竜の牙7
頭上からガシャンガシャンと音が降ってくる。それと一緒に、キラキラと細かな粒子が差し込む陽で舞っている姿を見せていた。ゆっくりと降り立つそれを私はサッと拭う。
異様な熱気に包まれた機織り小屋の床で、私はこっそりとスカートを扇いで涼を取った。
初日の朝ギリギリまで私をぬいぐるみにして離さなかったフィカルに突き刺さる女性陣の生温い笑いと呆れを浴びるところから、私の大機織りは幕を開けた。
まず小屋をざっと掃除して、それぞれの部屋の準備を整える。それから間もなくして、摘みたてのオオハタオリソウ第一陣が到着し、辺りは戦場と化したのだった。
オオハタオリソウはほぐすために茹で、それに薬品を加えて何やらして繊維の塊になったものを紡ぎ出す。さらに染色のために浸けて茹でて乾かして、それが増えてきたら木を複雑に組み立てた織り機と機織り娘の出番だった。糸をセットしてカタンカタンと動かせば見る見るうちに布が出来上がってくる。ひとつの乱れもない緻密で美しい機織り娘の動きをそのまま織り出しているかのような大機織りの布は不思議な光沢を持っていた。
初日はとりあえず機織り機の部屋の掃除や賄いを給仕する仕事でほとんどが費やされた。慌ただしく動く周囲の動きに負けないように頑張ったけれど、大機織り小屋1年目であることも相まって主力とは程遠い。
2日目からは私の仕事は「守り神さまのおまんま拾い」になった。
守り神は、機織り小屋に住み着き、小屋と機織り娘、機織り機を守護している存在である。
神とか付いているので初めは妖精とかと同じぼんやりした存在かと思っていたけれど、普通に存在した。小屋の扉を入ってすぐに対面するのが守り神様である。
「ナッ! ミャッ!」
「うわっ」
真っ黒な梁が白い漆喰を際立たせている機織り小屋の壁と天井には、青緑色の蔦が張り巡らされていた。葉っぱはなく、漆喰を這うホースほどの太さの蔦のあちこちから更に細い蔦が枝分かれしていて、ひょろりと伸びた先にはテニスボール大に丸く膨らんだ実のようなものが付いている。そのテニスボールにはぱっくりと割れ目が走っていて、それをカプカプと開けたりしながらニョロニョロとあちこちを見ているように動いていた。
小さく軋むような鳴き声を上げながら扉から続々と入ってくる女性をあちこちの丸頭が付いていない目でジロジロと見ては、頭同士でパクパクと突きあったり、顔見知りの機織り娘にミッミッと声を上げて撫でてもらったりしている。
この植物っぽい何かが「守り神様」。
どこらへんが神なのかよくわからない、というのが顔に出ていたのか、一緒にいたシシルさんが教えてくれた。
機織りの技術というのは地方によってそれぞれの特色が出るものらしい。トルテアのものも例外ではなく、そこそこ高く流通している。
或る日その機織りの技術を覗き込もうとしたのか布を盗もうとしたのか、朝早くまだ機織りが始まる前に商人が忍び込もうとしたらしい。するとこの守り神の丸頭が見る見る大きくなり、ただ切れ込みが入っているような口には鋭い牙がずらりと並んで、獣の唸り声のような叫びを上げながら男を噛み千切らんばかりにこぞって襲いかかった。
たまたま早起きして機織り小屋の掃除をしていた幼いシシルさんはそれをしっかり目撃したのだという。
話を聞いて、日本に馴染み深いテレビゲームにそんな敵が出てきたような……と私はうっすら懐かしい記憶に浸った。赤くて白い丸が付いていたら完璧である。
他にも機織りをしていてなんだか守り神様が騒がしく鳴いてるな、と思ったら、外は豪雨が降っていたのに小屋の屋根にはお湿り程度だったとか、機織り娘の病を当てたとか、そういったことが日常茶飯事なので「守り神様」なのだそうだ。
アネモネちゃんを撫でるときのように指一本でそろそろと青緑色の丸頭を撫でてみると、ニッニッと小さい声で鳴きながらつるりとした球体が指に擦り寄ってくる。敵意のない女性に対しては非常に大人しい守り神様である。
「はい、喧嘩しないで食べてねー」
「ミッ!」
「ムィッ! ニーッ!」
「キーィ!!」
そんな守り神様が水気が多いとはいえないこの機織り小屋内部でなぜ何百年と生きているのかというと、食料が「ホコリ」だからである。
