竜の牙11
「フィカルーッ! スー! 助けに来てー!」
「おい、静かにしてろ!」
「すいません!」
草木も眠る丑三つ時……なのかどうかはわからないけれど深夜に、私はウロウロと今更湧き出してきた危機感を持て余していた。お向かいに引っ越してきた誘拐されし異世界人1人目さんが絶え間なく呻いているので、流石に何もしないではいられない気持ちなのだ。
小さな窓に向かって助けを求めすぎたのか、ガチャガチャと鎧を着た兵士の一人が様子を見に来てしまった。
「どれだけ叫ぼうが無駄だ、焚き火の煙ですら人里には届かねえ場所だ」
「そうなんですか。大分辺鄙なところにあるんですね」
「ああ、明日にはこの自由ともおさらばなんだから、静かにしろ……ん? お前、それは」
全然自由ではない、という突っ込みをしようか迷っていると、兵士が私のベッドに置きっぱなしになっていたジャマキノコを発見したようだった。
ジャマキノコはこんな見た目をしているけれども美味しく知る人ぞ知るグルメであるので、このキノコでどうにか見逃して貰えないかと抱えて鉄柵へと近付いてみる。
「実は私、ジャマキノコに憑かれている身でして……、よろしければどうぞ」
「ジャマキノコってお前、まさか妖精の加護持ちなのか!!」
「あ、そうとも言いますね」
妖精の嫌がらせの間違いではないのかと思い続けてきたこのジャマキノコが生えるという微妙な付加価値が、ここに来て私の中で見直されつつあったのは、私とジャマキノコの秘密である。
兵士が大きな声を出したので、「おいどうした」ともう一人の兵士も近付いてきてしまった。ランプをそれぞれ持っているので大分明るく感じる。元からいた兵士が私のことを加護持ちだと説明すると、やはりもう一人の方も僅かに動揺を見せる。
「おい、加護持ちっつったら……やばいんじゃないのか?」
「いやでも異世界人だろ。妖精といっても実際に守護をしているわけでもないし」
ボソボソと話し合っているのは、どうやら妖精が目をかけている人間に無体を働くのはどうなのか、ということらしかった。
確かに妖精は半分存在を疑われているほど目撃者が少ないけれど、その分神の使いだとかそういった風に扱っている地域もあるらしい。そうでなくても、妖精の怒りを買うと森で糧を得られなくなる、といった言い伝えには事欠かない。小さい頃から言い聞かされるそれらをやや真に受けているということは、この人達も狩猟や採集を仕事として請け負う冒険者ギルドの一員なのだろう。
「あの、うちの森の妖精さんは温和な人なので、むやみに私に危害を加えたり、酷いことしない限りは大丈夫かと思います」
「……本当か? お前、妖精に会ったのか」
「はい。見た瞬間時が止まるような美しさで、ムカの唐辛子漬けが好物だといっていました。私が悲しむようなことをしたら、ひどいことをしてくれるそうです」
もちろん嘘である。
妖精など気配一つ感じたことがない。しかしここは身の安全を少しでも確保するために乗っておくことにした。妖精、のように美しいシシルさんにはよく会っているし、「変な男が寄ってきたら教えてね、擦り潰すから」と言ってくれているので、すべてが嘘というわけではないということにしてほしい。
「まぁ、俺達ァ雇われてるだけだからな」
「竜の牙がやることにはほっとんど関わってねぇからよ」
「お前のことも相当騒がしくしない限りは手は出さねえさ」
「ありがとうございます。きっと妖精も安心していることでしょう」
お近付きの印にジャマキノコを渡してぺこりと礼をすると、隣でいつのまにかジャマキノコが同じように腰を折っている。それも持ち上げて兵士に渡してどうにか退散してもらった。
兵士たちは妖精の加護を持っている女を地下牢に閉じ込めているということについてやや動揺していたが、とりあえずジャマキノコを夜食にして落ち着くことにしたようだ。私が食事と言うにもおこがましいメニューだったことから予想できた通り、兵士の人達もあまり満足できる食事は貰えていなかったらしい。街が遠いと食糧の入手も問題になるのか。
「いや、よく考えたら何も解決してない」
私が加護持ちだと知ったことと賄賂のおかげで少しくらいは騒いでも見逃してもらえそうにはなったが、流石に脱走などを企めば魔術師を呼ばれてしまうだろう。
少々のSOSでは助けが来るような立地ではないと太鼓判を押されてしまったし。
「た……助けてー。この際誰でもいいから助けてー」
『……なんだ、こんな時間に』
若干モチベーションが下がった状態でそれでも窓に向かって叫んでみると、いきなり背後、部屋の中央の方から返事が返ってきた。
神経質そうな、やや苛立ったような声に振り返ってみると、ローブを纏い、フードから緑めいた銀髪を長く垂らし、座った状態で裾からは僅かに剣が見えている。フードが邪魔をしてあまり顔が見えないが、いかにも卑屈と神経質をかけ合わせたといった表情は口元だけでも充分だった。
「……キルリスさん?」
『他に誰に見えるというのだ? 寝惚けているのも程々にした方がいいぞ』
この根性曲がりで捻くれた感じ、間違いなくキルリスさんだった。
王都からやって来た貴族3人組、王子系、筋肉系、陰気系のうち陰気な方であるキルリス・パルリーカスさんが狭い地下牢の中央にでんと在していた。
しかもその姿は真っ暗闇で光るスマホの画面のごとく薄ぼんやりと光っており、向こう側のベッドを透かしている。
陰気なのに光っている。
「き、キルリスさん、幽霊になっちゃったんですか」
「そんなわけあるかァ! 失礼にも程があるぞ!」
元気そうだった。
キルリスさんは特に変わりなく元気に過ごしているようだった。キルリスさん自体は今出身地かつ自分の領地であるパルリーカスの自室にいるらしく、今こうして幽霊のように透けているのは術で姿を現しているからだそうだ。
「よくわからないけど魔術すごいですね」
「フン、貴様が呼んだからわざわざ来てやったんだ」
「呼んでないですけど」
「助けを呼んだだろうが」
ぴし、とキルリスさんが私の方を指差すと、額がじわっと温かくなった。
「あっ、そういえば魔術を掛けてもらってたような」
「忘れていたのか、鳥頭だな」
「いや機織り小屋の守り神様が反応しなかったから、もう効き目が切れちゃってたのかなって思ってたんですよ」
私が機織り小屋の丸頭ちゃんたちについて説明すると、キルリスさんはさもくだらないことを聞いたとばかりにフンと鼻を鳴らした。
「この私がそんな守護魔草に引っかかるような術を掛けるわけないだろう」
「そうなんですか」
「うちの里にはそんなモノはうじゃうじゃいるからな。陣に条件を組み入れれば訳はない」
守り神様のセキュリティに脆弱性が見つかってしまった。
そしてやっぱりあれは魔草の一種だったのか。
キルリスさんの偉そうな説明によると、そういった守護のための魔物は敵意がない魔術については反応しないといったものが多いらしい。パルリーカスに住む魔術師は反応させないための魔術の掛け方などに詳しく、さらに里の中でも優秀なキルリスさんの魔術に死角はない、ということだった。
ほうほうと相槌をうちながら拝聴していると、キルリスさんは満足そうに頷く。
「ところで小娘、中々楽しい状況に陥っているな」
「あ、そうなんです。助けて欲しいんですけど」
「事情を話せ」
今度は私が説明する番である。




