竜の牙13
ひんやりとした廊下というより隧道の道は続いていく。地表に近い窓が2メートルのところにあった地下牢から出て、さらにいくつかの小さな階段を降り、うねうねと曲がった道をどんどん進んでいく。一度も階段を登っていないから、ここの地下施設はすごく大規模に作られているようだ。平たい岩や石畳で作られている壁や床は、それでも所々が土のままである。薄暗くて判別がつきにくいけれど、最近出来た物件とはとても思えない。
星石のない場所にこんな施設を誰がどうやって何のために作ったのか、考えるだけでもろくなものではない感じがひしひしした。
黒いローブを着た魔術師に地球に降り立った宇宙人スタイルで手をそれぞれ掴まれているため、私は2人が歩くのに従って大人しくついて行っていた。一応抵抗しようとはしてみたけれど成人男性の握力には中々抵抗し辛く、相手は魔術師である。
魔術師が戦うところといえばキルリスさんがフィカルと力試しをしていたシーンしか見たことないけれど、この魔術師達がそれほど力がないとしても炎や雷を使われたらひとたまりもない。
かといって、始末とか物騒な言葉を使われたということは、このまま行ってもぶっちゃけ私が幸せな結果に終わる可能性は微粒子レベルでも存在しなさそうだ。地下なので周囲には窓すらないけれど、今ここで叫びまくって誰かに存在を示しておいたほうが良いかな、と息を吸った瞬間、誰かに先に絶叫された。
「えっ」
「チッ、騒がしいな。また4人目か」
「だが今はそれどころじゃないだろう」
圧迫感のある狭い道の途中にある木製の扉の向こうから、断末魔と言ってもいいような叫び声がずっと聞こえてきていた。聞いている方がゾッとするような声がする。その扉の前を通り過ぎてしばらくすると、今度は泣き叫ぶ声が聞こえてくる。狂ったように笑う声が聞こえてくる扉もあった。
「……あの、もしかして、ここの扉の中って……」
「ああ、異世界人に術をかけてるんだ。こんな事態にならなければお前にもするところだったんだが」
「あの人達、大丈夫なんですか? 魔術って安全って言ってたけど、全然そうは思えないんですけど」
「夢を覗くとはいえその人間に入り込む行為だからな。こちらの安全を確保する陣を編み出すのに苦労したものだ」
ちょっと待って。
安全って、やる側の話なのかよ!!
唖然としている私を気にも留めない魔術師達は、私を連行しながらもぼやいている。
「それにしても発狂されると流石に効率が悪い。干渉術の根本から構築を考え直すべきではないか?」
「確かにな。今の奴らはとりあえず最期までやって、新しい素材で試そう」
ムカムカしたものが胸にこみ上げてくる。ヘルシー過ぎる粗食が続いて特に胸焼けをするような食材を食べてはいないので、このムカムカは間違いなくこの魔術師達に対する嫌悪と怒りだった。
魔術師には自分達が人よりも多くの魔力を持ち、魔術を扱えるということを特別に思っている人間が多いらしい。キルリスさんも典型的なプライドが高い性格をしているけれど、彼は魔力が全くない私に対しても言い方は置いておいてこんな気持ちにさせるような対応はしていなかった。
ここの魔術師は、自分達以外を人間だと思っていないのだ。連れてきた異世界人にしても、モルモットとか研究材料くらいにしか思っていない。だからこそあれほど他人を苦しめていてもなんとも思わないのだろう。
魔術師達に対する侮蔑の念が湧き起こってくるのと同時に不安も湧いてきた。
私もまさに今、そういう人間に始末されようとしているのである。
「おい、ちゃんと前を向いて歩け」
「他の処理もあるからな、さっさと済ませてしまおう」
ぐねぐねと曲がった道には扉はあったものの、出口に向かうらしき道は地下牢からここまで一つもなかった。地上へと続く道に辿り着くには、あの地下牢の近くまで戻らないと見つからないのだろう。狭い隧道の道を走って戻ったとして、魔術師に挟み撃ちにされれば魔術を使われなくても再び捕獲されてしまう。
途中の部屋に入っても行き止まりだ。
どうする私。
いやどうにも出来ないんだけれども。
