竜の牙18
巨大な竜Aは仲間を呼んだ。
巨大な竜Bが現れた!
巨大な竜Cが現れた!
巨大な竜Dが現れた!
巨大な竜Eが現れた!
スミレは囲まれてしまった!
「紹介します。これが兄、弟、幼馴染、学校の先輩。わーこんにちは、よろしくねー」
アテレコをして恐怖という現実から逃げている私を、次々降りてきた竜が交互にフガフガ匂いを嗅いでいる。
私と一緒にアヤシイ秘密結社「竜の牙」のアジトから脱出した巨大竜、それと同じ種類の茶色がかったモスグリーンの鱗を持つ竜が4匹増えた。彼らははじめからいた竜に鼻先をくっつけたり鳴き交わしたりしながら、その近くにいる私のことをまじまじと見つめる。
だからあんまり近くで呼吸されると鼻息で押されるというのに。
「どうもお世話になってますー食べないでねーあとちょっと近い」
興味津々といった風に匂いを嗅ぎまくっていた1匹が鼻先を上げ、私を保護もしくは拉致した竜に小さく鳴き声を上げる。そして相手から同じような返事を貰った竜は、おもむろにパカリと口を開けた。
ケプッ
「いてっ……ありがとう……?」
コロンコロンとマシュマロ風クッションを私の上に落とした竜は満足して、後ろでそわそわしている竜と交代した。次々に竜たちは私をジロジロ見ては鳴き声を上げてポロポロとクッションを落とす。
「ちょ、待っ……もういいから! もう充分だから!」
そのままボーッと立っていると、クッションで埋まりそうだった。慌ててクッションを押しのけると、最初の竜がご親切にも鼻先で寄せてくる。手を間に入れるとサラッとしているけれどもマシュマロ同士ではぺっとりひっつくので、くっついたその山の上に登るように移動する。
最後に挨拶してきた竜も、フガフガコロンコロンのコンボをしてくる。
鼻息で髪が弄ばれるままにしていると、マシュマロの他に何かがボテッと私のすぐ近くに落ちてきた。
「うわっ!」
マシュマロ布団に受け止められたそれは、しばらくジタバタともがいてからぷはっと顔を上げる。
それは小さな竜だった。
小さいといっても巨大竜からすると大分小さいというだけで、私の一回り大きいくらいである。鱗は同じ茶色がかったモスグリーンだけれど、翼は小さく手足は太く、頭は丸みを帯びて目がキョロリと大きかった。
金色に近いその目をキラキラと光らせて私を見上げたその竜は、クッションの山をボテボテと躓きながら近付いてくる。
「ギュアッギュアッ」
「こ、こどもの竜……?」
翼をバタバタさせた仔竜は、キエーと声を上げてバッと私に飛びかかってくる。とっさに受け止めるとマシュマロの山に倒れ込んでしまった。仔竜はフンフンと鼻息荒く私の服を引っ張ったり、髪の毛を咥えたりと遊んでいる。
周囲の竜はそれを微笑ましいとばかりに高い声を喉で鳴らしながら首を振り、モジモジと尻尾を動かしていた。
最初の竜が仔竜に鼻先を近付け、ケプケプッとマシュマロを吐く。
「……もしかして、これって巣材?」
竜は卵生であることがわかっているが、いつ、どうやって繁殖しているかがわかっている種はとても少ない。人間に従う竜はほぼ全てが繁殖を行わないのと、卵を抱えた竜は非常に凶暴で近付けないという理由からだ。判明している種類でも、水の中に卵を生むものもあれば、巨大な樹木の中に産み付けるという種類もある。西の方にいる竜には、オスの背中にくぼみが出来てそこで卵を育てるという種類もあるそうだ。
自分で巣材を作り出して卵や仔竜を守るという種類がいてもおかしくはない。
マシュマロの山でもふもふとひっくり返る仔竜は奔放で非常に可愛い。大きい竜たちはそれを囲んで眺めたり、川で喉を潤したりしている。
たまに小さな翼でよたよた跳ぶ仔竜がマシュマロから出ると鼻先で押して戻している。
