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106話 なにもできなかった

 特に問題が起きることはなくて、無事、宿でみんなと合流することができた。


 まずは、怪我の治療。

 それから風呂に入り、汚れを落として……

 ごはんを食べて、空腹を満たして……

 すぐにベッドに入り、泥のように眠る。


 俺を含めて、みんな限界を超えて、いっぱいいっぱいだった。

 その日は、十二時間以上寝た。


 そして、翌日。


「おはよう」

「うん、おはよう。ハル」

「おはようございます、ハルさん」


 宿の一階の食堂に移動すると、アリスとアンジュの姿があった。

 同じテーブルの席について、朝の挨拶をする。


 といっても、太陽は頭の上……もう昼だ。

 ホントによく寝た。


「二人共、朝ごはん……というより、昼ごはんは?」

「まだよ。みんなが起きてから、と思っていたんだけど……」

「他のみんなは?」

「サナとシルファは、まだ寝ているわ。二人共、すごく疲れていたから仕方ないわね」

「ナインはもう起きていて、ギルドへ行き、領主の件についての調査をしてもらっています」

「ナインは大丈夫なの? 昨日の今日だから、まだ休んでいた方がいいと思うんだけど」

「私もそう言ったのですが、働かないメイドはメイドではありません、と言って……」

「あはは」


 その光景が頭の中で忠実に再現されて、ついつい笑ってしまった。


「とりあえず、先にいただきましょう」

「そうだね」

「実は私、お腹がとても空いています……」


 アンジュが恥ずかしそうに言うものの、それも仕方ない。

 昨日から色々なことが立て続けに起きて、ほぼ丸一日、まともにものを食べていない。

 俺も空腹を覚えていて、気を抜けばお腹が鳴ってしまいそうだ。


 それぞれ、通常時の二倍くらいの量の注文をした。

 ほどなくして料理が運ばれてきて、すぐに食べる。


「はふぅ、おいしいです」

「ホント、おいしいね。空腹が最高のスパイスなんて言うけど、まさにそれ」

「あ、ハル。頬にソースついているわ」

「え、ホントに?」

「久しぶりのごはんがおいしいのはわかるけど、もっと行儀よく食べないと。ほら、じっとしてて」


 アリスがナプキンで頬を拭ってくれる。


「はい、とれた」

「ありがとう」

「うん、どういたしまして」

「うぅ……私も、ハルさんの頬を拭ってあげたいです」

「え? なんで?」

「それは……あれ? なんででしょう?」

「微笑ましいわね、この二人」


 そんなのんびりした時間を過ごしつつ、ごはんを食べた。

 空腹を満たすことができて、心に余裕ができる。


 余裕ができたところで、今後の話をすることに。


「あたし達は、あの時はもう、途中から意識がなかったんだけど……あれから、なにが起きたの? 領主……ううん、魔人はどうなったの?」

「それは……」


 アリスから当然の質問が飛んでくるのだけど、困った。

 俺も全部を知っているわけじゃない。


「えっと」


 魔人のこと。

 レティシアのこと。

 圧倒的な力のこと。

 繰り返しの部分もあるが、情報を再認識して共有するために、一から説明することにした。


「……と、いうわけなんだ」


 二人は言葉もない様子で、唖然としていた。

 想像以上の重い現実に、なにを言えばいいかわからないみたいだ。


 その気持ちはよくわかる。

 俺も、どうすればいいかわからなくて、なにを目指せばいいかわからなくて……

 今の目的は空っぽだ。


「レティシアが魔人……か。正直なところ、ピンと来ないわね」

「私もです。ただそれは、魔人という存在をよく知らないから、なのかもしれません」

「うん、そうだよね。伝承の悪魔が実在していました、なんて言われても……はぁ、悪い夢でも見ていました、っていう方が、何倍も説得力があるよ」

「でも、ハルが見たことは事実。あたし達は途中で気絶しちゃったけど、領主が変貌するところ……魔人になるところは見ていた。だから、夢なんかじゃなくて、魔人は確実に存在する」

「……」


 重い空気が流れた。

 俺もアンジュも口を開かない。

 アリスも、今の言葉を最後に、口を閉じている。


 これから、どうするべきなのか?


 そのことを話し合わないといけないのだけど……

 でも、言葉を紡ぐことができない。


 その理由は……


「俺……なにもできなかった」


 ぽつりと、そんな言葉がこぼれ落ちた。


「レベル八十で、職業は賢者で、とんでもない魔力があるとか言われているのに……でも、なにもできなかった。フラウロスとの戦いは、まるで勝負にならなかった」

「……ハルさん……」

「なにも……できなかった」


 そのことが悔しい。

 同時に、恥ずかしい。


 レティシアのことを調べて、なにかあるのだとしたら、なんとかしてみせる。

 アズライールの領主のことも、ひどいことをしているのなら、なんとかする。

 そんなことを考えて、行動して……その結果がアレだ。

 かすり傷一つ与えることができず、一方的に蹂躙された。


 俺にできたことは、倒されないように必死に粘ることだけ。

 それもすぐに限界が訪れて、やられてしまう。


 その後のことは覚えていなくて、なにが起きたのかわからない。

 気がつけばフラウロスは消えていて、全部が終わっていた。


 ただ単に、運が良いだけ。

 一歩、ほんの少し道を間違えていただけで、俺達は全滅していただろう。


 なんとかすると口にしておいて、でも、なにもできなくて。

 ただただ、己の無力さを思い知るだけ。

 そんな惨めな結末。

 それが、今回の戦いで手に入れたものだ。


 その事実が……俺の心を折る。


「俺……なにもできなかった。なにも、できない……」


 繰り返しつぶやいて、どうしようもなく惨めな気持ちになって……

 すごく情けなくて、たまらなくて、涙が出そうになった。

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◆◇◆ お知らせ ◆◇◆
再び新作を書いてみました。
【氷の妖精と呼ばれて恐れられている女騎士が、俺にだけタメ口を使う件について】
こちらも読んでもらえたら嬉しいです。
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