その後
どこから広まったのか、私が聖剣を所持しているという噂が流れまくっていた。毎日のように、聖剣を売って欲しいという商人やコレクターからの連絡や、聖剣を一目見たいという意味の分からない者、はたまた聖剣を奪いに来る賊まで現れる始末に頭を抱える。
「ヴィヴィアーナ殿下の護衛に集中出来ん!」
日々、イライラが募る。今までは避けていたアルセニオとの剣の稽古でうっ憤を晴らす。
「ああ!また剣が壊れた」
馬鹿力のアルセニオでは、模造刀をすぐに破壊してしまう。
「はは、悪い悪い。加減が出来なかった」
「この馬鹿力が!」
ちっともイライラは収まらずにいたある日。
「エルダ様」
騎士棟へ向かう途中、可愛らしい声で呼び止められた。
「エルシー様」
護衛を一人従えたエルシー様が、タタタと小走りで私の傍まで来た。
「こんにちは、エルダ様」
「こんにちは。今日はヴィヴィアーナ殿下とのお約束はなかったはずですよね」
「はい」
と少し照れたように答えるエルシー様の様子でピンとくる。
「アルセニオですね」
途端に頬を赤らめたエルシー様。可愛らしい。
「あの、皆様に差し入れを持って来たのです」
エルシー様の目線を辿れば、護衛が大きめのバスケットを持っていた。
「それはありがとうございます。よろしかったら、騎士棟までエスコートさせて頂きましょう」
エルシー様の手を取り手の甲にキスを落とすと、真っ赤になったエルシー様。可愛らしい反応に、私のイライラが和らいだ。
騎士棟のホールに席を設け座らせる。彼女に気付いた騎士たちが早速ワラワラと集まり出していた。
「アルセニオは?」
近くの騎士に問えば、奴は演習場で訓練をしている最中らしい。もうすぐ終わるだろうという事なので、引き続きエルシー様の相手を務める。
「学園の方はどうですか?」
カプアート嬢の件から2カ月以上経った。エルシー様たちは進級して、今は2年生だ。
「すっかり平和で、とても楽しいです」
ニッコリと可愛い笑みを浮かべる。
「そうそう」
何かを思い出したように、エルシー様はクスクスし出した。
「エルダ様は学園ではすっかり英雄扱いになっていますわ」
聖剣騒動のせいだろう。
「決して私が英雄な訳ではないのですがね」
「ふふ、それでもです。【聖剣の君】と、とっても人気があるんですよ」
確かに、ヴィヴィアーナ殿下の送迎時に、やたらに視線を感じる。時折話しかけてくる学生もいた。それが原因だったか。
「特に女性からモテモテで。ヴィヴィ様が焼き餅を焼いて可愛らしくて。エルダは私のエルダなのよって」
「それは……」
そう言っているヴィヴィアーナ殿下を、どこかでこっそり見てみたい。
私の顔をジッと見つめるエルシー様。
「私も。エルダ様にとっても憧れています。カッコよくて強くて、お綺麗で……同じ女性だとわかっていてもドキドキしてしまうんです」
はにかんでそんな事を言われてしまう。抱きしめていいのだろうか。
そんな不埒な考えをよぎらせていると、アルセニオがエルシー様の背後からやって来ているのが見えた。
「エルダ。おまえ、どこに行っていたんだ。せっかく打ち合いをしようと思ったのに」
言いながら近寄って来たアルセニオに気付いて、エルシー様が振り返る。
「アルセニオ様」
完全に恋する乙女の顔になる。
「エルシー嬢?どうしてここへ?」
アルセニオも優しい顔つきになった。
『もう、すっかり陥落しているじゃないか』
なかなか彼女の想いを受け取れないでいるアルセニオ。私は立ち上がってエルシー様の前に跪く。
「エルシー様、差し入れありがとうございました。ここからはアルセニオに代わります」
再び手の甲にキスを落とし、執務室へ向かう。
「いい加減、自分の気持ちを認めろ。でないと、いつその辺のトンビにかっさらわれるかわからないぞ」
すれ違いざま、アルセニオの耳元にそう囁いた。




