124話 潜入捜査
結局、依頼は請けることにした。
確かに、シノはなにかを隠しているかもしれない。
ただ、悪いことではないと思う。
今日、俺達が学術都市手前の宿場街に到着したことは、まったくの偶然。
シノと出会ったことも、本当の偶然。
それなのに、事前から色々と企み、仕込んでいるなんてことは、さすがに不可能だろう。
俺達のこれまでのことから、今に至るまでの行動、全てを読んでいたという可能性はなきにしもあらずだけど……
そこまでくると、もはや神の領域だ。
そんなことはできないと、結論づける。
故に、シノは即興でなにかを思いついた。
学院長という立場もあるし、悪いことではないだろうと判断した。
そんな感じだ。
その後、俺達は……
「まさか、すぐに動くなんてね」
「それだけ急な用件なのかもね」
夜の宿場街。
俺とアリスは、人気のない倉庫街で、物陰に身を潜めていた。
この倉庫街には、学術都市に流通するありとあらゆる商品が保管されている。
自給自足には限界があるため、学術都市といえど、いくらかの商品は外から取り寄せている。
ただ、検閲なしに流通させることは絶対にない。
一時的に、倉庫などの保管。
そこで問題がないかの検品をした後、ようやく、学術都市の内部に送られることになっている。
この倉庫街にある商品は、検品を終えて、明日、学術都市に運び込まれる予定のものが保管されている。
シノ曰く、これらの商品を別のものとすり替える輩がいるらしい。
盗聴器などがついたものと取り替える。
あるいは、もっと大胆に、スパイを内部に忍ばせた本物と偽物を取り替える。
それを足がかりにして、学術都市の内部へ潜入する。
そんな情報を掴んだシノは、スパイの摘発を考えるものの、手が足りない。
そこで、俺達に目をつけた……らしい。
あの後、連絡をとると、そんな説明をされた。
そして、俺達が依頼を請けると確信していたらしく、そのまま仕事へ。
やっぱり、油断ならない人だ。
「でも、本当にスパイなんて現れるのかしら?」
「シノさんの話だと、今夜、確実に現れるみたいだね。倉庫街に保管されている商品に細工をするために、中へ侵入するとか」
「そこをあたし達が捕まえる、っていうわけね」
「そういうこと」
「んー」
アリスが考えるような仕草を取る。
「シノさんのこと、まだ疑わしい?」
「それはもちろん」
「容赦ないね……」
「いきなり話しかけてきて、協力してほしい。そうすれば、魔法学院への紹介状を書いてあげる、なんて言われても信じられるわけないじゃない。なにかしら裏があるに決まっているわ。ハルも、そう考えているんでしょ?」
「うん、まあ。なにかしら裏があるのは間違いないと思うけど……悪い感じはしないんだよね」
悪意は感じられない。
まあ、それすらも巧妙に隠しているだけなのかもしれないけど、その時は、もうお手上げだ。
役者のような演技ができる人の嘘を見抜く観察眼なんて、俺にはない。
できることは、ただ愚直に信じるだけ。
でも、それでいいと思う。
あまり大したことはできない俺だけど……
でも、心が腐ったりしたら目もあてられない。
「とりあえず、依頼をがんばろうか。なにか隠されているとしても、今、この場で罠にかけられることはないと思うからね」
「それは、どうして?」
「俺達を罠にかけるなら、あえて接触なんてしてこないよ。秘密裏にコソコソと隠れてやった方が、遥かに効率がいい」
「それもそうね。うん、さすがハル。ちゃんと見て、ちゃんと考えているのね」
「アリスに教わったことだよ」
「ふふっ、よかった。あたし、ハルの力になれているのね」
うれしそうに笑うアリスと一緒に、あらかじめ用意してもらった鍵を使い、倉庫の中に入る。
シノに指定された倉庫だ。
彼女の推理では、ここにスパイが現れるという。
ちなみに、他のみんなは別行動だ。
スパイが逃げた時に備えて包囲網を敷いてもらっている。
倉庫街の入り口は二つ。
アンジュとナイン、シルファとサナのコンビが、それぞれの入り口を見張り、スパイを待ち構えている。
これならば、と思う作戦だけど、油断はできない。
一人でもスパイを逃がしたら、依頼は失敗。
紹介状も書いてもらえないだろう。
そうならないように、がんばって仕事をしないと。
「ハル」
「うん?」
「あまり気負わないでね? ハルには、あたし達がいるんだから」
「……うん、ありがとう」
アリスはいつも頼りになるな。
彼女がいれば、大抵のことはなんとかなるような気がした。
「それにしても、大きな倉庫ね」
「ここの倉庫が一番、大きいらしいよ。学術都市に納品される、ありとあらゆる品が保管されているみたいだからね」
「それ故に、スパイに狙われやすい、っていうわけか。あのちびっこ学院長も、ちゃんと考えてものを言っているみたいね」
「あはは、その言い方、本人が耳にしたら怒りそうだね」
「内緒よ?」
「了解」
笑いつつ、指定された待機場所へ向かう。
どういう根拠があるのか、シノは、スパイが現れる時間も指定していた。
たぶん、彼女の言う通り、スパイは指定された時間……三十分後に現れるのだろう。
だから今はまだ、おしゃべりをしていても構わない。
ただ……そこまでわかっているのなら、やはり、自分で動いた方が確実だと思うのだけど。
どうして、俺達を雇ったのか、なかなかに理解に苦しむ。
とはいえ、ここで降りるという選択肢はない。
学術都市に入るために、魔法学院に入学するために、やれることをやるだけだ。
アリスと一緒に、所定の位置に移動した。
あと二十分ほどで、少し離れたところにスパイが現れるはずだ。
それまでは待機。
念の為に、これ以上の会話も控えて……
「あら?」
ふと、アリスが不思議そうな顔をした。
「ねえ、ハル。今、なにか言った?」
「え? いや、なにも」
「おかしいわね。なにか、声が聞こえたような気がするんだけど」
「もしかして、俺達よりも先にスパイが?」
周囲の様子を探るものの……
しかし、人の姿はない。
「誰もいないと思うけど……気の所為っていうことは?」
「ない、と思うんだけど」
アリスも自信がないらしく、怪訝そうに周囲を見回していた。
と、その時。
「……タスケテ……」
その声は、俺にも聞こえた。
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