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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
陰謀巻き込まれ?編
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竜の牙2

「あ、あそこかぁ」


 山といっても、森の中にこんもりとした場所がある程度の小さな山だった。周囲と同じように木が生い茂ってスーの上から見下ろすとカラフルだけれど、葉っぱの色がややくすんだ色合いが多い気がするので、森に生えている木とは違う種類のものが生えているのかもしれない。

 その山の中腹あたりにちらほらと、ぼんやりと霞んで見える場所がある。日中なのでよくわかりにくいけれど、近付いてみるとそこには明かりがあってそんなふうに見えているのだということがわかった。


 ヒカリホオズキと呼ばれる木は山にしか生えない種類のひとつだ。大きくてしっかりと伸びる枝に、50センチほどの提灯のような実を沢山つける。大きく見える実は皮が膨らんでいるだけで、中にある真ん丸くてつややかな実はちょうど両手の親指と人差し指をくっつけて丸を作ったくらいの大きさだった。

 その実がそこそこ明るい光を放って周囲の白色の皮を透かしているのは、この木も魔草の一種だかららしい。浴びた光を実に溜めておく性質があり、いつでもぼんやりと明るいので旅人が夜に宿と間違えて山に迷い込むことが多い。そのことから、マドイソウという別名もあると教えてもらった。

 光を浴びている時間が長い実は、収穫してからも溜めた分の光を放出することが出来る。1年間木に生って日光を浴びた実であれば、大体4〜5ヶ月くらいは光っている。家の中で使うとそこそこ明るいので、ろうそくやランプノタネを節約したい冬にむけて今頃から収穫が始まるのだった。


 フィカルが手綱を操ると、スーは慣れた様子でヒカリホオズキの木の近くに生えた大きな枯木へと降り立った。地面からやや離れているので卵型の座席でじっとしていると、フィカルが手を入れてきてヒョイと持ち上げられる。抱っこしたまま枝伝いにヒカリホオズキの木まで移ったフィカルは、ことさら丈夫そうな枝に私をそろりと降ろした。それから私の背中に籠を負わせる。


「ありがとう、フィカル」


 こっくりと頷いたフィカルは、心配そうに私を見ながらも身軽に枝を登り、ナイフでヒカリホオズキの実を収穫し始めた。いつ見ても非常に身軽である。

 しっかり太い枝が体に当たらないくらいの間隔で生えているとは言え、丸くてバランスを取りにくい枝の上をあんなに身軽に動ける自信はない。ので、私はまたがって座った枝をずりずりと移動してヒカリホオズキを収穫することにした。

 今座っている2メートルくらいある枝には、実は7個生っていた。1番根本の近い場所にあるものを見下ろして、腰に付けていた小さなナイフでその根本を切ってはそっと籠の中に入れる。


 ヒカリホオズキの実の根本、花のがくがまだ青味を帯びて残っているものは今年生えたものだ。大体夏過ぎくらいに実が成り始めるのでそれは取らない。がくが枯れてしまっていたり、既に落ちてなくなっているものは去年以前のものなので、収穫しては籠に入れていく。中にはがくのある場所に細いリボンや紐を結んであるものがある。それは誰かがキープしているものなので、それも獲ってはいけないことになっていた。

 ヒカリホオズキは1年で大体4〜5ヶ月分の光を貯める。2年で10ヶ月程度、3年半もあれば2年ほど、ずっと光る明かりを手に入れることができるのだ。そのため、長い旅をする冒険者の中には灯りをこれだけで済ませるために、ヒカリホオズキの実を育てているという人もいる。

 ヒカリホオズキの木で印をつけていいのは1人1本につき1つだけという暗黙の了解がある上にトルテアでは長い旅をする冒険者は少ないため印がついているものはそう多くはないけれど、今座っているところから木を眺めると、2つほど色が違うけれど長い紐がぶら下がっているものがあった。


