竜の牙10
大人しくしているうちに地下牢生活も2日くらい経過していた。トルテアで穴からボッシュートされて眠っていた時間がどれだけかわからないけれど、この地下牢に来た時に窓の外が真っ暗だったからその日のうちだとすると数時間。
2回太陽が昇って今が夜なので氏名不詳の白骨頭部とも同棲3日目に入ったところだ。
ちょうど仕事終わりのお腹が空いていた時間に攫われたのはどう考えても痛恨のミスである。
ベッドの上で膝を抱えてマッチのないマッチ売りの少女ごっこをしてエアご馳走を楽しんでいると、同じように膝を抱えているような曲がったジャマキノコが隣に生えていた。夕食に付いて来たフォークで縦に裂いたものをろうそくの火で炙って食べてみると、陰気な地下牢に非常に食欲をそそる香りが充満した。
ふーふーして食べると味付けもしていないのにヨウセイブタかのような美味しさを感じる。
「私今ジャマキノコ憑きで良かったと初めて思ったよ……」
孤独も相まって思わず4分の1が欠けているジャマキノコに話し掛けてしまった。欠けている風情も、こうしてみれば自らの顔を差し出すアンパン製のヒーローと通ずるものがあるではないか。大体が茶色っぽい地下牢においては、毒々しいハロウィンカラーもやたらと華やかに見えるし、目玉模様があることで生き物がいるような気持ちで微妙に心強い。
ぽんぽんとジャマキノコの頭を撫でたところで、私は我に返って重い重い溜息を吐いた。
いくら危害を加えられないからといって、頭の中を覗かれるのは嫌だし、女子高生の知識から出来るかは怪しいけれど科学技術を盗まれて戦争の種などになったらシャレにならない。
何より魔術であれこれされる前にここにいては心が先にやられてしまう。
私はベッドから起き出し、足音を極力立てないようにして鉄柵へと近付く。手を目一杯広げた状態の親指と小指くらい幅がある鉄柵は丈夫で、表面は錆びているものの脆くなっている場所はないようだった。
柵に密着して周囲を窺ってみる。最初に連れてこられたため、目の前の廊下の左側に入口があることは知っている。入り口から距離があるということも知っている。真っ暗な廊下を右に曲がった先に灯りを置いているのか、ぼんやりと光っているのが見えている。見張りはその辺りにいるのだろう。
対して右側はもう紛うことなき闇である。頭蓋骨さんがいることからもあまりそちらに注目はしたくないのだけれど、目を凝らしても明かりが見えないことから、恐らくいくつか地下牢が続いているけれどその先は行き止まりになっているのだろう。
食事のトレーをベッドの上に移して、ろうそくだけが乗っているサイドテーブルを音がしないように持ち上げて移動させた。正方形をしている小さなテーブルはそれほど重くはなかったけれど、古いためにミシミシと小さな音を立てている。
窓の傍に置いてからちょっと手で体重をかけてみたけれど、微妙にミシッと歪むので、これを台にすることは出来ないようだった。
小さな窓は床から2メートルほどの高さに作られており、30センチ四方くらいのようだった。こちらから手を伸ばすと何とか届く高さにあるけれど、ここから通り抜けられそうにない。手で触った分には石で作られた枠しかないけれど、日が昇っている時に線の影が2本見えるので外側に簡易の鉄柵が嵌められているようである。
外を覗こうにも、背伸びをしたくらいではさほど視界が広くならない。そして下から見上げているので夜空しか見えない。
しばらく粘ってみたけれど、ふくらはぎが攣りそうな気配がして諦めることにした。
「あっ、とっ……」
かかとを地面につけて窓から離れようとしたら、よろめいて膝がかくっとなった。
尻餅をつく覚悟をしていたけれど、衝撃はそれほど痛くない。
どしんと何かに座るような形になって硬い石の感覚がすることはなかったようだった。
後ろには何もなかったはずだけど。
そろそろと自分の下を覗き込む。
「……ジャマキノコ……あんたって奴は……」
素早く私のお尻を受け止めたジャマキノコは、誇らしげに生えていた。
私の体重を受けてもどうにもならなかったらしいどっしりと身が詰まったキノコを思わずひしっと抱きしめて、いやいやと我に返る。
それから腕の中のジャマキノコをまじまじと見つめ、窓の傍にぽんと置いてみた。
手で体重をかけてみるも、柄が太いので中々安定している。
