竜の牙17
「はい、立ち上がってーゆっくりねー落とさないでねー」
尻尾から竜の背中を登攀し、頭に寝そべりペチペチと額を叩くと、竜はブフウと息を吐いてからのっそりと頭をもたげた。
太陽は高く昇り、ジャマキノコは半分に減っている。
依然この野原には私と竜しかいない。あとジャマキノコ。
可能性その一、竜の保存食として干物になる。
可能性その二、このままさまよい続け今度こそ行き倒れる。
どっちみち不吉な展開しか予想できないのであれば、腹を括ってこの竜に助けてもらうしかない。
この大きな翼でぐいーっと北に行けばどこかしらの街に着くだろう。南端の街から南東の街トルテアまではさほどかからないだろうし、冒険者ギルドのカードがあるから連絡を取ってもらうことも出来る。仕事も出来るから食いっぱぐれる事はない。
しかしこの竜はあまり北の方へは行きたくないらしい。大きな顔の前に立ち、北の方を指してジェスチャーを繰り返してみてもグオウと鳴くだけだった。尻尾を引っ張ってみてもピクリともせず、仕舞いにはマシュマロを増やされる始末。これでどうしろと。
とりあえずここで時間を潰しているのも地味に寿命を削りそうなので、竜の頭に乗って辺りの景色を確かめてみることにしたのだ。
後ろ足だけで立ち首を伸ばすとぐっと地面が遠くなる。ちょうど3階の教室からグラウンドを見下ろしたような風景だった。むき出しの白っぽい地面と草が生えている地面がまだらになっている。その先、西の地平線の手前に川が流れているのが見えた。すぐに行ける場所ではないが、歩いていても着くくらいの距離である。
南の方角には薄っすらと山脈が広がっているので、そこから流れているのかもしれない。真っ直ぐに北へ延びているので、あれに沿って行けばきっと街に着くだろう。
「水が!! お願い、あそこに行こう。ねっ、ちょっと行くだけだから!」
ペチペチとまた注意を引いて川の方を指すと、竜はフガフガと鼻を鳴らす。キョロリと頭上にある私を見て、それからまた川の方を見てからまた地面に寝そべった。地面から2メートル少しの高さに戻ってきて、今度は鼻筋を通り横からべったりお腹を竜に付けたまま足をそろそろと地面に近付けて降りる。
無事着地すると、縦長の瞳孔がこちらを注視している。
「うん、いや別に行きたくないならいいんだけど、私は行きたいからこの辺で解散したいかなーって……」
残ったプルプルジャマキノコを小脇に抱える。せっかく出してもらったマシュマロ布団は野宿に備えて持って行きたいけれど、重さは軽いものの嵩張るので全部は持って行けない。
いくつかだけでも持っていくかと持ち上げていると、のそっと竜が動き、私はマシュマロ布団ごと両手で再び掬い上げられた。
溢れたマシュマロクッションが1つ2つと、土が足元から落ちていく。また同じように地面ごと掬われたらしい。さほど柔らかい土でもなさそうなので、体に比べて小さい手といっても力が強いことがわかる。
マシュマロを溢さないようにか今度は両手でお椀のように掬われているので、視界が良好だ。長い爪を持つ竜の手は意外と器用に動くらしい。
ブオウ、と竜は私にひと声かけて、それからのしのしと歩き始めた。
どうやら川へ向かってくれているらしい。
ありがとう、と声を掛けると、ブフーと鼻息が降ってきた。
映画に出れば主役級のティラノサウルスな見た目に反して、この竜は優しいようだ。
「フィーカルー!!」
「グオオオウ」
「スー!」
「ブルオゥ」
右の方向を向いて度々助けを呼び、それに竜が合いの手を入れ、景色は上下しながら過ぎていく。竜が上を向いて細長く吠えると、空気がわんわんするほど響くのが凄かった。
「み、水だー!」
いくらもかからずに川べりに着いた竜は、少し離れた場所で私をゆっくりと降ろした。
