114話 生贄
いったい、なにが……?
どこからどう見ても、怪しい儀式にしか見えない。
そして、みんなは被害者。
すぐに飛び出して、なにをしているのか村人達を問い詰めたい気持ちに駆られる。
ただ、我慢だ。
村人達は目が血走っていて、同時に、恐怖に体を震わせていて……
とてもじゃないけれど、話が通じるようには思えない。
でも、だからといって、悪人と確定したわけじゃない。
相手は数十人。
魔法を使うことなく無力化することは難しい。
こんなことなら、非殺傷系の魔法も習得しておくべきだった。
「ハルさん、どうしましょう?」
「……もう少し、様子を見よう。ただし、みんなに危害が及ぶようなら、すぐに出ていくから準備だけはしておいて」
「はい、わかりました」
アンジュは鋭く前を見る。
俺も足に力を込めて、いつでも飛び出せるようにしつつ、村人達の様子を観察する。
彼らはなにかを崇めているような感じで、ひたすらに祈りを捧げていた。
いや。
祈りというよりは、命乞いだろうか?
なぜか、そんな印象を受ける。
ほどなくして、ズンッ、ズンッ、という重い足音が聞こえてきた。
小さな地震が起きているのではないかと錯覚してしまうほどだ。
村人達が焚いた火に照らされて、巨大な影が落ちる。
「あれは……」
「魔物……でしょうか?」
アンジュが困惑気味に言うのだけど、それも納得だ。
五メートルほどの巨体。
ライオンの頭部とヤギの胴体。
そして、尻尾は毒蛇。
俺でも知っているような有名な魔物、キマイラだ。
ただ、キマイラは絶滅したはずだ。
無茶苦茶な生体構造をしているせいで、子孫を残すことが難しく……
人に討伐されていくうちに個体数を減らして、十数年前に絶滅したとか。
そんな話を聞いている。
だからこそ、アンジュも戸惑っているのだろう。
「それが今宵の生贄か?」
キマイラが低く重い声で、そう問いかけた。
村人達は一様に頭を伏せながら言う。
「は、はい! こちらが生贄と供物になります!」
「ふむ。やや多いようだが? よもや、生贄の数を増やすからこれで終わりにしてほしい、などと言うつもりではあるまいな?」
「そ、そそそ、そのようなことは決して! 我々は、あなたさまに忠誠を誓っております。今回、生贄の数を増やしたのは、その忠誠心の現れと思っていただければ!」
「なるほど……よい心がけだ」
キマイラがニヤリと笑った……ような気がした。
さすがにライオンの表情なんて見分けがつかないから、なんとなく、なのだ。
「お前達の忠誠、確かに受け取った。良い気分だ」
「あ、ありがたき幸せ!」
「我が配下にも、お前達のことをよく伝えておこう。あと、なにかあれば遠慮なく言うがよい。力を貸そう」
「ありがとうございますっ!!!」
「構わぬ。我は、生贄と供物を求める変わりに、お前達の願いを聞き届ける。そういう契約だからな」
「はっ!!!」
「我は、古の伝承に伝えられし悪魔……お前達がしっかりと生贄を捧げるのならば、我もまた、約束を守ろう。悪魔のプライドに賭けて誓おうではないか。ただし……生贄と供物が途切れた時はどうなるか、わかっているな?」
「もちろんでございます!」
「うむ、良い返事だ」
話をまとめると……
この村では、定期的に悪魔に生贄を捧げていた。
そのために、みんなが誘拐された。
脅されているのかもしれないが、村人達も悪魔の恩恵を受けている。
こんなところだろうか?
簡単にまとめすぎたかな。
「は、ハルさま、どうしましょう……? みなさんが……」
「大丈夫、落ち着いて」
「で、ですが、相手は悪魔で……」
「それ、ウソだと思うよ」
「え?」
フラウロスと対峙したことがあるからこそ、わかる。
あれは悪魔なんかじゃない。
本物はもっとおぞましく、相対するだけで凍えてしまいそうなほどの悪寒が走り、心の底から絶望させられるものだ。
対して、あの自称悪魔からは、そんな圧は感じられない。
弱い魔物と言うつもりはないのだけど……
でも、フラウロスと比べたら、赤ちゃんのようなものだ。
たぶん、アイツは絶滅を免れたキマイラ。
村人達を恐怖で縛り付けるために、あえて悪魔を名乗っているのだろう。
そんな考えをアンジュに伝える。
「なるほど……そう言われてみれば確かに」
「とはいえ、みんなが捕まっているから、厄介な状況に変わりはないんだけどね」
みんなを人質に取られているようなものなので、下手に動くことはできない。
「サナなら、あれくらいの拘束、どうとでもなると思うんだけど……」
角などからドラゴンと理解したらしく、サナはぐるぐる巻きにされていた。
そんな状況だというのに……サナは、スヤスヤと気持ちよさそうな顔で寝ていた。
誘拐された時、薬などで眠らされたんだと思う。
でも……
そんな状況なんだから、目を覚まそうよ。
他のみんなはとっくに起きているのに、サナだけ、ぐっすりと眠り続けていた。
「シルファは……」
脱出を試みているらしく、もぞもぞと動いている。
ただ、彼女の武器は拳だ。
さすがに、拘束された状況で縄を切ることは難しいらしく、脱出が叶わないでいた。
「やっぱり、俺達でなんとかするしかないか」
とはいえ、どうしたものか。
魔法を使い、一気に制圧する?
村人達は悪魔と結託しているみたいだから、遠慮はいらないといえばいらないのかもしれないけど……
それでも、問答無用で叩きのめしてしまうのは、ちょっと気が引ける。
手加減が苦手だから、死人を出してしまうかもしれないし……
無法国家じゃあるまいし、なるべくなら、私刑のような真似は避けたい。
あと、悪魔もといキマイラがいるせいで、思うように動けなくなるかもしれない。
まずは、みんなの安全の確保。
その次に、キマイラの討伐。
この二つを成し遂げるためには……
「……あっ、そうだ」
ふと、思い出した。
「アンジュ」
「はい、なんですか?」
「確か、アンジュは……」
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