「よいしょ」
高さはそれほどないけれど、それでも背伸びよりは窓が近くなった。
両手を窓にかけて覗き込んでみると、夜空以外の光景も見える。
見えるけれど、あまり意味がなかった。
「……何もない……」
広がるのは、ところどころに生えた草。そしてそれよりも多いゴロゴロとした石。それがずっと続いて闇に溶けている。平らな土地が広がっているので地表近くからの眺めでも遠くが見えるけれど、目印になるようなものは一つもなかった。晴れていて星が多いけれど夜なのでそれくらいしか見えるものがなかった。
虫なのか鳥なのかわからない鳴き声が微かに聞こえるけれど、あいにくとそれで場所を特定するほどの知識もない。
人気もない。
ついでに助けも来そうにない。
「いや、そうだよね。さすがのフィカルでもわからないよね」
トルテアには森があるせいか、見渡す限り木も生えていないという場所は近くにはない。街の周囲は東から南にかけては森に覆われているけれど、それ以外であれば街がある。うんと離れているわけではないので、道の途中でもぽつんと家が点在していたり、こんもりと小さな林があったりするし、天気が良ければどちらかの街が遠目に見える。
少なくともそういった場所ではないということはわかった。
反対に、北西地方であるということもないのではないか、と何となく推測する。
場所にもよるだろうけれど、北西地方は街を離れると非常に危険な魔獣も多く、毒草やしびれる水が湧き出す泉なども珍しくはないと聞く。夜に活動する獰猛な魔獣の気配すらなく、こうしてさほど頑丈ではなさそうな窓がついていることからも、あまり危険な地方ということもないだろう。
けれどそれ以外はさっぱりだった。
ボッシュートされた本人の私でさえ現在位置を把握していないのに、それを見ていただけのフィカルが追ってこれる可能性はかなり低いだろう。
仮に脱走出来たとして、この眺めではすぐに居場所がバレてしまう。さらに仮にバレずに脱走できたとしても、ポシェットひとつしかない状態ではどう考えても人里に着きそうもない。
今度こそ行き倒れる。
やはり大人しくしているべきなのかと悩み始めながら、ちょうどサイドテーブルを元の位置に戻したその時。
ガチャガチャと複数の足音が聞こえてきて、私は慌ててベッドの上で膝を抱え直した。
1個と4分の3個のジャマキノコは、とりあえずシーツを被せて背中に隠しておく。
「……ああ、その辺でいいだろう。落とすなよ」
何かを話し合いながら近付いてきたのは鎧を着た傭兵であるという見張り2人に、ローブを纏った魔術師が一人。魔術師がランプを持って先導し、私が入っている地下牢の向かいの牢を鍵で開けた。
2人の鎧男達は、担架のようなものを担いでいる。その上には人間が乗っていた。
顔はよく見えないけれど、非常に苦しそうに呻き続けている。その声はどこか虚ろで、担架の上から手だけが動いていた。
正確には、肘から下だけが動いている。それ以外は担架に縛られていて身動きが出来ないようだった。
「そのまま置いておけ」
ベッドの上に担架ごと人影を置いて兵士は出て行き、最後に魔術師が鍵を掛ける。それからついでのようにランプを翳してこちらの様子を窺ってきた。ローブの魔術師は口髭が生えていないものの、初日に会ったうちの一人かどうかはわからない。
「なんだ、起きていたのか」
「あの、その、そちらの人は……」
「お前と同じ異世界人だ。こいつは一人目だったな。明日から暫く外すから、次はお前の番がくるぞ」
あっさりと教えてくれた魔術師は、明日のご飯でも教えてくれるかのようにあっさり告げた。
「どう見てもなんかやばそうなのですが、例の魔術って痛みとかないんじゃなかったんですか?」
「……まあ、まだ試行錯誤の部分はある。改良してはいるから安心しろ」
そう手を振って魔術師は歩いていってしまう。
それを膝を抱えながら見送って、恐る恐る鉄柵へと近付いた。
向かいの牢にはろうそくがないので、柵を握って顔を近付けてみてもほとんど真っ暗で何も見えない。そこから苦しそうにうめいている音だけが延々と聞こえてきていた。
……いや全っ然安心できないから!!!
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




