宵祭のあと6 盗み食いのあと
スーは仲間の住む巣から少し離れた、別の人間の巣の上に隠れていた。人間の巣は木ほど隠れるところがない。けれども優秀なスーは、自分の体を上手く巣の上に這わせてその身を隠していた。
スーの仲間はフィカルとスミレという人間だ。大きくて強い方がフィカル、小さくてスーに優しい方がスミレだ。彼らの巣の中はスーには小さいけれど、時々小さな穴から撫でてくれたり、おやつをくれたりする。仲間は他の人間にはそういうことをしていないから、すごいスーのことを特別に思っているのだ。
いつもはスーも巣の入り口で暮らしているけれど、最近は近寄りがたい。フィカルとスミレの獲ってきた餌を食べてしまったからだ。
しかも、駄目だと言われていたやつを。
人間の鳴き声はよくわからないけれど、忠告されているのはわかっていた。
いつもスーが食べてもいいやつは、分けてくれる。
ほしいと言ったら、分けてくれる。スーは愛されているのだ。
美味しい鳥も分けてくれた。
でもそれは美味しすぎたし、大きくて強いスーには少し小さすぎた。
あっという間になくなったから、もっと食べたいと思った。あの美味しい鳥は昔食べたことがあった。すごく寒いところに旅をしていたらいたやつだ。寒くてお腹を空かせていた時に食べたから美味しかったのだと思っていたけれど、寒くなくてお腹も空いてない時に食べたのに美味しかった。食べたらますますお腹が空いたのだ。
ほしいぞ、と言ったら、駄目だと優しい方に言われた。
いつもは優しいのに。スーを撫でるのに。
しかも、駄目だと言って、美味しい鳥は他の人間に上げてしまった。
ひどい。
誰かにやるなら、スーが食べるのに。
ひどいひどいと言っていたら、怒られた。最近よくくれるキノコは美味しいけれど、あの美味しい鳥を思い出して食べるとあんまり美味しくなかった。
森で小さな餌をいくつか狩っても、大きい牛を食べても気がすまない。
空を散歩しているときでも、美味しい鳥が浮かんでくる。
浮かんでくるのに食べられない。
すごいスーをひどい気持ちにさせるなんて。
そのうち、スーは良いことを思いついた。すごいスーだからこそだ。
誰かに上げたんだったら、その誰かから貰ったら良い。
仲間のものじゃないから別にいいだろう。
スーは自分を褒めた。なんて賢いんだろう。きっと仲間もスーのことを誇りに思っているはずだ。こんなに賢いスーが一緒にいるなんて嬉しいに違いない。
思いついて早速探しに行った。
人間の住処の端に置かれていた美味しい鳥は、なんだか変な枠に入っていた。一応夜まで待ってそれを避けて入ると、変わった生き物がいる。
試しに食べてみるとまあまあ美味しかった。たまに仲間がこれの欠片をおやつにくれていた。ちょっと腹が満たされて、ようやく美味しい鳥に取り掛かることにした。
逃げ回るそれを捕まえて噛みしめると、口の中が美味しいで一杯になる。
思わず声を出した。
誤算だったのが、騒がしい小さな生き物が人間を呼んでしまったことである。
スーは強くて立派な竜だから、そのへんの弱い人間など別にどうもない。
でも、今のスーの仲間は人間だ。フィカルとスミレから、人間を脅かしても傷付けてもいけないと厳しく言われている。
優秀なスーはそれを守ってあげることにした。別に蹴られるのが痛いからではなく。
美味しい鳥は2つだけしか食べられなかったけれど、充分に美味しかった。
まだ残っていたやつは、今度食べに行けばいい。
美味しい鳥があそこから逃げられないなら、いつでも食べに行けるのだ。
まだ夜が明けないうちに巣の入り口のいつも寝ているところまで戻ってきたけれど、どうにもそわそわして眠れない。フィカルとスミレが起き出す前に飛び立って、森で過ごすことにした。
朝になってフィカルとスミレの様子を遠くから見てみたけれど、特に変わったところがなくて安心した。美味しい鳥を食べたということがわかってしまったかと思っていたのだ。
いつもと変わらずに巣から出てきて、変な動きをしている。普段ならスーもそれを真似したり、いつの間にか住み着いている小さい草と遊んだりするが、なんだかそんな気持ちになれない。
そわそわした気持ちを森の奥で持て余して、夜になったらまた美味しい鳥を食べに行くことにした。
きっともっと美味しい鳥を食べればこの気持も消えるだろう。
昨日とは少し違う場所に逃げていた鳥を食べていると、フィカルがいた。
