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118話 本物の……

 姿を見せたのは、齢八十を超えているのではと思うような、そんな老人だ。

 体は小さく、背は曲がっている。

 杖をついていて、メガネをかけていた。


「あなた、は……」


 声がかすれる。

 動こうとしても、指先一つ、動かすことができない。


 なんだ、この圧倒的なプレッシャーは?

 まるで、猛禽類と素手で相対したような……いいや、それ以上だ。


 どうしようもない絶望感。

 途方もない悪意。

 泣きたくなるような恐怖。


 この感覚を俺は知っている。

 つい先日、味わったことがある。


 本能で知る。

 コイツは、見た目通りの人間じゃない。

 アイツと同じだ。

 フラウロスと同類の化け物で……


 本物の悪魔だ。


「なんで、こんなところに……」

「ハルっ……に、逃げ……」

「私達が、食い止め……うぅ」


 みんなも、この老人が悪魔であることを悟ったのだろう。

 震え、怯えている。


 そんな中でも、俺をかばおうとしてくれることはうれしいのだけど……

 でも、一人で助かっても意味がない。

 みんなが一緒じゃないとダメなんだ。


 どうにかして、みんなが逃げるだけの隙を作る!

 そのためなら、俺はどうなったとしても……構わない!


 決意を固めて、震える体を叱咤する。

 そして、いざ行動に移そうとしたところで、


「あぁ、怯えるな。決意を固めようとするでない。儂は、お主らに害を与えるつもりはない」


 予想外の言葉が飛び出して、思わず目を丸くしてしまう。


 その言葉通りに、老人からは殺意どころか、敵意も悪意も感じられない。

 信じていいのだろうか……?


 でも、相手は悪魔。

 いや……魔人。

 そんな相手が、言葉通りに危害を加えないなんてこと、本当にあえりるのか?


「悪魔……魔人といっても、色々な者がおるのでな。フラウロスのように、欲望をばら撒く者もいれば、ただただ研究を繰り返すだけの者もおる。儂は後者でな。必要な時以外は、人間だろうが動物だろうが、危害を加えることはないぞ」


 そんな言葉を聞かされるのだけど、それで安心できるわけがない。


 たぶん、それは彼の本心なのだろう。

 フラウロスのように、戯れに危害を加えてくることはないのだろう。


 でも、必要とあればなんでもする。

 そう言っているように聞こえたため、決して油断はできない。


「あなたの目的は?」

「そいつじゃよ」


 老人は倒れているキマイラを見る。


「悪魔を名乗る者がいると、風の噂に聞いてのう。もしかしたら同胞ではないかと思い、確かめに来たのじゃが……やれやれ、無駄足だったようじゃな」


 仲間がいると思い、確認のためにやってきた、ということか。

 筋は通っている。

 嘘をついている様子もない。


 それなら、このまま立ち去ってほしいのだけど……

 しかし、老人は、わざわざ姿を見せて魔人を名乗り、俺達に接触してきた。

 その理由は? 

 その目的は?


 まだ脅威が去ったわけじゃないと、最大限の警戒を続ける。


「ただ……全てが無駄足というわけではなかったようじゃな」


 老人の視線が俺を捉えた。


「その魂の色……ふむ、なるほどのう。まさか、このようなところで主を見つけるとは」

「……なんのことですか?」

「いや、なに。なんでもない。老人の戯言と思ってくれ。下手に刺激をして、フラウロスのように消えるのはごめんじゃからな」

「えっと?」


 なんの話をしているのだろう?

 とても大事なことに聞こえるのだけど、でも、意味がさっぱりわからない。


「人間よ。名前を聞いてもいいかのう?」

「それは、どうして?」

「なに。興味があるのじゃよ。儂は魔人ではあるが、世界を奪い取るなんてことは考えておらぬのでな。研究さえできれば、他の連中がなにをしようが構わぬ。ただ……お主は、なにもかも、全てをひっくり返すかもしれぬ。それ故に、気になるのじゃよ」


 わかるようでわからない話だ。

 俺が魔人に対する切り札のような話だけど、でも、そんなことがあるわけがない。

 現に、フラウロスに対しては手も足も出なかったし……

 なにを言いたいのだろう?


「……ハル・トレイターです」


 疑問は尽きないものの、名前くらいならばと思い、そう口にした。


「ふむ。やはりというか、名前は違うのじゃな」

「え?」

「あぁ、これも老人の戯言じゃ。気にするな」


 そんなことを言われても気になる。


「さて。儂は、そろそろ行くとしよう。思わぬ成果も得たから、満足じゃな。すぐに研究を再開するとしよう。今なら色々と捗りそうじゃ」

「待ってください」

「む?」


 立ち去るのならば大歓迎。

 呼び止める理由なんてないのだけど、ついつい声を出してしまう。


「どうしたのじゃ?」

「あなたの名前は?」

「ふむ? そうか、そういえば名乗っておらなんだな。失礼した」


 本気で悪いと思っているらしく、老人は頭を下げた。

 そんな態度をとられると、本当に魔人なのか疑わしくなってしまう。


「儂は、七十二柱が一人、マルファスじゃ」

「……マルファス……」

「では、縁があればまた会おう」

「こちらとしては、ないことを願いますが」

「ははは。あの方を宿していることもあり、面白い人間じゃな」


 最後に笑い、マルファスは蜃気楼のように消えた。

 気配が完全になくなり、本当に立ち去ったことを確認して、


「はぁあああ……」


 一気に疲れが押し寄せてきて、その場に座り込んでしまう。

 まさか、偽物の悪魔と戦ったら、本物と遭遇するなんて……

 波乱万丈の一日すぎる。


「というか……フラウロスも言ってたけど、七十二柱ってことは、あんなのが他にもたくさん?」


 頭の痛い話に、俺は思わず、もう一度深いため息をこぼしてしまうのだった。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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