう。


「まあ、安心したまえ。僕は、なにも悪いことは企んでいない。神に誓って……なんていうと、僕は使徒だから、逆にうさんくさいね。そうだな……うん。僕の主の魔人に誓って、嘘はついていないと断言しよう」

「そこまで言うのなら……」


 信じてもいいのかもしれない。

 でも、だとしたら、彼女の目的はどこにあるのだろう?


 俺の疑問を察したらしく、シノがニヤリと笑う。


「僕の目的は二つ。一つは、今も言った通り、才能のあるキミ達を迎え入れて、学院をもっともっと発展させることさ」

「もう一つは?」

「キミのことを、なるべく近いところで観察したい」

「俺を?」

「キミは特別な存在だからね。マルファスも気にかけているみたいだから、この先、どうなるか……ものすごく興味がある」

「……」

「あっ、後々の悪事に繋がる、なんていう理由はないよ? キミのことを知りたいのは、単なる僕の知的探究心によるものさ。僕は研究者のようなものでね。世界中のありとあらゆることを知りたいと思っているんだよ」

「その対象の一つが……俺?」

「そうだね」

「なんで、俺?」

「うーん」


 前々から、自分の存在について疑問に思うことがあった。


 うまく言葉にできないのだけど……


 俺は、本当に俺なのだろうか?

 ハル・トレイターという人なのだろうか?

 もしかしたら、まったくの別人ではないのか?


 そんな違和感を抱くようになっていた。

 決定的なのは、フラウロスと対峙した時だ。


 あの時……

 意識を失う直前に、自分の中でなにか得体のしれないものがうごめいているような、そんな感覚を得た。


 以来、俺は自分に対して疑問を持っている。

 その秘密について、シノはなにか知っているのだろうか?

 だとしたら、ぜひとも知りたい。


「すまないね。僕の口から話すことはできないかな」

「どうして!?」

「いやー、僕としては、キミが知りたいなら話しても構わないと思うんだけどね? でも、マルファスとかが反対しているんだよ。下手に刺激をしたくない、ってね」

「刺激?」

「僕は使徒だから、主じゃないとしても、他の魔人に逆らうことはできないのさ。すまないね」

「いや……うん、気にしないで。俺の方こそ、無茶を言ったみたいでごめん」


 シノが本当に申しわけなさそうにするものだから、こちらも素直に頭を下げた。


 シノは、俺の知らないことを色々と知っている。

 でも、その全てを教えてもらうことは不可能。

 本当に知らなければいけないことは、自分で調べるしかない、っていうことか。


「それで、話は元に戻るけど……僕は使徒だ。悪巧みはしていないと誓うが、それを信じるか信じないかはキミ次第。さて、ここで質問だ。使徒である僕が運営する魔法学院に入学するつもりはあるかい?」

「あるよ」

「おぉ、即答。これは予想外の展開だなあ……それは、どうしてかな?」

「リスクは、もちろんあると思う。シノが嘘をついていたら、とんでもない目に遭うかもしれない」

「それを理解しているのなら、どうして?」

「シノなら、信じてもいいかな……って」

「へ?」

「それで失敗したのなら、まあ、仕方ないかで受け止められそうな気がするから。あれこれと疑うよりは、信じる方がいいからね」

「まさか、それが理由なのかい?」

「うん」

「……」


 シノはぽかんとして……

 次いで、くくくと実に楽しそうに笑う。


「まさか、それが理由だなんて……いやはや。キミはおもしろいね。とてもおもしろい」

「それ、嫌味?」

「まさか。本音さ。ますます興味が湧いてきたよ」

「うーん」


 よくわからないけど、ますますシノに気に入られたみたいだ。

 よかった……でいいのかな?


「とりあえず」


 シノが手を差し出してきた。


「魔人や使徒のこと、キミのこと。教えづらいこともあるけれど、でも、知識を蓄えたり鍛錬をしたりすることの助力は惜しまないつもりさ。これから、よろしく頼むよ」

「こちらこそ」


 握手に応じて、しっかりとシノの手を握る。


 使徒といっても、普通の女の子とぜんぜん変わりなくて……

 柔らかくて温かい手だった。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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