127話 懐かれた
スパイ達を捕まえて、シノさんの部下に引き渡した。
その後、俺達は宿に戻り待機する。
「あのちびっこ学院長、遅いっすねー」
「スパイの処遇やらで、色々とやらないといけないことがあるのでしょう。多少、待たなければいけないのは仕方ないことかと」
「ナインの言う通りです。焦っても仕方ないですし、ゆっくり待ちましょう」
「そうだね。わりと順調に事は進んでいる方だと思うから、焦らずにいこう。それよりも今は……」
「この子のことを考えないと、ね」
どこか困った顔をしたアリスは、視線を上にやる。
そんな彼女の視線を追いかけて……アリスの頭の上に目をやると、ふわふわと浮かぶ光の球が。
倉庫で見つけた精霊だ。
最初は、シノさんの部下に連れて行ってもらおうとしたのだけど……
精霊は拒否して、アリスの傍から離れようとしなかった。
以降も、片時も離れようとしない。
アリスの頭の上を定位置として、ふわふわと浮いている。
まるで親鳥について回る雛のようだ。
「この子、どうすればいいのかしら?」
アリスが手を差し出すと、ふわりと、精霊が降りてきた。
どこかじゃれつくような感じで手の平に乗る。
「シノさんの部下は、なんて言っていたのです?」
「学院長の判断に任せることになるだろうが、ここまで人に懐いた精霊を引き離すことは難しいだろう……って」
「えっと……私、精霊についてはよく知らないんですけど、あまり人に懐かないものなんですか?」
「そんな話、聞いたことないわ。というか、伝承だと、精霊は人を嫌っているはずなんだけど……」
火や風、土や水に宿る高位の生命体。
希少性は高く、一生に一度、出会えるかどうか。
故に、生態系は解明されておらず、謎に包まれている部分が多い。
ただ、自然に宿るということが判明していて……
そして、人は、その自然を壊すことが多い。
そのため、精霊は人を嫌う。
姿を見せないのが証拠だ。
……という説があることをアリスに教えてもらった。
「納得のいく説明なんだけど、でも……」
「普通に、人前に姿を見せているよ?」
シルファのもっともな指摘に、みんな、頭を悩ませる。
この精霊は、いったいなにを考えているのだろう?
ただ単に、アリスに懐いているだけなのか。
それとも、なにか深い思惑があるのか。
考えてみるのだけど、精霊の考えなんてさっぱりわからない。
「おいで」
シルファが手を差し出して、犬や猫にやるように、ちょいちょいと手招きをした。
しかし、精霊は反応しない。
変わらずにアリスの手の平の上で、ふわふわと浮かんでいる。
それを見たシルファは、ちょっと残念そうな顔に。
「やっぱり、アリスに懐いているような気がするかな」
「私も同意見です。なんていうか、根拠はないんですけど……その精霊さんを見ていると、猫ちゃんを連想します」
「自分は犬っすね」
「私は、リスでしょうか」
犬とか猫とかリスとか、そういうのはどうでもいいと思う。
「ホント……この子、どうすればいいのかしら?」
「飼っちゃえばいいんじゃないっすか?」
「簡単に言わないでよ。どうやって育てればいいか、まったくわからないのに」
「自分、多少ならわかるっすよ」
「「「えっ!?」」」
あのサナが、そんなことを知っているの? というような感じで、この場にいる全員が驚いた。
シルファでさえ、目を丸くして驚いていた。
そんな反応を見て、サナがジト目に。
「自分、どんな風に思われていたっすか……?」
「おばかキャラ?」
「うわぁーん、師匠ー! シルファがいじめるっす!」
「えっと……シルファ、今のはさすがに」
「うん、反省した。つい」
「まあ、いいっすけどね」
いいんだ。
「だから、飼おうと思えば飼えるっすよ。大して必要なものはないし、苦労するようなものでないから」
「と言われても、簡単に決めていいものなのかしら? そもそも、違法品扱いになるだろうから、学術都市の所有物になるんじゃあ?」
「いや、それはないかな」
振り返ると、シノの姿が。
