華婚約者視点
社会経験をそれなりに積み、そろそろ実家に戻って跡取り修行を始めようかという俺に用意されたのは、いくつかのお見合い写真だった。
俺の母親は、後継ぎである俺に早く結婚して孫を作って欲しかったようだが、仕事が楽しかった俺は、ついつい後回しにしていたので、しびれをきらしたのだろう。
妹はもう結婚して二人の子供がいるのに、『外孫と内孫は違うの!』と全く納得してくれなかったこともある。
まあ、俺ももう32歳なので、子供をたくさん欲しいと思っているからには、そろそろ結婚を意識するべきなのだろう。
だが、せっかく結婚するのなら政略婚ではなく、恋愛結婚がよかった。
家同士のつながりも大事だが、一生を共に過ごすのだから、好きな相手と幸せな家庭を築きたいと思うくらいはいいだろう。
そう考えていた俺は、お見合い写真を見る気もなかったのだが、母親の剣幕に負け、お見合い写真に目を通すことになってしまったのだ。まあ、形だけでも目を通せば、この場は収まるだろう。
そう考えて、何の気なしに写真と釣書を眺めていた俺の目に、一ノ瀬華が飛び込んできた。
一ノ瀬の会社に行くと、いつも対応してくれる子だ。
嬉々として、製品の説明をし、慣れないであろう交渉に必死に取り組んでいる姿が印象的だった。
食事に誘ってみたいと思っていたが、会社を離れるときには彼女の兄が出てくるため、その機会がなかなか得られなかった。
なので、これはチャンスだろう。
「母さん、一ノ瀬さんとのお話進めてくれないかな。」
「まあ!やっと結婚する気になってくれたのね!」
嬉々として部屋から出ていった母親の様子では、あっという間に話は進んでいくだろうと思っていたが、さすがに一週間後にお見合いの場が設定されたのには驚いた。
『大地が乗り気のうちに』と焦ったようだが、こちらとしても有り難いので黙って聞いておく。
「一ノ瀬華と申します。」
ああ……彼女だ。
初めて、一ノ瀬の会社で見たときの笑顔と変わらない。
「…栢谷大地と申します。華さん、いきなりなのですが、私と結婚を前提としたお付き合いをしていただけないでしょうか。」
「えっ?」
完璧なスマイルから、ぽかんとした素顔が覗いたのが可愛いと思った。
これからも、素顔の彼女を見つめていきたい。
一ノ瀬の会社は、非常に魅力的なので、お見合いの話も数多く持ち込まれるだろう。
ならば、先手必勝。華さんに、俺を選んでもらうしかない。
それからは押して押して押しまくった。
もともと、一ノ瀬の会社は、経営があまりうまくいっていなかった。
経営がうまくいき、資金力があるうちとのつながりは、魅力的だったのだろう。
華と正式に婚約してからは、一ノ瀬の会社へのテコ入れも行った。
すると、あっという間に一ノ瀬の業績は上向いていった。
まあ、これは俺の力というよりも、一ノ瀬の力だろう。
一ノ瀬の家は職人気質の人が多く、義父も義兄も華でさえも、製品開発能力は素晴らしいのに、経営や営業がからっきしダメだったのだ。
華はまだ、一般企業に就職して、一般的な対応を学ぼうとしていたようで、義父や義兄よりはよいが、営業で生きてきた人間から見ると、甘さが目立つ。
利益の大部分が相手にいくような、一ノ瀬に不利な契約ばかり結ばされている。
これだと、利益は微々たるものだっただろう。
なぜこのような契約を、と思って話を聞いてみると、もともと一ノ瀬では経営の大部分を親族だけで行ってきた。
経営や営業は今まで義母が一手に担っていたのに、その義母が倒れたためだったようだ。
一人だけしか重要な仕事をこなせない状態だと、その一人が倒れると、取り返しがつかなくなる。
それならば、基本方針だけこちらで打ち立て、優秀な人材を雇えばいい話だ。
本当に信頼できる人間を揃えて、力を入れ始めたところ、業績が向上するのはあっという間だった。
こちらが特許を握っているというのも大きかっただろう。
一ノ瀬の家が盛り返し、華の懸案事項もなくなったと判断した俺は、直ぐ様華にプロポーズし、OKをもらった。
あとは、幸せに向けて一直線と思っていた俺に、一件のLINEが入った。
華の親友からのもので、華が以前婚約していた近堂隆司に会いに行くのが心配だという内容だった。
華と婚約したときに、何故か親友たちと俺とのグループができたのだ。その場ののりで、その後使われることはなかったのだが、こんなところで役に立つとは。
本人からも話を聞いており、渋々承諾したのだが、その子によると、勝手な男らしく、聞いているだけでも腹が立つ内容ばかりだった。
少しすると、LINEに気付いた他の子も参加してきて、近堂隆司の情報がかなり集まった。
噂は聞いていたが、これ程までとは思っておらず、驚くような内容だった。
俺も、その場に行きたかったが、逆上して華に万一何かあっても困る。
そこで、同じ店内に予め入っておいて、見守ることにした。
華にも気付かれないように、一番奥の席に座って。
様子は掴みにくかったが、華の親友がLINEで実況中継をしてくれて助かった。
そして、何事もなく喫茶室から出ていく姿を見、俺もその場を離れた。
華は、大人の対応をしていたが、俺はあの男に腹が立ってしょうがない。
だが、華が我慢したものを俺が台無しにする訳にもいかず、なんとか感情を押さえ込む。
……だが、妹に、あの男とだけは絶対に関わるなと厳命するぐらいなら構わないだろう。
おしゃべり好きの妹が、その情報をどうするかまでは責任がもてないがな……。
女の情報網の恐ろしさを知っている身としては、あの男に少し意趣返しができると思うと、自然と顔に歪んだ笑みがわいてきた。




