宵祭のあと5
キタオオガチョウが食べられなかったのは惜しいことだけど、それほどスーに怒っているわけではない。
元々タダで貰ったものだし他の食材は無事だ。こうして宴会を開いて美味しいものをたくさん食べられているし、宵祭の間はスーも中々の活躍をしてくれたと思う。
何より、スーの破天荒っぷりは今に始まったことではない。庭先を居心地の良い空間へとビフォーアフターしようとして大きい岩や枝を集めようとしたり、イタズラで森に巨大な穴蔵を掘ったり、夜中に叫び声と炎の眩しさで起こされたと思ったら寝言だったり……考えてみると、中々手に余る生態である。マンションでは絶対に飼えない竜だ。
他所様に迷惑をかけたこともあって叱ったけれど、何日も怒るほどのものではない。どちらかというと、スーが怒られることをした! とわかっていて落ち込んでいる感じだった。
炎の向こうで私とフィカルが歩いてきているのに気が付いて、ピンと細長くなって翼もキュッと縮めたスーは、人間の歩幅の小ささにもじもじと巨体をくねらせながらその場で待っている。いつもは待ちきれないとばかりに大きく発達した足でビョンッと近付いてくるので、お互いに何か違和感を覚える。
翼をバサバサと動かしたり、小さい手をモジモジしたり、無駄に地面を踏み鳴らすかのようにぐるぐると回っていたスーに近付くと、紅色のその巨体を低くしてまるっと出来るだけコンパクトに縮まって停止した。瞬膜ではなく上下の瞼を使って目を細め、おそるおそる……という感じにそろそろと少し長い鼻先をこちらに近付けてくる。低く下げた頭は立っている私とフィカルの膝くらいの高さで接近してきた。
それを鱗に逆らわないように撫でて、しゃがんで大きな瞳と目を合わせる。
「もう怒ってないよ。でももうしちゃ駄目だからね」
黄色の瞳の中で一本の線のように細くなっていた瞳孔が。じわーっと太くなって真ん丸になる。金環日食のようになった瞳でスーはグジュッギュギュ〜……と喉を鳴らした。
仲直りね、と先程貰ったオオガモのローストを鼻先に出すと素早く身を起こしてフガフガと嗅ぎ、涎を滲ませながらも私とフィカルに交互に顔を近付ける。
「食べていいよー」
迷う素振りを見せていたスーにフィカルがオオガモを包んでいる葉っぱごと放り投げると、素早く鋭い牙がそれを捉え、味わっているのかわからない速さでぺろりと飲み込んだ。それから嬉しそうに身を躍らせながら更に至近距離に近付いてきて、ぐりぐりと大きい頭を押し付けてくる。
ギューギューと大きな音を出す喉の下でそっとハグをすればもうスーはいつものスーへと戻っていた。ぐぐぐ、と私を抱えたフィカルに顎先を押し上げられてもめげない通常運転である。
それからスーはテーブルなどで狭くなっている広場で器用に鱗を光らせながら私とフィカルにぴったりとくっついて行動し始めた。尻尾ですら木を砕くほどの力は人が多い場所の隙間に身を沈める時にも役立つようだった。
同じヨウセイブタを食べ、よく焼けてホクホクと真っ白なカワノヌシウオの身を齧り、口休めに生えてきたジャマキノコを飲み込み、シチューは大きな桶に貰ってガフガフと飲んでいる。私達が食べようとするものにはすべて鼻先を近付けてくるのは、流石にやめて欲しい。適度な距離感というのを忘れてしまっているようだ。
解体したヨウセイブタの骨の部分をデザートにボリボリ齧りながら、スーはようやく満足して広場の端で私とフィカルのソファになり丸く伏せた。機嫌良さげにゆったりと地面を左右している尻尾を子供達がジャンプして遊んでいる。
高級食材をこれでもかと食べた私とフィカルも、もちもちとした甘い蒸しパンのようなもので食事を締めくくっていた。
夕方になっても広場中央の焚き火はまだ燃え盛っていて、時折星のかけらが吹き出しているかのようなキラキラした光が辺りに舞っている。
先程長丁場の魔術実験を終えたコントスさんとその弟子がフラフラと美味しい匂いに誘われてやってきて、加工食品に保存魔術を掛けるのと交換に食事の提供を受けていた。それから焚き火に魔術をかけてくれたのだ。
宵祭の見どころは日中の演舞と、日没時の魔術だ。トルテアとカルカチアの魔術師が力を合わせ、暮れゆく太陽と交代するように魔術の光で辺りを彩るらしい。カラフルな丸い光があちこちを照らす中で、一年で一番短い夜を楽しむのだそうだ。
早々に宿屋へと帰り、汗を流してまったりと過ごして早寝した私とフィカルはもちろんその場面を見ることができなかった。そのためコントスさんが祭りの様子をちょっとだけ再現してくれたのである。
焚き火から飛び出た光はぽわぽわとしばらく辺りを漂い、やがて消えていく姿は幻想的だった。
お腹はいっぱいだし、日が傾いて暑さも和らいでいるし、座っているスーの背中は穏やかに上下しているしで、ぼんやりと広場を眺めていると段々と眠気が襲ってくる。顎も地面に乗せたスーも目を閉じて穏やかな呼吸を繰り返していた。ベニヒリュウは樹上で眠る習性だと図鑑には書いてあったけれど、スーは気にしないらしい。止まってしまった尻尾に子供達は他の遊びを探しに去っていき、まだ宴会を続けている人々には笑いがさざめいている。
平和な空気についコクッと船を漕いでしまうと、隣りに座っていたフィカルにそっと腕を引かれた。力が抜けている上半身はそのまま引っ張られて頭がフィカルに凭れ掛かる。背中に回された腕に体を預けると、瞼が本格的に重くなってきた。
私と反対側のフィカルの手元には剣が置かれている。家の中でも持ち歩くようになったそれに、私も何となく緊張感を抱いていたけれど、フィカルは相変わらず無表情で変わりはない。宵祭で襲ってきた犯人が見つかったという知らせはまだ来ないけれど、トルテアには結界が張られているし、フィカルもスーもそばに居てくれる。
美味しいものもたくさん食べられて、皆が笑っていてここは不安の入る隙間もないほど平和そのものだった。その平和がぽわぽわと体の中を占領しているので、考えるとモヤモヤしてしまうものたちは今だけは頭に入ってこれないらしい。
頭にぐりぐりと擦り寄る感触を感じながら、私は目を開ける努力を諦めて夏の宵にふわふわと漂った。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/04/03、12/15)