私がマシュマロの山から降りようとしても鼻先で戻している。
「ちょっと待って、私は別に仔竜じゃないんですけどー?!」
薄々気付いてはいたけれど、この大きな竜は私を庇護してくれている。
そして自分達の子供だと思っている。
なぜ。あのマシュマロを布団にしていたせいなのか。
仔竜だと誤解されなければ確実に地下牢で死んでいたので、それはラッキーだった。
けれどもこのままだと、私はここで仔竜と一緒に育児されてしまうのではないか。やめてほしい。これ以上大きくなれないし、翼も生えてこない。
逃げ出そうにも、5匹に増えた巨大な竜から包囲されていてどうにもならないだろう。かといって、このまま一緒にいても食生活の違いから共同生活はうまくいかない気がする。
まだ歯がない口でマシュマロを咥えて私と引っ張り合いをしている仔竜を見つめながら私は悩んだ。キューゥウグッと声を出しながら引っ張ってくる仔竜は翼をバタバタ、尻尾をペチペチと振り回している。
どう見ても、私とこの仔竜は造形が違いすぎるんですが。
仔竜であっても強い力に私がマシュマロを手放すと、仔竜はゴロゴロと力の勢いで後ろへ転がっていった。
「あぁ、大丈夫?」
マシュマロ山からそれを覗き込んでいると、くりっと器用に起き上がった仔竜はマシュマロにまだ噛み付いたまま、丸い鼻先を上向けて口を開け、それをモグッと深く噛み付く。そしてそのままモグモグとマシュマロを飲み込んでしまった。
「えぇえええ餌だったのー?!」
「ギュッ?」
周囲の竜は特に慌てたりせずにまったりしていることからも、誤飲事故ではないらしい。私の声にキョトンとした仔竜は、そのまま2つほどマシュマロを食べてしまう。
ぷにぷにとした柔らかい感触をしているものの、ぎゅっと押さえたり引っ張ったりした程度では千切れることはないこのマシュマロを食べてしまうとは、竜の生態は奥深い。
ごはんを食べて満足したらしい仔竜はマシュマロの山にズボッと潜り込んでそのまま動かなくなった。クッションを掘って顔を見るとスヤスヤと眠っている。
私を拾った竜が、あらあら、とでも言うかのように一緒に覗き込んで、ケプッとマシュマロを追加した。私の上にももう一つ。
「これを食べろって意味だったのか……」
無理。大きさ的に。あと強度的にも餅なんかメじゃない。
竜の子供が食べるようなものなのだから、栄養が豊富だったり美味しかったりするんだろう。しかし、空腹でもこれに齧り付く勇気はまだ出ない。今日まで私の中では布団だったものである。
掛け布団が食べられると言われて食べる人間がどれほどいるというのか。
じっとマシュマロを持って眺めていると、竜が大きな鼻先を近付けてきた。鋭い牙が並んだ口を開けて私が持つマシュマロをそっと咥えると、それをもっちりと噛み切る。私の手元には半分になったマシュマロが残った。竜が心持ち心配そうな目でこちらを見ている。
「いや、食べ方がわからなくて困っていたのではなくてね……」
マシュマロ布団の断面は、まさにマシュマロのようにもっちりと少し手にひっつくような感触だった。匂いは無臭に感じる。竜はどれだけ嗅覚が優れているのだろう。
顔を上げると、巨大な目がこっちを見ている。
「えええ……」
これは食べるしかないのか。
竜からのプレッシャーに耐えていると、不意に周囲にいた竜の1匹が勢い良く立ち上がり、上を向いて高めの声で鋭く鳴き始めた。それに反応して他の竜も立ち上がり、傍にいた竜が翼を広げてマシュマロの山ごと私と仔竜を囲むように被さる。
竜達の警戒する先の空には、小さな一つの影があった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




