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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
陰謀巻き込まれ?編
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竜の牙8

「フィカル、おま……たせ……」

「あーらら、スミレったらお熱いねぇ〜!」

「こっちが胸焼けしちまうよ!」

「うちのダンナがやったら道化だわ」

「く、苦し……」


 日暮れが近付いてその日の仕事が終了すると、機織り小屋の近くで待っていたフィカルに捕獲される。肋骨は骨の中でも折れやすいらしいので、もっと力加減を覚えてほしい。


 初日には扉のすぐ前に立っていたせいで、守り神である青緑色の丸頭ちゃん達がイヤに殺気立っていた。それでは支障が出るだろうということで、機織り小屋の周囲にある小さな柵のところでフィカルは待ち構えている。小屋から大体2メートルほどの距離をぐるっと囲っているその柵より外だと守り神様は男性がいても反応しないのだ。


 仕事を終えると、その柵のすぐ近くで沢山の男性がそわそわとしている光景が見られる。トルテアの男衆憧れの機織り娘にナンパをしかけんとする者、さらにひと目でも……という奥手な男性などが待っているのだけれど、大機織りの時期は特に多い。

 カルカチアのヒトクイザケ造りのときと同様、女だけで篭って仕事をしていることに何かを見出している男性が多いのだろう。何を見ているのかよくわからないけれど、機織りや糸紡ぎの合間に歌う機織り娘の歌声はなるほど美しいので、私も男であればあの群れの中に入っていたかも知れなかった。


 おそらく冒険者として身を立てている青年であろう体格の良い一人が、汗を拭って出てきたシシルさんに勇気を持って近付く。


「し……シシルさん!!」

「何かしら」

「そ、その……いい夜ですね!!」

「そうねぇ」


 まだ夜とはいえないのではないかという時間だけれど、シシルさんに頷いて貰った青年は恍惚とした表情で家路につくシシルさんを見送っている。挨拶をしただけで満足とは、筋肉量とは反比例して非常に控えめな青年である。

 その他の男性陣も、大体が同じように頬を染めてシシルさんをじっと見送っていた。まるで少女漫画に出てくる片思い中のヒロインのようなシーンだ。何人かがその美しさに魂を取られたかのようにフラフラとついていっているけれど、シシルさんのご両親はトルテアの冒険者ギルド所長である熊男もといガーティスさん、と肝っ玉母さんであるメシルさん。家にまで押しかける強者はそうそう現れることはない上に、そういった迷惑なファンは親衛隊の指導が入るらしかった。


 ギルドで受付をしているタリナさんから聞いた情報では、シシルさんの親衛隊はシシルさんが気分よく毎日を送れるよう、短い通勤路を掃き清めたり、誕生日に連名でムカの唐辛子漬けを贈ったり、家周りの雑草を抜いたり、市場に店を持っている親衛隊は割引をしたりしているらしい。その見返りが姿を拝めるだけでいいというのだから、シシルさんの美しさの威力がわかる。

 ちなみに、シシルさんは格闘術も強いので、2、3人の暴漢に襲われたところでびくともしないということだった。


 シシルさんの他にも美女揃いの機織り娘にアプローチを試みる男性で賑わっている機織り小屋前から、フィカルは足早に家の方へと歩みを進める。街の中心近くにある機織り小屋の周辺は住宅も多く道も狭いけれど、森に近い家の方へ行けば段々と道が開けてくる。すると屋根からじわじわとストーキングしていたスーも隣に並んで鼻先を押し付けてきた。


「ギーォオオウ、ゥゴオオウ」

「よしよし、今日はフィカルと一緒に狩りしてきたの? あんまり森は壊しちゃ駄目だよ」


 紅色の鱗が並ぶ背中に付けた鞍には、キノボリウサギの毛皮がぶら下がっている。肉を捌いて売りに出したところで迎えに来てくれたのだろう。毛皮はふわふわとしていて、これから冬にかけての防寒具に最適なのだ。


 しっかりとスパイスを効かせたヨウセイブタの腸詰めは野菜と煮込んで塩コショウをするだけで立派なスープになる。スーのおやつにする前のジャマキノコも少し入れれば栄養満点だ。毎晩必ず暖炉の近くで夕食の食材アピールを続けるジャマキノコだけれど、抱えるくらいの大きさもあるキノコなのですべてを食べることは出来ない。

