107話 これから
「ハルさん!」
突然、アンジュが大きな声をあげた。
他のお客さんが何事かとこちらを見るけれど、それは気にしないで、俺の手を取る。
温めるようにして包み込む。
「なにもできないなんて、そんなこと言わないでください」
「でも、それは事実で……」
「そんなことはありません」
キッパリと、強い口調で言う。
アンジュは、どうしてそんなことが言えるのだろう?
全部とは言わないけど、一部は、アンジュも見ていたはずなのに。
フラウロスの圧倒的な力と、それにまったく対抗できず、やられるがままだった俺の情けない姿を見ていたはずなのに。
「ハルさんはがんばっていました。とてもがんばっていました。そのがんばりがあったからこそ、私達は今、生きていられるんです」
「そんなこと……」
「あります」
ぎゅっと手を握りつつ、アンジュは強く言う。
「ハルさんが戦ってくれていたからこそ、私達は追撃を受けることはなく、生き延びることができたんです。確かに、魔人にダメージは与えられなかったかもしれませんけど……でも、それだけじゃないと思うんです。私達は、ハルさんに守られました。ハルさんは、私達を守ってくれました。それは、とても大事なことだと思うんです」
「……アンジュ……」
「だから、つまり……えっと……」
うまく言葉がまとまらない様子で、アンジュが台詞に迷う。
それでも、俺の手は離さない。
離してたまるものか。
絶対に想いを伝えてみせる。
そんな感じで、ぎゅっと掴んでいた。
「だから……そんな寂しいこと、言わないでください」
とても切ない声で、そんなことを言われてしまう。
「ねえ、ハル」
アリスも手を重ねてきた。
「今までのことを考えると、マイナス思考に陥ってしまうのは仕方ないと思うわ。慎重になって、慢心しないようにすることも大事だと思う。でも、必要以上に自分のことを卑下しないで」
「そう言われても……俺は、なにもできなくて……」
「ううん、そんなことはないの。アンジュが言ったように、ハルが戦ってくれていなかったら、あたし達はとっくに死んでいた。なにもできなかった、なんてことはないの。ハルが自覚していないだけで、とても大事なことをしていたの。みんなのことを守っていたの」
「……アリス……」
「あたしの好きな人が、自分を嫌いと言う……そんな悲しい光景をあたしに見せさせないで」
そう言うアリスは、とても辛い顔をしていた。
そんな顔を見て、俺は胸に痛みを覚える。
そっか……
俺、自分はダメだとか情けないとか言っているけど、そのせいで傷つく人もいるのか。
そんなこと、考えたこともなかった。
でも、しっかりと考えれば当然のことだよな。
俺だって、アリスが自分が情けないとか言っていたら、どうしていいかわからず、辛い思いになる。
そんな当たり前のことに気づかなくて、独りよがりになって……俺、ダメダメだ。
「ハル。これだけは、言わせてくれる?」
「……なに?」
「いつもがんばってくれて、ありがとう」
「あ……」
「あたしは……ううん。あたしとアンジュは、そんなハルのことをとても頼りにしているし、誇りに思っているわ。そして、大好きなの」
「……うん」
俺は声を震わせつつ、
「こちらこそ、ありがとう」
なんとか笑顔を浮かべて、そう言うのだった。
――――――――――
「……ふぅ」
ドリンクを飲んで、少し落ち着くことができた。
さっきまでの、ドロドロとした嫌な気持ちは消えた。
代わりに、女の子に泣きそうな顔を見せてしまうという、恥ずかしさだけが残る。
「あぁあああ……」
「どうしたの、ハル?」
「顔が赤いですが、もしかして風邪を?」
「いや、うん。そうじゃないんだ、そうじゃなくて……いいや。気にしないで。なんでもないから」
恥ずかしい。
恥ずかしいのだけど、悶えていても仕方ない。
そんなことをするヒマがあるのなら、前に進まないと。
ドリンクを再び飲んで、それから口を開く。
「ひとまず、これからのことを考えようと思う。みんな揃っていないけど、ひとまず、こんな方針はどうかな? って提案できるくらいには、考えてをまとめておいた方がいいと思うんだ。今は……正直、なにをしていいかわからない」
「うん、それでいいと思う」
「簡単な指針ですね。はい、問題ありません」
二人は賛成してくれた。
これからどうするべきか?
簡単な指針だけでも決めておきたいのだけど……それさえも、なかなかに難しい。
魔人という存在を知った。
そして、不完全ながらも、レティシアも魔人になっていることを知った。
彼女の変貌は、ほぼほぼ、それが原因だろう。
ならば、原因を除去して、元の彼女に戻って欲しいと思うのだけど……
「どうすればいいのか、さっぱり方法がわからないんだよね」
「レティシアを元に戻すとしても、下手したら戦うことになるし、厳しいことになりそうね」
「そもそもの話、魔人がどういったものなのか。まったくわからないため、どのような対策を練るべきか……」
次に取るべき行動が見えてこなくて、三人揃って頭を悩ませてしまう。
世界の裏に隠れているもの。
レティシアの真実。
それらを突き止めることはできたけど、想像外の答えが提示されて、戸惑うことしかできない。
本当に、これはどうしたらいいものか。
「でもまあ……どうしたらいいかわからない、っていうことを理解した、のは一つのポイントになるかな」
「どういうこと?」
「わからないで頭を悩ませて停滞するんじゃなくて、わからないことを受け入れた上で、次の行動を考えることができるというか……まずは現状を認めて、それから、次のことを考えることが大事だと思うんだ」
わからないなら、色々なことを調べればいい。
闇雲な調査になるかもしれないし、時間もたくさんとられるかもしれない。
でも、立ち止まるようなことはしない。
一歩ずつでも前に進んで、どこまでも歩いていく。
そうすれば、いずれ、違う景色が見えてくるはずだ。
そうやって、前に進むことを、みんなから教わったと思う。
もしも俺一人だけだったら、なにもできなくて、ただただ足踏みをするだけで終わっていたはず。
「がんばろう」
「……ハル……」
「……ハルさん……」
とんでもないことになって、心が折れかけたりもしたけど……でも、まだ折れていない。
アリスとアンジュのおかげで立ち上がることができて、前に進む勇気ももらった。
だから、歩いていこう。
前へ、前へ……そしていつか、真実を掴み取り、自分が望む未来に辿り着いてみせる。
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




