119話 生贄の村
偽物の悪魔と戦うことになったと思ったら、本物の悪魔と遭遇するという、とびきりのハプニングは起きたものの、俺を含めてみんなはなんとか無事。
わりと最悪の事態を乗り切ることができた。
油断は禁物。
でも、祝勝会くらいは開きたい。
……とはいえ、それよりも先に、まずはやらないといけないことがある。
――――――――――
「も、申しわけありませんでしたっ!!!」
広場で、村人全員が土下座をした。
土で汚れるのも構わず、額を地面に擦りつけている。
何度も何度も頭を下げて、謝罪の言葉を口にする。
その中には、老人の姿もあった。
やせ細った体としわがれた声で、必死に謝罪を繰り返している。
その姿は哀れみを誘うものの……
でも、みんなの視線は変わらず鋭い。
アリスとナインは軽い殺意すら視線に乗せている。
サナは怒りと失望を織り交ぜたような感じか。
アンジュは悲しさを含ませているが、しかし、優しさはない。
シルファは無表情に見えて、でも、敵対した者は許さないという冷たさがある。
みんなの反応は当たり前のもの。
なにしろ、俺達は勝手に生贄にさせられたのだから。
この村は、悪魔を名乗るキマイラに目をつけられた。
キマイラは村人達を脅して、定期的に生贄と供物を差し出すように命令した。
従わない場合は、全員、食い殺してやる……と。
なにもない辺境の村だ。
キマイラに対抗する力は持たないし、隠れて救助を求めることもできない。
真綿で首を絞められるように、じわじわと追い詰められていき……
やがて、全滅。
それがこの村の運命だ。
ただ、そんなものに納得できるわけがない。
どうにかしようと考えて、そして、おぞましい結論を導き出した。
生贄や供物は、他所から調達すればいい。
辺境の村ではあるが、たまに、旅人や商人が立ち寄ることがある。
こんなところまでようこそ、と歓待するフリをして、薬を飲ませて眠らせる。
そして、彼らを生贄に。
荷物の半分も供物として提供して、残り半分は村の財源に。
そのようにして、村の人達は、なにも知らない人達を犠牲にして生き延びてきた。
「申しわけありませんっ、申しわけありませんでしたっ!!!」
全てが露見した後、村人達はこうして、必死の謝罪を繰り返している。
もしかしたら、やぶれかぶれで襲いかかってくるのでは? と警戒したが、それはなさそうだ。
よくよく考えてみれば、俺達はキマイラを倒したわけで……
そんな相手に襲いかかることは、キマイラに挑むよりも無謀な話だ。
こうして土下座を連発するのも、納得の話だった。
「はぁ……こういうヤツもいるから、人間は厄介っす」
サナは呆れた様子で言う。
人に興味を持っているだけに、こういう一面は見たくなかったのだろう。
「同情すべき点はありますが……」
「お嬢さまは、とてもお優しい方ですが、彼らに同情する点は一切ありません」
「生き延びるためとはいえ、他の人を騙して犠牲にしてきた。やっていることは、間接的な殺人ね」
ナインとアリスは、彼らを許さないと厳しい顔をしていた。
アンジュは迷いを覚えているようだけど、積極的にかばうような言葉は口にしない。
そして、俺は……
「ハルはどう考えているの?」
「それは……」
「あたし達のリーダーはハルだから、ハルの決定に従うわ」
「はい。ハルさんの決定なら、私は異論は唱えません」
「私も、ハルさまに従いましょう。ですが、私個人の意見を申し上げるのならば、この村のことは騎士団に通報するべきかと」
俺に任せるというスタンスでありながらも、ナインは、そう意見を口にした。
そうすることで、俺の選択肢の幅を増やしてくれているのだろう。
「自分は、ボッコボコにして反省させるべきだと思うっす。こういう人間はたまにいるけど、ちょっとやそっとのことじゃ反省しないっすよ」
「うん、シルファも同感かな。このままだと、また、似たようなことを繰り返すと思う」
最後に、サナとシルファが過激な意見を口にした。
さて、どうするか?
村人達に同情するところはある。
でも、なんの罪もない人を巻き込んできたことは許されない。
俺達も、危うく生贄にされるところだったし……
サナとシルファが言うように、しっかりと対処をしないと、同じことを繰り返すかもしれない。
「……騎士団に通報はしない。あと、俺達がどうこうする、っていうこともしない」
少し考えた末に、俺はそんな結論を出した。
助かった、と村人達は笑顔を浮かべるのだけど、まだ話は終わっていない。
「ただし、このまま放置っていうわけにもいかない」
「え? そ、それは……」
「全員、他所の村、あるいは街へ移住すること。この村を捨てるように」
「そ、そんな!?」
付け足した一文に、村人達が一気に動揺する。
「先祖代々受け継いできたこの地を捨てるなんて!?」
「この場所には、たくさんの人の思い出が詰まっているのに!」
「いきなり移住なんてことを言われても、他所で受け入れてもらえるかどうか!」
村人達は、そんなことはできないと騒ぐのだけど、
「受け入れてくれないのなら、騎士団に通報します」
「……」
追加の言葉に、皆、押し黙る。
「同情するところはあるけど、やってきたことを考えると、このまま放置っていう選択はないよ。だから、二度とこんなことが起きないように、他のコミュニティの下についてもらう。辺境故の、独自の閉鎖的なコミュニティが、今回の事件を招いたとも言えると思うんだ」
「そ、それは……」
思い当たる節があるらしく、村長を始め、多数の村人が俺から目を逸らす。
「村を捨てて、他所へ移住するか。それとも、騎士団に逮捕されるか。この二択だけ。他の選択肢はないよ」
「うっ……」
ハッキリと言うと、村人達が怯む。
これ以上の交渉は無意味だと悟ってくれたみたいだ。
長い沈黙。
それでも、俺は答えを急かすようなことはしないで、村人達が口を開くのを待った。
俺が答えを誘導するのではなくて、彼ら自身で決めてもらうように、待った。
そして……
「……わかり、ました。この村を……捨てることにします」
絞り出すような声で、村長がそう言うのだった。
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