 しかしダイエットをきっかけに食べるようになったので、傘の部分は柔らかく味も豊かでスープに向いており、柄の部分は歯ごたえがあり炒め物にピッタリということも知ってしまっている。色が毒々しく存在が若干テンションを下げてくる以外では、優秀なキノコだった。


「今日はシシルさんがグラデーションのかかった糸を織ってたんだけど、出来た布がすっごく綺麗だったよ」


 他愛もない世間話をしながら、私はちくちくと長袖の秋冬モノシャツの習作を縫い、フィカルは森で採ってきたらしい木の実を殻から取り出している。2階のヒカリホオズキを1階のダイニングテーブルに下ろしてもらったアネモネちゃんは水に浸かりながら光を眺め、カーテンを閉めた窓からは時折紅い鼻先が飛び込んできていた。


 秋の夜は寒くも暑くもなくてすごしやすい。しばらくゆったりと過ごしてから、1日おまんま拾いで疲れた体をベッドで休ませると夢を見ることもなく熟睡できるのだった。




 オオハタオリソウを摘む作業の時に歌う歌詞は、この花を摘んで布を作ろう、あの人が使う布になればいいな、あの子が摘む草で編んだ布がほしい、思いの詰まった服を作ろう、貰った服でいつまでも過ごそう、という男女の掛け合いがある。ヒトクイザケ造りの時の歌と似たようなものだ。

 対して機織り娘の歌うのは、妖精の機嫌を取るような歌詞が多かった。妖精の素敵な羽の色に染まりますようにとか、この布は妖精が好きな布だから触ってみてとかである。小屋の外では男性が歌ったりしているらしいけれど、機織り機が動いていると正直騒がしいのでほとんど聞こえない。

 機織り娘に決まった少女は、まず掃除や手伝いなどの見習いから入り、糸を紡いだり染めたりという技術を学んで歌も覚える、それらが特に上達したものから機織りが出来るらしい。最も美しく歌の上手い娘が最も機織りが上手くなるといわれていて、大体それが間違っていないというところもなかなか凄い。


 間違いなくプロデビュー出来るレベルであるシシルさんの歌をその足元で聞きながら、私はモップに絡まったおまんまをぱくぱく口を開閉させる守り神様の口に順番に入れていく。オオハタオリソウのおまんまは特に守り神様の好物であるらしく、どういう仕組みなのか私の周囲には丸頭が沢山集まってきて順番に口を開けて待っている。


「ニッニッ!」

「あれ、服におまんま付いてた?」


 くいくいっと引っ張られたのは、機織り部屋の掃除を終えて出来上がった布をまとめ、沢山いるお手伝いさんの後ろで扉をくぐるのを待っていた時だった。

 ミミッ、ニーッ、と鳴いている丸頭が茎を伸ばして私の服にいくつか噛み付いている。床の低いところに座って過ごしているため、スカートの裾についたおまんまを食べるために引っ張られたことは何度かあるけれど、今はパタパタと叩いてみてもおまんまが付いている様子はない。

 とうとう私にもいたずらをすることに決めたのだろうか、とつるんとした頭を撫でて、引っ張られる力に負けないように外に出る。出るのが遅くなったから小屋の前は人混みが少なくなってきていたけれど、フィカルの姿はすぐには現れなかった。

 辺りを見回すと、ギルドの事務所がある方からフィカルが走って来ている。朝に仕事を頼まれていたので、それが少し時間のかかるものだったのかもしれない。


「フィカ――」

「スミレ!」


 やけに厳しい剣幕でフィカルが走ってくるな、と思ったら、足元がふっと暗くなった。

 見下ろすと、真っ暗な穴が私を中心に半径1メートルくらいの大きさに広がっていく。光すら吸い込みそうなその闇を見ているうちに地面の感覚がなくなって、私はその穴に沈むことになった。


「きゃああ! なに、あれ!」

「危ないっ!」

「スミレ、」


 フィカルに振っていた手を伸ばして、柵を飛び越えてきたフィカルの手を掴もうとする。その大きな手が触れる前に、私はすっぽりと闇に飲み込まれてしまった。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)

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