110話 アンジュの話
あの後、サナとシルファの了解を得ることができて、魔法学院の入学を目指すことが正式に決定。
そして翌日。
俺達は迷宮都市を後にして、学術都市に出発した。
馬車で一ヶ月くらいかかるため、長い旅になりそうだ。
「ヒマっすねー」
馬車に揺られて、のんびりと外を眺めるサナが、ぽつりとつぶやいた。
迷宮都市を出発して、数時間。
最初は楽しそうに、外の景色を眺めていたものの、時間が経つにつれておとなしくなり、そして今に至る。
サナはぽけーっとしつつ、椅子に座り、足をぷらぷらとさせている。
まるで幼い子供だ。
俺達よりもずっと長い時を生きているはずなのに、なんで、こんな風になっているのかな?
「スヤスヤ……」
「ふふっ。シルファさん、かわいいです」
シルファはほどなくして昼寝を始めていた。
それを隣で見守るアンジュは、とても優しい顔をしている。
「母性あふれるお嬢さま、素敵です」
「ナインって、アンジュのことになると……ううん、なんでもないわ」
ナインがうっとりとして、それを見たアリスが苦笑する。
サナの言うように、穏やかでなにもない時間が流れる。
ただ、それはそれでとても良いことだ。
このまま何事もなく、学術都市に辿り着いてほしい。
……でも、思い通りにいかないのが人生でもある。
――――――――――
「お客さん、今日は野宿になりそうですが、大丈夫ですか?」
迷宮都市を出発して、一週間。
陽が暮れ始めたところで、御者からそんな言葉をかけられた。
出発して数日は、宿場街などが豊富にあり、宿に困ることはなかった。
しかし、目的地である学術都市は辺境に建てられている。
自ずと宿場街なども減り、野宿の機会も増えてくるだろう。
「はい、大丈夫ですよ」
「すみませんね。できれば野宿は避けたいんですが、この辺りは宿場街だけじゃなくて、村もほとんどなくて」
「仕方ないですよ、気にしていませんから」
「そう言ってもらえると助かります。良さそうな場所を見つけたら、そこで野営をするので、改めて声をかけますね」
野営をするとなると、魔物や獣の心配だけじゃなくて、盗賊なども警戒しないといけない。
幸いというか、御者は野営に慣れているらしく、野営に適した場所を知っているという。
それに、護衛の冒険者も同行しているため、安心だ。
アリス曰く、護衛がいる馬車を襲う盗賊は、ほとんどいないらしい。
護衛を相手にすれば、盗賊達も被害を受ける。
逆に制圧されてしまう可能性も高い。
よほど腕に自信があるか、よほどのバカではない限り、護衛がいる馬車を襲う盗賊は少ないという。
魔物と獣も同様で、自分達より数が多い相手に挑むような真似は、あまりしない。
空腹で倒れてしまいそうだというのなら別だけど、通常時では、数の多い相手にケンカを売るという、無謀な真似をする魔物や獣は少ないらしい。
なので、護衛がいれば、わりと安心して野営できるというわけだ。
まあ、絶対安全というわけじゃないから、俺達も気をつけないといけないけど……
そういう事故が起きたっていう話は、本当に少ないらしいから、安心できる。
「……あれ?」
ちょっと待てよ?
そうなると、アンジュとナインと出会った時、どうして彼女達は魔物に襲われていたのだろう?
今以上の護衛が同行していたはずなのに、どうして?
「……ジンの仕業なのかな?」
そんな可能性に至る。
方法は不明だけど、ジンは魔物を操っていた。
その能力を使い、アンジュ達を襲ったのかもしれない。
「あの時のジンの目的は、オルドに協力すること。そしてオルドは、アンジュを疎ましく思っていた。だから、実力で排除しようとした? でも、それなら、あんなまわりくどい事件を起こさないような……うーん?」
ふとした考えから謎が生まれて、首を傾げてしまう。
ジンが生きていれば、目的を聞くことができたかもしれないけど、それは叶わない。
残るオルドが自白してくれればいいんだけど、そんなおとなしいヤツには見えなかったし……
ちょっとした謎が残り、モヤモヤとする。
もしかしたら、オルドだけじゃなくて、謎の第三勢力がアンジュの身を狙っているかもしれない。
そんな可能性をわずかながらに考えて、俺は苦い顔をするのだった。
「あれ?」
ふと、御者の不思議そうな声が聞こえてきた。
まさか魔物が?
気になり、馬車の窓を開けて、御者と話をする。
「どうしたんですか? もしかして、なにかトラブルが?」
「あ、いえ。大丈夫ですよ、そういうわけじゃないので。ただ、村が見えるんですよね」
「村?」
「はい、あそこに」
御者が指差す方向を見ると、確かに村が見えた。
まだ距離があるため、ハッキリとはわからないけど、豊かな自然に囲まれた小さな村がある。
「おかしいな。この辺りに村はないはずなんだけど……」
「そうなんですか?」
「ほら、見てくださいよ」
地図を渡された。
なるほど、確かに村があるという情報はない。
最近できた村なのか、単に情報が抜けていただけなのか。
あるいは、他に理由があるのか。
「この地図、新しいですか?」
「けっこう古いですね。地図なんて、そうそう簡単に更新できるものじゃないですし。それに高いから、買い換えるとなると、けっこうな出費になるんですよ」
地図を作成する時は、自分の足で歩いて探索をしつつ、同時に色々な道具を使い、距離を正確に計測していかなければいけない。
地図を作成する専門の職人がいるものの、かなり大変な作業らしい。
故に、地図が頻繁に更新されることもなく、地図そのものの値段も高くなる。
そんな説明を御者にされた。
こうして旅をして、色々な人と話をすると、とても勉強になる。
知らなかった知識が一つ一つ増えていくのを実感して、なんだかうれしい。
って、今は喜んでいる場合じゃないか。
これからどうするか、考えないと。
「お客さん。あの村に寄って、宿がないか探してみますか? 地図に載ってない村なので、どんなところかまったくわからないのが問題ですけど」
「ちょっとまってください。仲間と相談するので」
みんなの方を見る。
「野宿するよりは良いと思うから、俺は行ってみてもいいと思うんだけど、みんなはどう思う?」
「んー……地図にないってところが気になるけど、反対する、っていうほどじゃないわね。いいんじゃないかしら」
「私も賛成です。お嬢さまには、きちんとしたところで休んでいただきたいので」
「自分は、どっちでもいいっすよ。自分、どこでも寝れるんで」
「シルファも、どっちでもいいよ。野営でも宿でも、気にしないからね」
なるほど。
「アンジュは?」
「……」
「アンジュ?」
「あっ……す、すみません。少し、ぼーっとしていました」
どこか顔色が悪いような?
「気分でも悪い?」
「いえ、そういうわけではなくて。なんとなく、嫌な感じがしただけです」
「それは、あの村のことで?」
「すみません、詳しいことは自分でもよくわからなくて……あ、村に寄ることに反対はしません。野宿をするよりは、宿に泊まる方がいいですからね」
アンジュは、やや顔をこわばらせつつ、そんな結論を出すのだった。
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