糸を紡ぎ、撚り、織るこの部屋では、繊維がどうしても舞ってしまう。それをパクパクと食べているのが守り神様なのだ。
特に魔草から紡ぐ糸には魔力が宿る。その魔力を食べているのではないかと言われている守り神様は、その他には特に何も必要とせずにこれまで小屋を守っているらしい。普通の魔草は水や土、日光や血肉などの餌を必要とするので、その点でも変わっている。
小石や木の欠片などのゴミは食べない。あくまで機織りの過程で出る細かい繊維を食べるのである。そのため機織り小屋ではこのホコリのことを「おまんま」と呼ぶのである。守り神様のご飯なので、塵芥ではない、ということなのだった。
日常的には機織り娘達が朝晩モップで掃いて壁際に寄せるだけで済むのだけれど、大機織り期間は機織り娘は最低限の生活に必要な時間を除いてひたすら布を織る。いつもより沢山機織りをするので、当然おまんまは辺りに舞い積もる。
私はそれを集めては守り神様にあげる仕事を任されたのだった。
元々このおまんま係は子供の仕事である。ちょっとした手伝いの出来る年頃だけれど、オオハタオリソウ摘みに出るにはまだ不安が残るくらいの女の子達は、こぞって床に落ちたおまんまの塊を拾い集めてはパクパク動く口に放り込む。お宝探しゲーム感覚でキャッキャとお手伝いする女の子を尻目に、私は機織り機の下でじっと座っていた。
機織り機には木の足が付いていて、全体的に床よりも少し高い位置にある。機織り娘の座る椅子も少し高めに作られていて、その下が掃除しやすいようになっているのだ。
一際立派な機織り機で黙々と手を動かしているのは、美しさで朝焼けも色褪せると言われるシシルさんだ。たおやかな手付きにも関わらず、機織り機は目にも留まらぬ速さで動いては布を長くしている。
集中力がいる仕事なだけに、小さな子供がうろうろと視界に入ると、やはり気になってしまうものらしい。糸紡ぎの部屋はまだしも、機織り機の近くは少し年上のおまんま係が素早く床を掃き回ることになっている。
機織り娘の邪魔になるにも拘らずおまんま係が歩き回るのは、守り神様がいたずら好きだからである。普段から小屋で過ごしていない女性が丸頭の届く範囲にいると、ニュッとその首を伸ばしてあちこちにカプッと歯のない口で噛み付いたり、服を引っ張ったりと微妙に仕事の邪魔をしてくるのが普通なのだ。
しかし普段から魔草と同じ部屋で眠っているせいなのか、私はその普通から外れているらしい。壁の近くにいても丸頭が寄ってくるものの、特に噛み付いたりはされない。
そうと知れてからは、シシルさんの機織り機の隣でじっと座り、キノボリウサギの毛皮で作った棒状のモップで機織り機周辺を掃いてはおまんまを集めては丸頭を満足させていた。
沢山ある機織り部屋は、大体12畳ほどある大きさのやや長方形な部屋に機織り機が3台か4台並んでいる。大きい織り機を扱うシシルさんがいる部屋には3台で、入り口から1番奥に置いたものを使っているため、機織り機と壁に挟まるような位置に私は座り込んでいる。
機織りの邪魔にならないように片手の長さ程の棒モップを床で動かし、それを片手でしごいてはホコリを壁際に落とす。すると私の肩や頭に乗りかかって勝手に休んでいた守り神様がそれをカプカプと食べ尽くすのだ。
木製の低い小さな椅子を貸してくれたのでそれに座っているけれど、ずっと座っていると流石にお尻が痛くなった。その問題は翌日から私の布団である大きなマシュマロのひとつを座布団として使うことで解決し、私はお尻に負担をかけずにおまんま係を続けることが出来るようになったのである。
近い場所で機織り機がバタバタ動くのを眺めながら1日が過ぎていく。
結構な速さがあるそれは危なそうで、座っている位置から近付きたいとも思わない。これを瞬きせずに見つめる勇気はないので、私は弓の名手にはなれそうにないなー、とぼんやりと考えながらワイパーのようにモップを動かすのだった。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