別にフィカルに歯向かったわけではないのに、沢山痛めつけられた。
こんなに痛めつけられたのは、フィカルが巣に帰る前以来である。痛いと言っているのに、フィカルはやめてくれない。
もっと痛かったのが、小さいスミレがスーのことを怒ったことだ。
スミレはいつも撫でるはずのスーを撫でずに怒った。ずっと怒った。
竜は餌を誰かに渡すことがないからよくわからなかったけど、美味しい鳥はやっぱり仲間のものだったのだ。
本当は何となく知っていたけど、食べたいから食べてしまった。
それがバレて怒られた。
いつもの小さい鳴き方だけれど、スミレが怒っている。
スーのことを怒っている。すごいスーのことを怒るのだから、よっぽど怒っているのだ。
あの美味しい鳥を誰かから盗まれたら、スーもとても怒るだろう。
だから余計に怖かった。
いつもはいたずらをしてもちょっと怒って終わりなのにずっと怒っているのだから、スーは段々悲しくなった。
このままずっと怒られることになったらどうしよう。
もしかしたら、もしかしたら、もうスーのことを撫でてくれなくなるかもしれない。
おやつもくれない、撫でてくれない、寄りかかってくれない。
そんなのを想像したらとても悲しくなって逃げてしまった。
強いスーが逃げたのはこれが初めてだ。
フィカルみたいに攻撃しないのに、スミレは鱗の下を攻撃した。悲しい。
しばらく悲しかったから森にいたけれど、すぐに仲間に会いたい気持ちになった。仲間がスーを好きなように、スーも仲間のことが大好きなのである。
そばにいたい。撫でてほしい。
でもまた怒られるだろう。あんなに美味しい鳥を独り占めしたのだから。
ちょっとくらい残せばよかった。人間は小さいから、残りをくれたかもしれないのに。
でも美味しい鳥は美味しいから食べてしまった。
もう戻せない。
仲間がスーを呼んでいないかと思っていつも近くにいるけれど、たまたま彼らを見ている時はスーを探してはいないみたいだった。
夜になったら呼ぶかと思ったけど、そのうちに眠ってしまった。
呼ぶ声を聞き逃したかもしれない。
そんなことがないように、スーは森にいかずに近くにいることにした。もっと近くに行きたいけれど、また怒られたら悲しいからスーは少し離れていた。スーは忍耐強いスーなのだ。
待っても待っても、仲間はスーを探しに来ない。
寂しい。
呼んでくれたら、誰よりも速い翼ですぐに行くのに。
呼び声に耳を澄ませていたら、フィカルに見付かった。
フィカルは怒っていなかったけれど、呼んでもくれなかった。冷たいやつ。
スミレが怒っていないなら、呼んでくれるかもしれない。
スーが近くにいると気付いていないのだろうか。
自分でそばに行って怒られたら悲しいので、スーは少しずつ近付くことにした。
気配を消すのは得意だけれど、スミレに気が付いてほしいからあんまり消さないことにした。
でもスミレは全然気付かないのだ。
おおい、とスーは呼びたい気持ちになっているのに、スミレはそうしてくれない。
また森の木をかじってモヤモヤしていると、いい匂いがした。
美味しい匂いと、フィカルと、スミレの匂いがする。
2人がよく行く縄張りのところで、沢山の人間が美味しいものを持っていた。
フィカルとスミレが色々な美味しいもののところに行っている。
スーはピンときた。
これはスーのための美味しいものなのではないか。
スーがいなくて寂しいから、スーのために用意したのかもしれない。
スーがフィカルとスミレに近付くことが怖かったように、あっちもそう思ってたのかもしれない。
なんだ、そうならすぐ行けばよかった。スーは反省した。
人間は火の中によく餌を入れてから食べる。
真似したら味が変わって美味しいので、スーもその食べ方は嫌いじゃなかった。
沢山のものが火に入れられて、すごく美味しい匂いが広がっていた。
近くにフィカルとスミレがいるのに、来てくれない。
スーから行くのはなんだか嫌だった。来てほしかった。
だからスーは火の近くでじっと待っていた。
優しく呼んでくれるのを。
食べていいよって言ってくれるのを。
じっとじっと待っていて、仲間はようやくスーに近付いてきた。
人間は動くのが遅いけれど、それを待つのは美味しい鳥を食べたときより嬉しかった。
ご指摘頂いた誤字を修正しました。(2017/04/04)