走って川に近付こうとする私を巨大な鼻先で制して、のしっと一足で自分が先に川へと鼻先を近付ける。ふんふんと匂いを嗅いで、川を噛むようにがぶりと水を飲み込む。頭を上げてガフガフ飲み込む音を聞いていると、一口で数リットルいってるに違いない。
そういえばスーが水を飲んでいる姿を見たことがなかったけれど、竜によって違うのだろうか。
喉を潤した竜がいいよ、と言わんばかりに喉を鳴らしたので、川に近寄ってみる。ひんやりした水は澄んでいて、小さな魚影もあった。
両手に掬って顔を洗う。
「っあーさっぱりする。水、最高」
地下牢ではもちろんお風呂はなく、ピッチャーに入った水でハンカチを濡らして体を拭くという非常に辛い衛生環境だった。
ハンカチをじゃぶじゃぶ洗ってそれで手足を拭きつつ、周囲を見回す。すると水辺に乗り出すように生えた低木が見つかった。
カワウツワという名前が付いているその木は、葉っぱが大きくどんぶりのように凹んだ形をしているのが特徴である。枝は細長く曲げやすい柔軟さを持っているのに対して、葉っぱは頑丈であるため、水辺でお湯を沸かすために使うことが出来ると教えてもらったことがある。
「つ、ついに火打ち石を実践で使う時が……」
ごろごろと石が多い川辺で火打ち石を探し、枯れ枝を集め、大きい石で小さなかまどを作り火を点ける。時間はかかったものの、特訓の成果で火は順調に大きくなった。
「グオオオオオウ!!」
と思ったら消えた。
「ああぁー!! ひどい! 何でそんなことするの!」
竜のひと吠えはバースデーケーキのろうそくのように火を吹き消し、トドメに鼻先がぐりぐりとかまどを壊してしまう。
飲み水を作れるとワクワクしていた心も同時に粉砕され、私は竜の鼻面をぽこぽこ叩いた。
「喉乾いてるのにー!! お腹も空いているのにー!」
半泣きでキレた私にびっくりしたのか竜はしばらく硬直して私を見つめた後、空に向かって長く吠え始めた。
吠えたって壊れたかまどは戻らない。ばかー! とマシュマロをひとつ投げつけてから、私は再びかまど作りを始めた。
竜は鼻先で私を押してかまど作りを妨害しては鳴いている。私が遠吠えしたい。
「今度壊したらほんとに怒るからね。いや今も怒ってるけど、鼻の穴に体突っ込んでくしゃみ連発させるからね」
グワウグワウと唸っている竜に念押しして、私は背中で竜の鼻息を防ぎながらもう一度火を焚いた。かまどの上ではカワウツワに入った水を沸かし、沸騰するまでジャマキノコを炙って食べる。私は火を通すだけでキノコが大分食べやすくなることを学んだ。もう生は勘弁していただきたい。
沸いた水をフーフー冷ましている間も落ち着きがなかった巨体は、どうやら私のことを心配しているらしい。
火を使わない竜なので、私が焚き火をすることに驚いたのかもしれなかった。
「ほら、大丈夫だよ。別に触ったりはしないから」
白湯を飲みながら火に当たりつつ、心配げに近付けてくる大きな鼻先を撫でる。私はむしろ川辺の地面の方が心配なくらいだった。歩き回っただけなのになぜ沢山陥没しているのか。そしてさっきまでなかった岩がなぜ増えているのか。
ともかく、喉を潤しお腹もまた少し満たされた。ジャマキノコは栄養が豊富とはいえキノコであることには変わりがないので、タンパク質や炭水化物が食べられるといいけれど。
フィカルがやってくれるせいですっかり狩猟から離れていた上に、罠の道具なしで生き物を捕まえたことがない、そんな経験値で動物性タンパク質を得るのは難しそうだ。
きょろきょろと食べられる野草でもないかと見回していると、急に竜が体を起こして大きく鳴いた。見上げると、空に大きな影がいくつか見える。それらは羽ばたいて確実にこっちを目指していた。
「……わぁー……、あれ、あなたのお友達か何か?」
気心の知れた仲間と川でバーベキューパーティー。うん、良いよね。
私のお友達、フィカルとスーも参加してほしい。切実に。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