後処理などを終えたらしい。
ウェイトレスにドリンクを注文した後、空けておいた席に座る。
「シノさん。後処理は?」
「うん、問題なく終わったよ。君達のおかげかな。お礼を言うよ」
「いえ、そういう契約だから。それで……」
「うん、その精霊についてだけど、学術都市が管理する、っていう展開はないかな?」
「それは、どうして? 学術都市に納品される予定だったから、管理義務というか、権利があるのでは?」
「普通に考えるとそうなるんだけどねえ……しかし、相手は精霊だ。下手なことをして、精霊の怒りを買いたくない。最悪、都市が崩壊するからね」
「え。なにその怖い話」
「冗談とか脅しでもないよ。精霊は、それくらいの力を持っているんだよ。まあ、見たところ、この子は子供のようだから、そこまで大きな力は持っていないだろうけど……でも、この子に引き寄せられて親がやってきて、それで悪感情を持たれたら……っていう警戒はするよ」
「なるほど。精霊は興味深いけど、調査をするにしても、リスクが大きすぎる、っていうことか」
「そういうこと。だから、下手に管理しようとしないで、そのまま見なかったことにするんじゃないかな?」
「それじゃあ、この子はあたしがなんとかしないといけない?」
「うん。あぁ、もちろん、強制することはないからね。イヤだというのなら、そこら辺で、適当に放してしまうといいさ。その懐き具合からすると戻ってくるかもしれないけど、何度も繰り返せば、自分が必要とされていないことはわかると思うよ。精霊は賢いからね」
「うーん」
アリスが渋面に。
精霊を飼うなんて、そんな大層なことをしてもいいのか?
しかし、そこらに放すなんて適当なことはしたくない。
そんな迷いを抱いているらしく、指先で精霊をつつきながら、問いかける。
「お前はどうしたい?」
精霊は喜ぶような感じで、今度はアリスの肩に乗る。
一緒にいたい、と示しているかのようだ。
「僕としては、一緒にいることをオススメするよ。こう言うのもなんだけど、その方が、魔法学院に入学しやすくなる」
「それは、どういうこと? 紹介状を書いてくれるんだよね?」
「もちろん。約束を違えるつもりはないから、そう怖い顔をしないでほしい」
降参という感じで、シノが両手を挙げる。
そういう態度が不信を招いているのだけど……
たぶん、この人の場合は、確信犯だろうな。
あえて、相手の思考と心を乱す。
そうすることで自分のペースに持ち込む。
そんな会話の流れを得意としているのだろう。
「約束した通り、紹介状は書くよ。ただ、学院長といっても万能じゃないんだよね。僕の紹介状があるからといって、百パーセント入学できるわけじゃないんだ。やっぱり、相応の理由がないと……ね」
「その理由に、精霊が当てはまると?」
「そういうこと。ドラゴンに精霊。この二つの要素があれば、わりとうまくいくと思うよ。まだちょっと、落ちる可能性はあるけど……まあ、そこは、残りのメンバーの力に期待かな」
「それなら問題ないっすね。なにしろ、師匠がいますから」
「はい、そうですね。ハルさんなら、なにも問題ありません」
「ふむ? やけにキミの評価が高いね。もしかして、とんでもない有名人だったりするのかい? だとしたら、ごめんよ。あまり外に出ることがないし、外の情報を集めることも少なくてね。世間の流れに疎いんだよ」
「いや、そんなことはないから、心配しなくても大丈夫ですよ。でも、そういう事情もあるのなら、ますます、その子と一緒にいた方がいいと思うんだけど……アリスはどうしたい?」
「そうね……うん、決めた。あたし、この子と一緒にいるわ。今聞いた事情もそうだけど、それだけじゃなくて、情が湧いちゃったみたい。今更、この子と離れるとか考えたくないかも」
「うん、それでこそアリスだね」
彼女らしい決断に、俺は、応援するというように笑顔で頷いてみせた。
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