 こんなに便利な灯りなら、どれも長く収穫せずに灯りはこれだけに頼ってしまってもいいのではないかとも思う。座学でヒカリホオズキを教えてくれていたメシルさんにそう訊いてみると、そうやってヒカリホオズキを常用している人もいないことはないらしい。

 けれどヒカリホオズキの実は魔物の目に良く届きずっと持っていると魔獣を呼び寄せやすくなるため、街中では顰蹙を買うのでまずやらないと教えられた。

 そして魔獣を呼びやすいことからも、腕に自信のある冒険者でなければこれをそのまま持って歩くことはしない。大きな皮袋に包んで持ち歩くことも多いし、北西地方であれば夜に魔獣を呼び寄せるなど命の危険を増やすようなもの。火がついているわけではないので毎日の火おこしに使えるわけでもない。だから旅をしている商人や冒険者でも、ランプノタネを愛用する人が多いらしかった。


 確かにランプノタネは火を付けて使う燃料代わりで、日暮れから寝る前までの短い時間だけ使うのであれば1週間ほど保つ。森に狩猟や採集で遠出するときも、火起こしを素早く行うためにランプ兼火種として使うこともある。

 冬に窓を閉ざした家の中で空気を汚さず使うくらいが便利でいい、と教えられて、なるほどと感心したのだ。


 太い枝も先に行けばその分細くなる。動くと微妙に枝が揺れるくらいの場所に留まって手を伸ばせる範囲のものを収穫したけれど、先の2つが微妙に届かない。脇のストレッチになる様態でしばらくプルプルしていると、鋭い牙がそれを咥えてプチッともいだ。

 かぱ、と開けられた口の中で舌がそれを避けている。取り出すと、黄色の瞳を瞬膜でパシパシさせながら、スーが鼻先を近付けてきた。


「スー、ありがとうね。偉いねえ」


 地面に降り立ってなお私の膝に鼻先が届くスーは撫でられて満足気に鼻息を漏らし、もう一つも採ってくれる。美味しくないらしいヒカリホオズキは無事に籠に入ることになった。

 あれ、といえば枝先のを採ってくれるし、それはまだ、と言えば首を傾げて止まるので中々優秀な高枝切り鋏竜なのだった。難点と言えば、収穫したヒカリホオズキが微妙に唾液でねっとりしているので、拭いてから籠に入れる必要があることくらいかもしれない。


 私とスーで合わせて20個ほどヒカリホオズキを収穫し、籠の半分がようやく埋まるかどうかくらいのころ、高い場所から戻ってきたフィカルは既に背中の籠を山盛りにしていた。軽くて転がりやすいので籠の口に布と紐で蓋をしてから、スーの鞍に結んでおく。

 お昼過ぎに私の籠はいっぱいになり、それを区切りに私とフィカルとスーはお昼休憩を取ることにした。


「グェギュ」

「いや、これは私達のごはんだからね。スーはその辺でお肉食べておいで」


 ヨウセイブタハムと卵のサンドイッチは、スーに分けるには小さすぎる。それなのに鼻をギューギュー鳴らしてねだるのは、人の食べているものが美味しく見える現象が竜にもあるからだろうか。


 食べ物の交換を申し出るかのように、ヒカリホオズキの樹上で食事をしている私達にスーはその辺から木の実を持ってきては差し出してくる。固くて食べれない物、大きすぎる物が多くて断ると、スーは自分でそれを飲み込んではまた食べ物を探しに行った。

 その姿が必死で健気だったことと、最終的に美味しい果物を持ってきたこと、そしてスーが食べ物を探しに行くたびにフィカルと一緒に少しずつ上の枝に逃げてみたけれど、背伸びして届かなくなってもスーはトカゲのようにしゅるっと木を登って木の実を咥えた鼻先を差し出してきたのが面白かったこともあって、私は果物と交換でサンドイッチを一切れスーに渡してあげた。人間で言うとイクラ一粒くらいの味わいだと思うけれど、スーが喜んでいるので気にしないことにする。






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