崩壊の始まり(隆司視点)
予想を遥かに超えた方々に読んでいただいた上に評価までしていただき、喜びでいっぱいです。
ありがとうございます(^人^)
喜びと同時に、幻滅させてしまわないかという恐怖もいっぱいですが、力の限り頑張りますのでよろしくお願いします。
「……それで、開発されたばかりの、こちらの新製品はいかがでしょうか。今まで契約していただいていた製品に比べ、少々お値段ははりますが、その分、極小サイズになっておりますので、御社の主力商品である、手術器具が更に小さく作れると思われます。」
「いえ、結構です。」
「そうですか。それでは、今までの製品のまま、更新ということでよろしいでしょうか?」
「いえ、更新はしません。契約満了による解消ということでお願いします。」
「…………契約解除ですか!?」
「はい、手続きの方、よろしくお願いします。」
「お待ちください!また契約の見直しをして参りますので、是非再度検討を!」
「申し訳ありませんが、契約の更新をすることはありません。今までありがとうございました。」
…………一体何があったというんだ。
帰路につきながら、頭をフル回転させる。
今まで契約していた医療機器メーカーからの突然の契約打ちきり。
俺の担当している中でも、かなりの優良企業かつ、こちらに優位な契約を保てていた会社だっただけに、契約破棄されるなんて、俺の出世にかなりの悪影響を与えてしまうだろう。
もちろん追いすがってはみたし、プライドをかなぐり捨てて頭も下げ続けたが、それが受け入れられることはなかった。
くそっ!今までは順調にいっていたっていうのになんだ!!
苛立ちが募るが、対策を考えないことには仕方がない。
だが、なんだかんだいっても結局はうまく収まるだろう。
あの会社は、俺に全幅の信頼を寄せてくれていたのだから。
2年前に飛び込み営業をしてからの付き合いだし、どのようなプランを提示してもすぐに頷いてくれていた。
俺以外の交渉は受け入れてくれなかったから、余計に俺の評価があがったものだった。
交渉に労力がいらなかったから、軽視していたが、少し力を入れなければなるまい。
まあ、契約を見直し、明日もう一度担当者の好きな菓子折を持って挨拶に行けば大丈夫だろう。
そんなことを考えながら帰社し、机上に置いてあった俺がいない間にかかってきた電話のメモをチェックしていた俺に、課長が声をかけてきた。
「あ~、近堂、ちょっと部長のところまで行ってくれるか?」
「はい、分かりました。」
課長から指示を出された俺は、すぐに返事を返し、席をたった。
本当は面倒くさいが、こうしたほうが印象がよいのだから仕方がない。
最年少で係長になった俺は、課長職まで目前だと言われていた。
こんな些細なことでつまづくわけにはいかない。
それに、丁度内示の時期だ。
もしかしたら、課長への昇進の内示だろうか。
今回の契約破棄は、まだ他に知られていないはずだし、こちらには落ち度もないはずだ。
婚約相手であった華が俺と別れたくないとごねたせいで、少しばかり女性からの評価は下がってしまったようだが、この会社の上位陣は男性ばかりだ。大して影響はないだろう。
予想外に高額な慰謝料を支払うことになってしまったが、華よりもランクの高い、俺に相応しい女と婚約できたのだから、投資のようなものだろう。
華はそれなりに可愛く、それなりの家柄で、しっかりしつけられたと分かる女だったから婚約も了承したが、俺の相手としては、物足りなかったのだ。
そんなとき、華の部署の先輩である愛と出逢った。
最初はアプローチされても食指は動きつつも相手にしていなかったが、うちのメインバンクの頭取の娘となれば話は別だ。
顔もそれなりに可愛いし、華と違ってすぐヤレるところもいい。
もちろん、父親はうちの会社の上層部にもコネがある。
華よりもかなり好条件だったのだ。
今回呼び出されたのも、予定よりも少し早いが、この婚約による昇進だろう。
部長室で話だろうとあたりをつけると、内心のにやけを抑え、好青年に見えるよう笑みをつくる。
「失礼します。海外事業部の近堂です。お呼びとうかがいまして…」
「ああ、近堂君かね。入ってきなさい。」
「失礼します。」
命令口調に若干眉をひそめたが、すぐに笑みを作り直し、入室する。
「実は、君に内示があってね。」
『きたっっ!!』
「はい、どのような内示でしょうか。」
「君には、再来月から課長職についてもらおうと思ってね。おめでとう。」
予想通りの出世に、内心の笑みが押さえきれそうにないが、あくまでも爽やかな笑みのまま、了承の意を伝えた。
「そうか、引き受けてくれてよかったよ。それでは再来月から総務課の方をよろしく頼むよ。」
「は……総務課?」
「ああ、最年少での課長職だ。君の力に期待しているよ。」
「何故ですか!!!」
「なんだね。叫んだりして。話は以上だ。もう仕事に戻って大丈夫だ。ああ、君の後任には、君の部下の内山君が係長に昇進することになっているから、再来月の一日までに引き継ぎのほうもしっかり頼んだよ。」
信じられない内示を受けた俺は、呆然としていたのか、気付いたときには、自分のデスクに戻って、椅子に座っていた。
……一体何が起こっているんだ!?
うちの会社の花形のである海外事業部と総務課では天と地ほどの差がある。
海外事業部は、物流が中心で、扱う金額の桁も違う、花形の出世コースだ。
一方で総務課は、縁故入社の受け皿になっている面がある。
大手総合商社であるわが社には、婚約者の愛もそうだが、縁故採用でお坊ちゃんやお嬢様が入ってくることがある。
もちろん公にはしていないが、毎年一定の数が入社してきている。
そういったお坊ちゃんお嬢様に、綺麗な仕事をしてもらう場所なのだ。
ふざけるなと思う。
確かに俺も縁故採用だが、総務に追いやられた奴等と違って、海外派遣も既に経験し、ずっとエリートコースを歩んできたのだ。
それなのに今更、出世コースから外れたところを歩きたくはない。
なぜ俺のことを正しく評価できないのか!
こんな人を見る目がない会社など、すぐに退職してしまいたいぐらいだが、せめて課長になったという実績をつくっておかないと、実家に戻っても、ある程度のポストしか用意されないだろう。
課長になるまでの我慢だと自分に言い聞かせるが、腸が煮えくり返りそうになる。
ああ、優秀な俺を妬んだ奴でもいるのだろうか。
色々なことを考えるが、今日は予想外の最悪なことがおこりすぎて、考えが全くまとまらない。
一旦帰って考えを纏めることにしよう。
今が最悪だと思っていた俺は、これが崩壊の始まりだなんて、全く気がついていなかった。




