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120話 どうしようもない時は

 一ヶ月以内に村を捨てて、他所へ移住すること。

 約束が守られなかった時は、騎士団へ通報する。


 そう釘を差して、俺達は村を後にした。


 正直なところ、村人達が約束を守るかどうかわからない。

 下手をしたら、何食わぬ顔でそのまま生活を続けるかもしれない。

 旅をしている俺達はそれを確認する術はない。


 でも、放置するつもりはない。

 後々で遺恨が生まれないように。

 別の人が被害に合わないように。

 事件を知った俺達は、しっかりとした対処をする義務がある。


「ねえ、ハル」


 アリスが隣に座る。

 馬車に揺られて、一緒に外の景色を眺めなたら問いかけてくる。


「あの村のこと、どうするの?」

「あ、それは私も気になっていました」


 対面に座るアンジュも会話に参加してきた。


「どうする、っていうのは?」

「一応、釘は刺しておいたけど……でも、本当に村を捨てると思う?」

「私も、そこは疑問に思っていました。誰も確かめる人がいないわけですし、彼らがおとなしく言うことを聞いてくれるかどうか」

「うん、それは俺も同じことを思っていたよ」

「それじゃあ……」

「もちろん、対策は打ってあるよ」

「え? でも、なにもしていなかったように見えたんだけど……」


 あなたは知っている? という感じで、アリスがアンジュを見た。

 アンジュは首を横に振る。


「対策というか、半分くらい騙すようなことなんだけどね」


 村を発つ前に、周辺の冒険者ギルドに簡単な手紙を出しておいた。

 辺境の村で冒険者や旅人が行方不明になっている。

 なにかしら事件が起きているかもしれない……と。


 冒険者ギルドは、当然、調査に乗り出すだろう。

 ただ、村ぐるみの犯行とすぐに気づくことはないだろうから、真実に辿り着くには時間がかかるはず。


 そうしている間に、村人達も気づくだろう。

 自分達は怪しまれている。

 このままでは、いずれ、真実が明らかになってしまう。


 彼らが選ぶことができる道はただ一つ。

 事件を突き止められて逮捕される前に村を捨てて、逃げ出すことだ。


 もしかしたら、村に残り、冒険者ギルドの調査を妨害しようとするかもしれない。

 今までしてきたように、口封じを図ろうとするかもしれない。

 でも、すでに行方不明者が出ているため、低レベルの冒険者が派遣されるということはないだろう。

 ほぼ間違いなく、高レベルの冒険者が派遣される。


 そんな相手を敵に回して、ただの村人が勝利を掴むことは不可能だ。

 そうなった時は、彼らは全ての罪を暴かれて、逮捕されるだろう。


「……そういうわけで、時間はかかるかもしれないけど、あの村人達は村を捨てて逃げるか逮捕されるか、その二択しか残されていないんだよ。自発的に出ていく、っていうところに期待したいけど……まあ、そこはどうなるか、わからないかな」

「ハルさん、すごいです。そこまで考えて、行動していたなんて……」

「ハルは他の人が被害に遭わないように、そこまでしたのね? うん。そういう優しいけど厳しいところ、あたしは好きよ」

「ありがとう、アリス。そう言ってもらえると、少し気持ちが楽になるかな」


 相手は、自分達のために他の人に犠牲を強いてきた連中だ。

 どんな結果になっても同情する余地はない。


 それでも。


 キマイラなんてものが現れなければ、彼らは普通に暮らしていた。

 外道に堕ちることはなくて、穏やかな生活を続けていたはずだ。

 そう考えると、なんともいえない気持ちになる。


「俺は甘いのかな?」

「ううん、そんなことはないわ」


 アリスが、そっと俺の手を両手で包み込む。

 温かい。


「人によっては、非情に徹することができないことを甘いって言うかもしれないけど……でも、あたしは、そうは思わない。ハルは、ただただ優しいの。しっかりと相手のことを考えて、どうしようもない場合でない限りは、最後の超えてはいけない一線を超えるまでは、考え続ける。それは、ハルの優しさで美徳だと思うわ」

「はい、私もアリスさんに賛成です。ハルさんは優しいから、そう考えてしまうだけで、それを悪いことだなんて思いません。誇ることはあっても、卑下することはありません」

「そうかな?」

「そうよ」

「そうです」


 迷いながら問いかけると、二人は即座に肯定してみせた。

 二人の方が優しいような気がしたけれど、今はなにも言わないでおいた。


「話は少し変わるんだけど」

「ええ」

「今回のことで、少し思うことがあるんだ」

「どんなことですか?」

「あの村人達は、旅人達を騙すことを望んでやっていたわけじゃない。自分達が生きるために、仕方なくそうしていた。もちろん、それは許されないことだけど……でも、わからないでもない」


 キマイラに喰われて死ぬか。

 それとも、他人を犠牲にして生き延びるか。


 正義を貫いて死ぬか。

 悪に堕ちて生き延びるか。

 究極の二択だ。


「それで、思ったんだ。もしかしたら、俺も、いつかそういう選択を迫られるんじゃないか……って」


 世の中には、理不尽なことがたくさんある。

 旅を始める前は、レティシアのことを理不尽だと思っていた。

 俺を否定して、虐げるばかりで……

 そんな彼女を理不尽の塊だと思っていた。


 でも、レティシアは悪魔に乗っ取られているということが判明して……

 全部が全部、彼女のせいではないことを知った。

 理不尽だと思っていたことは、理不尽ではなかった。


 でもここで、新しい理不尽に襲われる。

 幼馴染のレティシアが悪魔に取り憑かれているなんて……それこそ、まさに理不尽な出来事じゃないか。

 彼女はなにも悪いことはしていないはずなのに。

 勇者として、世の中のために活動してきたはずなのに。

 それなのに、どうしてレティシアがそんな目に遭わないといけない?


 旅を始めて……

 自分の足で歩いて、自分の目でものを見て。

 本当の意味で旅を始めて、色々なことを知った。

 良いことも悪いことも知った。


 そして……理不尽は、本当に突然に、不条理に、無慈悲に襲いかかってくるものだということを学んだ。


「俺、みんなが大事なんだ。アリス、アンジュ、ナイン、サナ、シルファ……みんなに出会っていなかったら、どうなっていたか。すごく感謝しているし、ずっと一緒にいたいって思うんだ」


 自分の手を見る。


「でも……もしも、どうしようもない理不尽に襲われて、みんなが危険にさらされたとしたら? その時、外道に堕ちることで救えるとしたら? 俺は……悪の道を選ぶかもしれない。あの村人達と同じことをするかもしれない。そう考えたら、なんだか……」


 俺に村人達を責める資格はないのでは?

 罪を問う資格はないのでは?

 そんなことを考えてしまうのだった。


「「……」」


 アリスとアンジュは、俺の言葉を受けて、互いの顔を見た。

 それから、優しく微笑みながら、それぞれ俺の左右に座り、肩を寄せてくる。


「その時は、あたしも一緒に地獄に落ちてあげる。パートナーだもの」

「私にも、一緒に罪を背負わせてください。ハルさんだけが重荷を抱える必要はありません」

「アリス、アンジュ……二人は……」

「なんでもかんでも一人で抱えたらダメ、っていうこと。まったく……色々と言ってきたのに、ハルまだ、そういうところがあるから困りものね」

「微力ですが、ハルさんのために、私はなんでもするつもりですから。これは、本心ですよ?」

「……うん。ありがとう、二人共」


 俺は俯いて、小さな声でそう言った。

 顔を下げたのは、涙目を見られないためだ。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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