「あの、これから私はどうなるんですか?」
「行けばわかる。すぐそこだ」
近所のコンビニにでも案内されるような気軽さで返されたその先は、更に下へと続く細長い階段だった。それを真っ直ぐ下ると、これまで見てきた扉よりも大きくて金属製の扉が待ち構えていた。
2人の魔術師が手を翳すと、扉がゆっくりと内側に開いてゆく。背中を押されてその部屋へと踏み込んだ瞬間、すごく低くて大きな音が体を包み込んだ。
びっくりして足を止めていると、船の汽笛を更に低くしたような音は、長い余韻を残して静かになる。
いきなり音が聞こえるようになったので、音が外に漏れないような術が掛けられているのかも知れなかった。
ひんやりとしていた隧道とは違い、この中はもわっと生温い空気が篭っているように感じる。2メートルほどしかなかった天井は扉を開いた途端に暗くて見えないほど高いところまで広がっている。床は扉から数歩分だけ緩やかな下り坂になっていて、あとは土がむき出しになったままずっと奥まで続いていた。
地下に作られた空間なのに、スタジアムのように驚くほど大きなドーム状に広がっている。地面から3メートルほどの高さのところに、壁に埋め込むようにヒカリホオズキが2列になって狭い感覚で沢山並んでいたけれど、空間が広すぎて中央はぼんやりと闇が丸くなっていた。
壁はほんの僅かに歪んでいて、このドームは蚕の繭を物凄く大きくしたような形をしている。これほど大きな空間をどうやって掘ったのだろう。
「早く行け」
「えっ」
「ああもう面倒だ」
「うわっ」
右側にいた魔術師がよくわからない言葉を呟きながら私の背中の真ん中を強く押すと、その力がそのまま私を少し持ち上げて体を前に運んでいく。
「ちょ、ちょっと待ってー!」
暴れようにも、爪先が地面を掠めるくらいで浮いている状態ではどうしようもない。体は魔術師達がいる端っこからぐんぐんドームの中央へと離れていく。
初めは後ろの魔術師達を恨みがましく眺めていたけれど、それが遠のくに連れて真ん中の闇を凝視することになった。低いモーターの音のようなものが、ゆったりとした感覚で断続的に聞こえてくる。
それが何かの息遣いなのではないかと思い至った時、心臓がギュッと痛くなった。
左右を見てみると、ヒカリホオズキの灯りの列が小さな線に見えるほど遠い。その光が届かない中央に何かがいる。
息を呑んだ瞬間、ズベシャと地面に倒れ込むことになった。
「ぶぇっ」
冷たい土の感触が顔全体に広がる。
魔術を終わらせるなら優しく終わらせてほしかった。微妙に口に入った土を吐き出しながら上半身を起こすと体に生暖かい風が吹き付ける。
「な、なんかいる……」
地下の、こんなに何もない空間でいきなり風が吹いてくることはありえない。
あるとしたら、それは何かの吐く息だと思う。
ごごごご、と低い音がまた響いて、目の前の闇がぞろりと動いた。
それは遠いヒカリホオズキの灯りを少しだけ反射して、僅かに輪郭を見せ始める。
遠くでずずずず……と何かを引き摺る音がする。何か聞いたことがある音だ、と考えてみて思いついた。スーの尻尾を引き摺る音に似ている。
それに気を取られているうちに、近くで空気が動いた。
生暖かい風。
立っているところから距離にして4メートルほど、高さは2メートルほどの位置に2つ。大きな明かりが灯った。蛍光黄色のような丸いそれには、それぞれの中央に縦長い切れ目が入っている。
その2つは横にパチパチとシャッターのように瞬いた。
蛍光黄色の瞳は魔力を蓄えた強い魔獣である印。
大きな瞳はずずず、と地響きを纏って、高い高いドームの天井へと付かんばかりに高いところへと上がっていってしまう。
ごごご……と大きな音が響くと、ヒカリホオズキが反応するように強く光った。そのおかげで闇が薄くなる。
魔獣の前ではうかつに喋らない。冒険者の基本を忘れた私の口からついうっかり言葉が溢れてしまった。
「あー……これは死んだわ」
私の目の前には、ちょっとしたビルくらいの大きさの竜が立ち上がっているのが見える。
その大きな瞳は淡い光を発してじっくりと私を見下ろしていた。




