105話 喰らう
街全体が騒がしい。
それもそのはず。
領主の屋敷がほぼほぼ全壊するほどの戦闘が、街の中心で繰り広げられたのだ。
騒ぎにならない方がおかしい。
街の人々は、なにが起きたのかと、不安そうな顔をして……
冒険者達はギルドに押しかけて、今後の方針を話し合っているみたいだ。
迷宮都市は、戦争下のような混乱状態に陥っていた。
ただ、それはそれで、都合が良い。
混乱していればしているほど、自分に気づく者は少なくなるだろう。
「はぁっ……はぁっ……」
フラウロスは荒い吐息をこぼしながら、一歩一歩、前に進んでいた。
右肩から先がない。
巨大な獣に食いちぎられたかのように、えぐい傷跡が見えた。
傷口は炎で焼いて塞いだため、血は流れていない。
ただ、体を動かす度に、気絶してしまいそうなほどの激痛が走る。
傷はそれだけではなくて、全身、あちらこちらに深い切り傷、打撲の跡がある。
瀕死の重傷だ。
魔人でなければ、とっくに死んでいただろう。
「くっ、ふふふ……」
ぼろぼろになりながらも、フラウロスは笑みを浮かべていた。
「まさか、このようなところで主と再会するなんて……ふっ、ふふふ……やはり、主は生きていた。私と同じように、人間の体に……」
笑う。
嗤う。
嘲笑う。
今すぐにでも死んでしまいそうなのに、とても気分が良い。
それもそのはずだ。
長年の夢が叶うのだから。
そのためにも、ここで死ぬわけにはいかない。
なんとしても生き延びて、生き抜いて、生き逃げてみせる。
そして、夢を叶えるのだ。
誰にも迫害されることのない、自分達だけの世界を作るのだ。
その頂点に立つのは……
「人間め……この世界は、私達のもの、ですよ……近いうちに、全て、貰い受けます」
「それは無理ね」
「っ!?」
声が響いて……
瞬間、フラウロスの視界が傾いた。
倒れようとしている。
咄嗟に体を支えようとするが、なぜか、ふんばりがきかない。
ドサッ、とそのままフラウロスは地面に倒れた。
なにが起きた?
フラウロスは混乱しつつも、必死に現状を理解しようと、周囲に視線を走らせる。
そして……自分の右足が消えていることに気がついた。
どくどくと大量の血を流して、途中から消えている。
「いい様ね」
「あなたは……!」
冷たい顔でフラウロスを見下しているのは、レティシアだった。
瞳を赤く……血のように輝かせている。
そして、黒い霧のようなものをまとっていた。
「これは、あなたが……!? なぜ、こんなことを!」
「なぜ? ふふっ、決まっているでしょ」
レティシアは笑いつつ、手を振る。
その動きに合わせて黒い霧が動いた。
獰猛な猟犬を思わせるような動きで、黒い霧がフラウロスの左足を覆う。
否。
噛み付いた。
「ぎっ!?」
左足も消えた。
通常の攻撃に対して、絶対防御の結界を持つ魔人ではあるが……
同じ魔人からの攻撃を防ぐことはできない。
同じ結界を持つ者同士、中和されてしまうからだ。
「どうして、こんな……私達は、仲間のはずなのにっ」
「仲間? 勝手なこと言わないでくれる? あんた、私のことを好き勝手に操っていたじゃない。都合の良い駒としか思ってないんでしょ」
「そ、それは……」
「まあ、私はまだ、完全に覚醒していない。半端な混ざりもの。完全体のあんたからすれば、仲間には見えないのも仕方ないかもね」
「あなた、その口調……意識が?」
「ええ。今は、すごくハッキリしているわ。あたしは、あたし。レティシア・プラチナス。誰にも侵されていない」
この場にハルがいれば、レティシアが昔と同じ瞳をしていることに驚いただろう。
そう。
今のレティシアは、ハルが知る、優しい幼馴染だった。
優しさと温かさを瞳に宿していて……
それでいて、冷たさと厳しさも兼ね備えている。
そんな目をする理由は……ハルのため。
大事な幼馴染のためならば、鬼にでも悪魔にでもなろうという、レティシアの覚悟の現れ。
「ホント、自分の意識を取り戻すのなんて、いつ以来かしら? ずっと乗っ取られていたというか、混ざり合っていたから、すごい新鮮な気分」
「ぐっ……こ、この!」
コイツは敵だ。
そう直感したフラウロスは、わずかな力を振り絞り、炎でレティシアを飲み込もうとする。
しかし、瀕死の状態にあるフラウロスの攻撃なんて通じるわけがない。
炎は、レティシアの黒い霧に阻まれて消える。
「無駄よ。わかってるでしょ? 私はほとんどダメージを負っていない。魔人としてのランクは、私の方が下だけど……瀕死のあんたに負けるほど、雑魚じゃないわ」
「あ、あなたはなにを……」
「私の目的は、ただ一つ」
レティシアが笑う。
その笑みは、とても穏やかで優しいものだった。
「ハルの幸せ」
「……」
「そのために……あんた達は邪魔なのよ。あんた達は、ハルのことを覚醒させようとするだろうけど、そんなことをしたら、ハルは消えてしまう。だから、絶対に阻止する。そのためなら、ハルに嫌われようと憎まれようと構わない。なんでもする」
「あ、あなたは……」
「でも……ハルも一時的にだけど、中途半端に覚醒した。こうなると、ちょっとまずい。この先、同じようなことが起きるかもしれない。そうなった時、今の私じゃ足りない。力が足りない。だから……」
レティシアは、パチンと指を鳴らす。
それに反応するかのように、黒い霧が一斉にフラウロスに襲いかかった。
「なっ!? や、やめっ……」
「あなたを食らい、その力を私のものにするわ」
「たす……」
けて、と言い終えるよりも先に、黒い霧がフラウロスを飲み込んだ。
ボリボリボリと肉と骨を咀嚼する音が響く。
ややあって、黒い霧がレティシアの元に戻る。
フラウロスの体は欠片も残ることなく、全て消えていた。
「さようなら」
『よかった』『続きが気になる』と思っていただけたら、
ブクマやポイントをしていただけると、とても励みになります。
よろしくおねがいします!




