竜の牙9
てん、てん、てん、てん。
一定のリズムで刻まれる音。少し高くて、断続的に続いている。
なんだろう。
紅い鱗の尻尾が揺れる。
そうか、スーの尻尾を縄跳びにして遊んでいる音だ。
てん、てん、とのんびりしたリズムでスーが尻尾を大きく回している。長い尻尾は楕円形を描いていて、私はその側で大縄跳びの中に入るタイミングをいつまでも掴めないでいた。
友達がすぐに入っていってしまう中で、私はいつもまごついてしまうのだ。
「スミレ」
「フィカル」
後ろに並んでいたフィカルが、簡単だよ、とでも言うようにあっさり私を抜かして大縄跳びの中に入ってしまった。私はついていこうと思いながらも、一度二度と目の前を降りてゆくスーの尻尾に躊躇っている。
「入れない……」
「スミレ」
フィカルが呼んでいる。跳びながら端に移動して、私が入るための場所を空けてくれたフィカル。すぐ近くなのに。
フィカルが手を伸ばしている。
私も手を伸ばした。
それは届かずに、真っ暗な穴に私は吸い込まれてしまう。
くしゃくしゃくしゃ、モッモッモッ……という小さい音が聞こえた。
「よし、こいつでちょうど10人目か……」
「他の調子はどうだ?」
「予定していたよりは少し遅れているが、まあ許容範囲内だ」
知らない男の人の声が聞こえてきて、私は目を開けた。ぼんやりと前を見ると、ランプひとつの薄い灯りと幾つかの人影が見える。
空間はそれほど広くなく6畳くらいで天井が低いため圧迫感がある。ゴツゴツとした石を平らになるように嵌めました、みたいな石と土で壁や天井が作られている。かび臭くひんやりした空気に、ランプの油臭い匂い。
奥の壁近くで、天井から雫がてん、てん、と滴っていた。
それらの光景は九十度曲がって見えたので、自分が横たわっていることに気がついた。うつ伏せで、下になっている右頬がゴワゴワとした硬い布で少し痛い。
「おい、この娘気が付いたようだぞ」
「何、術が切れたのか?」
覗き込んできた男達は3人で、全員が真っ黒のローブを被り、屋内のようなのにフードも被っていた。光量が少ないのでわかりにくいけれど、見えている顔の下半分から推測するに、一人は2〜30代、あとの2人は中年で、そのうちの一人は鼻と唇の間に短い口髭を生やしていた。ランプの光で僅かに光ることから、水色っぽい銀の口髭だとわかる。
「異世界人だからな、術が効きにくいのかもしれん」
男達の一人が何気なく放った言葉で、私は一気に頭が覚醒する。思わず起き上がって男達から距離を取るように後ずさると、背中が石の壁に当たった。それに反応して男達が僅かに構える。
「こらこら、下手に動くと痛い目を見せるぞ」
「若い娘を痛めつける趣味はないが、拘束のために躊躇うほど善人でもないのでな」
「抵抗するなよ。魔術が使えないのはわかっている」
「あの……あなた達誰ですか? あの変な穴はあなた達が作ったんですか?」
恐る恐る質問してみると、口髭の男が「いかにも」と頷いた。
物騒なことを言う人達だけれど、どうやら会話をする意志はあるらしい。
「まさかトルテアなどという最弱の街に異世界人が隠れているとはな」
「結界があって苦労したが、隙を突けて良かった」
「異世界人を誘拐してるんですか? あの、それって犯罪なのでは……」
「何、我々の崇高な目的のためよ」
いや、何が目的であっても犯罪は犯罪だと思う。
突っ込みを飲み込んで相手の話を聞いたところ、この人達は魔術師らしい。
魔術師は魔術を使えない人間よりも優れた人種である。
優秀な魔術師同士で更に知識や技術を得ようというのがこの人達の目的らしかった。
「我ら『竜の牙』はこの世界だけではなく、異世界の知識を用いてより発展的な魔術を目指しているのだ」
「はぁ……」
「今は優秀なる魔術師が少なく日陰の身ではあるが、より多くの技術を吸収しいずれは王都、そして魔術を持たぬ下等民を導く優等民族として魔術師が統率する世界を目指している」
えーっと、差別主義者のナルシストテロリスト秘密結社ということでよろしいでしょうか。
見かけだけは私が今まで見てきた魔術師とそれほど変わらないし、喋り方も穏やかで知的な感じがする。しかし言っている内容は今まで出会った誰よりもぶっ飛んでいた。
こういう危ない人もちゃんといるんだね、異世界!
出来ることなら出会いたくなかった。
「なるほど。ちなみに、どうやって異世界人から知識や技術を得るのですか」
「そういう魔術を我々は行使できるほどの力を持っている。複数人で行う催眠系のものだ。まあ禁術とされているものだがね」
「怖いかね。まあ被施術者は施術中に寝ているだけだから、痛みはない」
「あっ、痛くないんですか」
「苦痛があると引き出せる技術が歪むからな。夢見が鮮明になる程度だと言われている」
「ちなみに、後遺症とか副作用とかで人格崩壊したり発狂したりとかは……?」
「魔力の欠片もない人間はこれだから。人間の精神に干渉することはこちらにも危険が及ぶ。我々は異世界人の眠っている夢として技術を見ているだけだ」
「へぇ〜。すごいですね」
「魔力がない割には話のわかる小娘だな」
トルテアにいるコントスさんはそうでもないけれど、魔術師は褒めるとちょっと鼻が高くなるという特徴でもあるのだろうか。おじさん魔術師の2人が何となくドヤ顔をしている。
どうやら私の持っている異世界の知識や技術を目当てにしているらしいこの人達は、とりあえずは私に危害を加えるつもりはないようだった。
良かった。いきなり何かの生贄にされるとか、人質の印として指を切り落としてトルテアに送りつけるとかそういう人達じゃなくて。
場所がわからないけれど(流石に教えてくれなかった)、ここには私の他にも異世界人が連れ去られているらしく、その人達は大体魔術で眠らされて技術や知識を覗かれているということだった。食事や排泄等最低限の時間だけ覚醒させるような術を初めにかけているらしいけれど、私は起きてしまったのである。
これはいいことなのか、悪いことなのか。
何で魔術が効かなかったのか、と3人の魔術師はあれこれしばらく討論したあと、私をとりあえず地下牢に入れておくことにしたらしい。
「どうせまだお前の順番は来ていないからな。眠りの魔術でも疲れることは疲れるし、しばらくは大人しくしていろ」
「見張りは傭兵だ。魔術は使えない人間だが、力は強い。逃げ出そうとは思わないことだ」
「わかりました」
おじさん魔術師2人の忠告に大人しく頷くと、鎧を着た2人組が私を鉄柵で仕切られた部屋へと連れて行った。壁際に簡易のベッドと小さなサイドテーブル、その反対の壁の上の方に一箇所小さな窓がある他は特に何もない。
大きなろうそくを一つ置いただけで、鎧の2人は出て行ってしまう。ここの隣なども同じような作りになっていそうだったけれど、灯りが少なくてよくわからなかった。
ガチャガチャと足音が遠ざかってしまえば、後は沈黙と私の2人きり。
はあ、と吐いた溜息でロウソクの火が揺れる。
とりあえずは安全だけどピンチな状況に陥ってしまった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




