125話 違法品
「ハル、今の……」
「うん、俺にも聞こえたよ。ただ……」
不思議な感じの声だった。
なんて言えばいいのか……頭の中に響いていて、魔法を使って話しかけられたような気分だ。
ただ、倉庫内には俺達しかいない。
スパイの姿も見当たらないから、たぶん、まだ来ていないだろう。
「どういうことだろう?」
「ねえ、あなたは誰なの? どこにいるの?」
アリスが呼びかけてみるが、返事はない。
あれほどまでにハッキリと聞こえたんだ。
勘違いということはないと思うのだけど……どういうことだろう?
「いったい、今のは……?」
「……」
「アリス? どうしたの?」
「あたし、わかるかも」
アリスはゆっくりと歩き出した。
その歩みは遅いものの、しかし、迷うことはない。
なにかに導かれるかのように、倉庫内を進み、とある場所に移動する。
「さっきの声は、あなたなの?」
アリスは、無造作に置かれていた小瓶を手に取る。
中にはなにも入っていない。
「……いや、これは」
瓶の向こう側の景色が揺らいでいる。
なにも入っていないように見えて、目に見えないような、透明ななにかが入っているみたいだ。
「ねえ、あなたが助けて、って言ったの?」
「……」
アリスの呼びかけに反応するかのように、瓶に変化が起きた。
さきほどまでなにもなかったはずなのに、急に光が満ちる。
その光は一箇所に集まり、一つの塊となって、ふわふわと瓶の中で浮かぶ。
「なんだろう、これ? 生き物なのかな?」
「……」
「光ってて、ふわふわしてて……うーん? 見たことないけど……って、アリス?」
「……」
アリスは目を大きくして、ものすごく驚いていた。
ここまで驚いているアリスは、久しぶりに見たかもしれない。
「もしかして、このふわふわの光の塊に心当たりが?」
「え、ええ……もしかしたら、っていう程度で、確信があるわけじゃないんだけど。でも、それ以外に可能性はないと思うし……でも、まさか」
「アリス?」
よほど意外性のあるものらしい。
こちらの声が半分届いていない様子で、アリスはぶつぶつとつぶやいている。
「アリス」
「えっ? あ……ごめんね、ハル。想像すらしていなかったことに驚いて」
「ううん、構わないよ。それよりも、そいつの正体を知っているの?」
「たぶん、なんだけど……精霊だと思う」
「精霊?」
火や水。
風や土などの自然に宿ると言われている、超常的な存在。
世界の管理を司る存在でもある……とかなんとか。
詳しくは知らないのだけど、伝説の存在として語られることが多い。
なので、実在していると信じている人は少ない。
大抵の人は、おとぎ話だけの存在と思っているはずだ。
かくいう俺も、そう思っていたのだけど……
「精霊って、それは本当に?」
「確証はないの。おそらく、っていう程度のもの」
「どうして、アリスは精霊だと?」
「信じてもらえないかもしれないけど……あたし、一度、精霊に会ったことがあるのよ」
「え、それは本当に?」
「本当よ。私、ハルに嘘なんて吐かないわ」
信じてほしい、というような感じで、アリスがこちらを見る。
それに対する答えは、もちろん決まっている。
「そっか……うん、信じるよ」
「ありがとう、ハル。あたしを信じてくれて」
「アリスを信じるなんて、当たり前のことだからね」
「なら、あたしがカラスが白だ、って言ったら?」
「うーん……さすがに迷うけど、まずは、本当に白いカラスがいるのか探してみるかな。すぐに疑って、否定するようなことはしたくない。だって、アリスだもの」
「そ、そう」
なぜか、アリスの頬が朱色に染まる。
「どうしたの、アリス?」
「いえ、その……そこまでまっすぐな信頼を寄せられると、さすがに、ちょっと照れくさくて」
「そういうもの?」
「そういうものよ、まったく」
照れ隠しのように、強い口調で言う。
それから、こほんと仕切り直す咳払いをして、改めて小瓶を見る。
「それで、この子のことだけど……」
「たぶん、精霊なんだよね?」
「証明はできないけど、間違いないと思うわ。昔、見た子とそっくりだもの。それに、こんな不思議な生き物は他にいないと思うし」
「精霊が実在していたことに驚きだけど、アリスが会っていた、っていうのも驚きだよね」
「ちょっと昔、色々とあって」
言葉を濁すアリス。
苦い思い出というわけではなくて、時間がかかる話らしい。
今はそれだけの時間がない、ということかな。
「これ、捕まっているってことになるよね?」
「たぶん」
「精霊の売買をするなんて、とんでもない違法行為になると思うんだけど、シノさんはこのことを知っているのかな?」
「そうかしら? 隠していることが、もしかしたら、この違法売買のことかもしれないし……」
「でも、違うかもしれない」
「判断に迷うところね……ハルはどう思う?」
「俺は、違法売買に関しては、シノさんは関係ないと思う」
シノさんが、なにか隠していることは間違いないと思う。
ただ、それが違法売買ということはないだろう。
そんなことをしているのなら、わざわざ自分の懐に招き入れるようなことはしない。
そしてなにより、そこまでの悪人には見えなかった。
そんな考えを伝えると、アリスが苦笑する。
「ハルらしい答えね」
「ダメかな?」
「ううん、いいと思う。疑り深いよりは、そういう、純粋なハルの方があたしは好きよ。うん、とてもハルらしいもの」
「ありがとう、アリス」
アリスの理解を得ることができた。
二人の意見も一致した。
「それじゃあ、この子は逃がしてあげましょうか」
「そうだね、それがいいと思う」
「はい、あなたはもう自由よ」
小瓶に張られていた札を剥がして、それから蓋を開けた。
恐る恐るというような感じで、光の球が瓶から出てきた。
ふわふわと浮かんで、アリスの周囲を漂う。
どことなく、猫がじゃれついているようにも見える。
「もしかして、アリスに懐いているのかな?」
「そう、かも。自分で言うのもなんだけど、精霊に好かれやすい体質だから」
「そのへんの話は、またいつか聞かせてもらえたらとして……とりあえず、逃がした方がいいね。ここにいたら、巻き込まれるかもしれないし」
「そうね」
アリスは優しい顔をして、そっと光の球に手を差し出す。
「ここは、もう少ししたら危ないことになるかもしれないの。だから、ここにいたらダメよ。どこか遠くに逃げなさい」
「……」
「ほら、行って。もう二度と、捕まらないようにね」
「……」
光の球は、お礼をいうような感じで、くるりとアリスの周囲を回る。
それから、ふわりと上昇して、どこかへ消えた。
「ちゃんと逃げられて、仲間と合流できればいいんだけど」
「そうだね。一人でいるのは、寂しいことだからね」
どことなく、自分と重ねて見てしまう俺だった。
「さてと……それじゃあ、気持ちを切り替えていきましょうか」
「そうだね。お客さんも来たみたいだし、本来の目的をがんばろう」
俺達以外の人の気配がする。
シノが言っていたスパイだろう。
さて、がんばるとしますか。
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