宵祭のあと4
食材の準備が整って、いよいよ宴会が始まることになった。主催というかお肉提供者として音頭を取るようにと言われたけれど、そんな経験はまったくないしフィカルは無言だしで、ガーティスさんがガハハと笑って代わってくれた。クマと人間のハイブリッドのような見た目をしているけれど、ガーティスさんはギルド長としてまとめ役には慣れているらしい。
「固っ苦しい挨拶は抜きだ! スミレとフィカルに感謝して肉を食え!!」
そんな挨拶でよかったのか。私がそうびっくりしている間にもウオーと野太いレスポンスが返ってきて、ジュウジュウとお肉が焼かれ始める。様々な種類のお肉と野菜が鉄板に敷き詰められたかと思うとあっという間になくなっていく様は圧巻だった。
もうちょっと焼いたほうが良いかな……と思っている間にお肉が消えていくのでお皿とフォークを持ったままオタオタしていると、フィカルにそのまま両手でヒョイと持ち上げられて、足をプラプラさせて移動させられた。
今までいたところはおじさん冒険者が多い鉄板だったらしく、奥様方と子供冒険者のエリアへと運ばれたらしい。今度は鉄板に手を伸ばす前にお皿の上に焼きあがったものがどんどん積まれていく。隣にいるフィカルのお皿も同様だ。子供と同列らしかった。
てかてかと美味しそうに光っているお肉達。
最初はヨウセイブタだった。焼肉に行った時に豚トロとか呼ばれていた部分だと思う。噛むと弾力がありつつもぱりっと噛み切れて、ぎゅむっと噛み締めるとお肉の旨味がじゅわんと広がる。塩とハーブだけの味付けだけれど充分だった。脂身や糖分はストレス解消になると理科の先生が言っていたけれど、確かに恍惚となる美味しさである。
モグリジカはヨウセイブタよりは赤身が多く噛みごたえがあるけれど、濃厚なお肉の美味しさとスパイスが効いたタレがすごく合っていた。パリパリのサラダと一緒に食べるとさっぱりしていくらでも食べられる。
冷めないうちに頑張って食べているとお皿がきれいになる前に新しいお肉が追加されてしまう。そんな幸せな地獄に陥っていると、いつもの仲良し3人組が近付いてきた。
「おー! スミレ! よくやったな!!」
「スミレちゃん、お肉ありがとぉ〜」
「……宵祭、見たよ」
「マルス、リリアナ、レオナルド、久しぶり〜。皆も宵祭に行ったんだね」
頬を赤くしてハグハグとお肉を食べながらも、3人は口々に話し掛けてくる。急いで食べすぎて喉を詰まらせないか心配だ。そんな懸念は奥様方にとっては日常茶飯事らしく、近くにお水の入ったピッチャーとナフキンがいくつも置いてあった。
「ルドのやつとは違ってたなー!」
「最後スーちゃんに乗っていくの、ステキだった〜!」
「ピカッてして、すぐ父さんが本部に行っちゃったから……何かあったの?」
「そうそう、冒険者が多かったよな〜。仕事ならオレもやりたかった!」
宵祭でのあれこれはおおっぴらにはされてはいないけれど、レオナルドの両親は腕の立つ冒険者でもあることから、色々と察するところがあったらしい。マルスもただ遊んでいるように見えて人の顔を覚えるのは得意だし、子供とは言えあなどれないものだ。
「あ〜ほら、例の不審者が出ないか警備を強化していたんじゃないかな?」
「うっそくせー! なんか知ってんだろ!」
「マルスだめだよ〜そういうときはそうですかっていって、こっそり調べなきゃ」
「酔っ払ったおじさんたちの方が喋りやすそう……」
「えっちょっと待っ……探偵も程々にね〜」
刺激に飢えている子供達は聞き出せそうな相手を物色しにおじさん冒険者の集まりへと走っていってしまった。あっちはお肉が食べられないぞ……
「スミレちゃんごめんなさいねぇ〜あのバカ息子騒がしくって……」
「あ、マルスのお母さん」
マルスと同じ赤毛のピョンピョン髪をショートにしているナシルさんは、ガーティスさんの奥さんであるメシルさんと従姉妹同士らしい。スタイルが良くハキハキしたナシルさんとは、牛乳配達で度々顔を合わせる仲である他、街でいたずらを仕掛けたマルスを叱っている姿をよく目撃する。
「ようやくギルドに入って夕食の材料くらい持ってくるようになったけど、まーだまだ子供だわ」
「でもいつも元気なので見てて楽しいですよ」
「そう言ってくれると助かるんだけどさぁ……あ、うちのチーズもあるから食べて食べて! ほらフィカルも!」
じゅわっと熱でとろけたチーズが載った硬いパンを2切れずつ貰い、私とフィカルはまた美味しさに身を震わせた。少し塩っ気の強いチーズと酸味のある黒いパンの相性がこれほど良かったとは。パンにはいつもバターを塗っていたけれど、今朝食のレパートリーが増えた。
牛乳で煮込まれているシチューも絶対美味しい。入れたお肉が食べごろになったら呼んでもらうように頼むのを忘れない。
「オオガモ焼けたわよ〜。ほらっフィカルにスミレ! アンタ達の肉なんだから美味しいとこ持って行きな!」
タレに入っていたハチミツで皮が光っているオオガモの脚は、そこだけ見ているとまさにクリスマス。オオガモというだけあって、脚の一本だけでも取り皿からはみ出すほど大きい。脚丸ごとをお皿に載せられると、切り口から肉汁が滴っていた。フィカルがさっそくかぶりついて無表情ながら美味しそうな顔をしている。
「あの、もう一本貰ってもいいですか?」
「もちろん! 丸々持っていっても良いわよ!」
細々と料理を鉄板にくべながら自分たちもちゃっかり食べているという器用な奥様たちによって、オオガモの丸焼きをひとつゲットすることが出来た。中型犬サイズのキタオオガチョウよりもやや小さいもののもちろんお皿には載らないので、大きな薄ピンクの葉っぱに包んで持たされる。森に生えている背の高い木に生えるこの葉は噛むとやや酸っぱさのある葉っぱで、森で蒸し焼きを作るときなどによく使われている可食性の植物だ。
葉っぱ越しにもほかほかと温かいそれをフィカルに持ってもらって、私とフィカルは焚き火の方へと向かうことにした。




