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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
陰謀巻き込まれ?編
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帰り道2

 雨は日暮れ前に止み、夜が明けるとほんわりと暖かな秋の日が戻ってきていた。

 スーはのっしのっし歩き、その周辺を仔竜がビタビタ跳び回り、ずしんずしんと巨大竜がゆっくり歩いている。

 一行は北を目指していた。


「うん……フィカル、お腹いっぱいだからね、あとで食べるから」


 私はスーの鞍の上、いつも座る卵の殻に似た丸く囲む背もたれが付いたところではなく、その座席の後ろで背もたれに腰掛けるようにして外が見渡しやすい位置にいる。進行方向とは反対を向く私と向かい合うように、直ぐ側にフィカルが立っていた。

 普段なら手綱を握っているけれど、スーの怪我に配慮して徒歩にしているためにフィカルは手綱を手首に引っ掛けるだけで、空いた両手で干したフルーツやナッツを剥き私に餌付けをしている最中だ。


 ちなみに先程たらふく食事をしたばかりだ。朝取り新鮮野菜と朝取り新鮮鳥肉で頂くアウトドアな朝食。字面だけ見ると非常に清々しい。

 実際には生き物が近付くとンギエエエエエと力強く絶叫するマンドラゴラめいた栄養満点野菜シンセツソウと、翼を広げると3メートルほどあるミナミオオピンクドリという巨大な鳥だった。色はフラミンゴのように鮮やか、嘴はワシのように鋭利な水鳥である。私たちは柔らかいモモの一部を食べ、残りはスーのエサになった。巨大竜達は他のミナミオオピンクドリをそれぞれ食べ、仔竜は今日も悔しそうな顔でそれを見ながらマシュマロを食べた。

 ちなみにシンセツソウは栄養面から丸かじりである。


 それまでが非常に寂しい食事だったため、私が若干痩せてしまったことをフィカルは懸念しているらしい。その前にダイエットをしていた頃を考えると自分ではそれほど痩せた自覚はなかった。けれど雨の暇つぶしに2人でぼんやりしていた時にまじまじと腕を眺められていたかと思うと、それから今までフィカルは常に私の口に何か入れようと機会を窺っている。


「今これ以上食べるとお昼ごはん入らなくなるから」


 その一言でようやくナッツの殻剥きを一旦休止したフィカルの手元を、仔竜がキラキラした目で狙っている。まだ歯も生えていない口から涎を垂れ流して。

 スーは非常に面倒くさそうに翼を羽ばたいてそれを追い払っていた。そして時々頭を傾けてこちらを見ている。


 今朝出発する時に、スーの怪我が早く治るように出来るだけ負担をかけないようにしようということになった。しかしスーはそれが気に入らなかったのだ。

 鞍だけ付けて荷物を自分で運ぼうと背負っていたらヒョイと取り上げ、歩いて出発すれば進路を遮るように身を屈めて待機し、何故かついてくる気満々の巨大竜に乗せてもらおうかとすれば炎を吐いた。荷物を鞍に括り付けて私達が乗ってようやく機嫌を直したのである。

 本人は怪我をなんとも思っていないようだけれど、それでも翼を使うのは避けたい。飛び立とうとするスーを宥めてゆったりと徒歩での移動だ。とはいってもスーは大きいので人間の徒歩よりはずいぶん早く、そしてその歩幅さえも巨大竜からすれば遅いようで5匹のティラノサウルスめいた巨体は物凄くのんびり付いてきたり、数歩先に歩いてじっと待っていたりしていた。


 モスグリーンの鱗を持つ巨大竜の中でも、私と一緒に地下牢にいた竜は特に私のことを気にかけていて、鞍の上にいる私達に時々上からフガフガと鼻先を寄せてはマシュマロをケプケプ落としている。マシュマロは軽いとは言え竜の曲線を描く背にはそれほど乗らないので、コロンと落ちたものは仔竜がすかさずキャッチアンドイートしていた。


 のっしりのっしりと進む旅はここ暫くの間でもっとも穏やかに進んでいったと言ってもいい。興奮していなければ巨大竜達も非常に静かで大人しく、たまに1匹か2匹が飛んで行ったりはするものの私達と一緒に移動している。

 スーは私とフィカルを乗せていればご機嫌で、グルッグフッと喉を鳴らせるだけで黙々と歩いていた。

 仔竜は1番元気であちこちを飛び回ったり、茂みに突進したり、川に飛び込んだり、竜たちの間をチョロチョロと走り回ったりと忙しい。巨大竜達はそれをカワイイ〜と悶えながら見守っており、スーでさえ仔竜がベッチャリと転ぶとその首の根元を咥えてヒョイッと持ち上げる。竜とは非常に子煩悩な種類だと教わったけれど、まさにそうだと実感できる光景だった。


 歩いて行くに連れて徐々に地面がゴロゴロとした岩があって乾燥し、草が生えている場所が少なくなってきていた。川の近くは流石に幾つかの草は生えていたけれど、少しずつ私と竜が捕まっていた場所に近付いているのだろう。

 訊いてみるとフィカルはここから地下牢のあったアジトの場所が大体どっちの方かわかっているらしい。食料が確保しやすいのでまず川沿いに移動して、それから東へ歩くようにしてキルリスさん達がいるであろうアジトへと向かうことになった。


「ンギエエエエエ、ギエエエエ、ギエエエエエエエエ!!」

「うん、うんほら仔竜ちゃん、かわいそうだから振り回さないの」


 川沿いにまたシンセツソウが生えている場所があり、ちょうどいいと言うのでお昼にすることにした。私達がシンセツソウを採っているのを見て真似をした仔竜が、ブンブンとシンセツソウを咥えて振っている。

 シンセツソウは振動を感知して鳴く魔草なのだけれど、構造的には普通の植物と変わらず、鳴くというよりも魔力で空気を震わせているだけで口も声帯もない。しかし顔に見えるような配置で斑点が付いているため、眺めていて非常にイヤーな光景である。

 ポンポンと頭を撫でると、仔竜は大きな瞳をパチパチと瞬膜を使って瞬き、そのままシンセツソウをパクっと口の中に入れてしまった。


「あぁっ!! 食べちゃ駄目でしょ! ほらペッして!」


 わしっと上下の顎を掴んで大きな口をカパリと開けると、すでにその中には葉っぱの欠片すら残っていなかった。アガアガと目を白黒させる仔竜の喉奥まで覗き込んでもすっかり飲み込んでしまっているようである。


「親御さーん!! 子供がシンセツソウ食べちゃったんですけど!!」


 巨大竜を振り仰いでヘルプを求めると、近くで座っていた巨大竜がのっそり近寄ってきて開けたままの仔竜の口をフガフガと嗅いだ。それからグゥと私に鳴いて戻っていく。

 別に大丈夫らしい。ホッと息を吐くと、掴んでいた顎をまじまじと見る。


「あれ? これ、歯?」


 アポロチョコ程度の小さな三角錐が、顎に沿って内側に等間隔に並んでいる。アガアガと舌が彷徨っているので閉じてあげると、仔竜はブルブルと頭を振った。舌を伸ばしてべろりと口の周りを拭っている。


「歯が生え掛けてるってことは、普通のご飯も食べるようになるのかな?」


 一連の動作を私にひっついて後ろから見ていたフィカルは、こてんと首を傾げた。


 しかしそれからが大変だった。

 生えかけの歯はたいへん痒いのである。

 それは竜も同じで、さらに仔竜は私よりも大きい体を持っていたのだ。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)

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