竜の牙0
ぴとん、ぴとん、と何処かで水の滴る音が聞こえてくる。
遠くから重い金属がぶつかる音が近付いてくる。不快な音は細い隧道に反響し、それとともに小さな光がゆらゆらと影を動かしていた。やがて足音は止まり、ほんの僅かな沈黙が私と鎧姿の男の間に流れた。
ガチャガチャと音を立てて錠が外され、よく知らない男が中に入ってくるのはどうしても緊張する。出来るだけ離れた隅っこに立って警戒するけれど、それをどうとも思っていないかのように男は機械的にみすぼらしい食事を乗せたトレーを運び、500ミリリットルのペットボトルくらいの直径のあるろうそくを置いて踵を返した。
再び鍵がかけられて男の姿が見えなくなるやいなや、私は急いでトレーに近付き、新しいろうそくに火を移した。昨日の同じ時間に持ち込まれたろうそくはもう短く、高い場所にある窓からの光はほとんどなくなっている。火が2つになり束の間の明るい時間をムダにしないように、私は急いで食事を始めた。
食パン半斤くらいの大きさをした固くてパサパサしていて酸っぱい黒パンがひとつと、おすましの一種かと思うレベルのぬるいシチューが一杯。水だけはピッチャーでくれるけれど、1日の食事としては非常に寂しすぎる。
それでも空腹の勢いでパンを3分の1、シチューは3分の2ほど食べて溜息を吐いた。
「ごはん食べたのにお腹空いた……」
足りない栄養素があると空腹感が残ると前に教えてもらったことがあるけれど、今足りないものはなんだろう。色々ありそうな気がする。
空腹感もあるだろうけど、ここは微妙に肌寒い。ぺらぺらのシーツをかぶり、固くて古いベッドの上に乗り上げて膝を抱えた。床も壁も石が敷き詰められているせいでゴツゴツしていて寒い。見上げた小さな窓さえも鉄柵がハマっていて、紺色の空が縦長に区切られていた。
「美味しいご飯が食べたい。お肉をいっぱい食べたい。すき焼き食べたい」
心細さと怖さから、ここに入れられてから独り言が増えてしまった。
鎧を着ている男は一人ではないらしく、食事を運んだ際に空いた前のトレーを持って帰る男もいればそうでない男もいる。そのためボロボロのサイドテーブルには食器などが微妙に溜まってしまっていた。
それはいい。殺風景な部屋なので、それくらいならごちゃごちゃしてくれて大丈夫。
大丈夫じゃないのが、私と同じ牢屋に同居している、推定人だった頭蓋骨だ。
「ふわっふわのお布団で寝たい。家に帰りたいよー」
薄汚れた色のそれは、私が涙目になりながら移動させたせいで今は牢屋の鉄柵ギリギリのところで壁を向いているためぱっと見空気が抜けかけた白いボールか何かに見えなくもない。
ベッドの下をなんとなく覗いた時にバッチリ至近距離で目が合った時には本気で叫んだ。いや、もうあちらには目はないんですけど。
「フィーカールーゥウ!!! 助けに来てー!!」
「おい、静かにしてろ!」
「あ、すいません」
牢屋の前の廊下は真っ暗で先が見えないのでわからなかったけれど、声が聞こえる範囲には見張りがいるらしかった。
仕方がないので念入りにストレッチをして眠ることにする。6畳程度の大きさのここでは運動不足必至だし、体を温めておかないと眠れないからだ。
ミシミシいうベッドで体を丸めて目を瞑る。とにかくろうそくだけでは暗い上にやることが寝ることくらいしかないのだ、牢屋というものは。窓から明るい光が少しでも入るまでは寝るに限る。
とはいえ、眠りがすぐ来るような状況ではもちろんない。
大きなため息を吐き出して、なんでこうなったのか、と何度も頭を巡らせた考えと一緒に眠気を待つ。
ことの始まりは、秋の初めの収穫期だった。




