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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
陰謀巻き込まれ?編
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宵祭のあと2

 保存食用のブタを加工していくのと並行して、宴会という名のバーベキューで使うためのヨウセイブタ達も次々に食べやすいサイズへと変化していく頃には、私はやんわりと戦力外通告され、ギルドの正面広場まで戻ることにした。

 中央に焚き火が組まれ、更に幾つかに分けて炭火用のバーベキュー台が作られていた。その周囲には木板と樽で作られた簡易のテーブルが並び、奥様方が料理の下準備をしている。野菜を切ったり調味料を混ぜたりという作業なので、私も安心して手伝いに加わることが出来た。

 フィカルは力仕事のほうが良いのではないかと思って火おこし組の手伝いを提案してみるが、首を横に振って葉物野菜をちぎっている私の隣で硬い香辛料の実をゴリゴリと擂り潰していた。

 パリパリという食感そのまんまの名前の野菜をちぎりながら、時々フィカルのすり鉢に雪の結晶に似ている木の実を入れていく。擂り潰すと食欲をそそるスパイスの香りが広がって空腹を刺激してきた。


「いい匂い〜」

「ギュグゥ」


 どこからか同意の返事が返ってきたけれど、フィカルは気にしていないようだ。


 この世界では、生野菜をそのままサラダにするということは少ない。野菜は茹でるか蒸すか炒めるか煮込むかしてから食べるらしいけれど、この間パリパリを恐る恐る生で食べてみたら別にお腹を壊したりはしなかったので、うちではたまにサラダを作っている。

 ということを前に市場の八百屋さんで話したら、「生は体を冷やすんだよ」と眉を顰められたものの、今が夏ということもあって私の適当ドレッシングのレシピとともにちょっとしたサラダブームが起きたらしい。ほんの少しだけ自慢げに思ったけれど、ほとんど料理とはいえないものだなぁと思うと微妙な気持ちである。


 奥様方が持参した料理は既に家で作ってきたものもあれば、材料だけ持ってきてここで作っているものもある。煮込み料理などは既に出来上がっていたりして、味見をさせてもらったらそれぞれ味付けが変わっていて新鮮だった。

 トルテアの森に近い場所には酒場兼食堂がひとつだけあって、私とフィカルの外食といえば大体そこが多い。その味とカルカチアの酒場や宿屋での食事は、それほど味付けが違うというわけではなかった。万人受けする美味しさを追求するとそうなるのかもしれない。

 しかし家庭料理はスパイスの使い方などで同じ料理なのにぜんぜん違う味付けになっていることもあるらしい。


「色々試してみたらいいのよ。自分たちで食べるんだから好きに味付けしたらいいんだし」


 メシルさんや市場で教えてもらったレシピを忠実に守っていた私は衝撃を受けた。確かにその通りだけれど、自分でアレンジをするという考えがなかった。出来上がった料理に薬味として味に変化を加えることはしていても、そもそものレシピに自分で手を加えることはしたことがない。

 料理を完成させるということをゴールとして考えていたけれど、さらに味付けを工夫するという段階が待ち受けているとは。

 楽しそうだけれど面倒そうでもある作業だ。現段階でもたまに面倒くさくて料理したくない日とかあるので、嫌にならないようたまにチャレンジしようと決意した。レシピを見て分量通りに作るというのは簡単な方だったのだな。


「フィカル、好きな味付けとかってある?」


 フィカルは僅かに首を傾げたあと、すり鉢の周囲に置かれていたスパイスのうち山椒に似た味のするトリザケという実をつまみ上げた。小粒のぶどうのような生り方をする実で、木の実を食べると猛禽類の鳥は酔っ払ったようにフラフラしてしまうので、狩猟に使ったりするらしい。乾燥して固くなったものを擂り潰して使う。和風っぽい味付けに必要な調味料リストに入っているものなので、家でも常備しているしよく使っているスパイスだった。


 フィカルは文句も褒め言葉も言わない上に、基本どんな味のものでも食べ物なら口に運ぶ。なので好みがあることに密かに驚いたり、度々料理として出していたのでホッとしたりした。

 ムカの唐辛子漬けを味見した時は流石に咳き込んでいたけれど、悶絶していた私と比べるとそれほど苦しそうでもなかったし味に疎いのかと思っていた。好みがあって重畳である。


 奥様方は手も忙しなく動いているが口も忙しなくて、夜明けの雀のように話が途切れることがない。テーブルごとにわいわいと盛り上がっているので賑やかだった。私にはよくわからない話やご近所事情などもあるので基本的に黙っているが、気を遣って話を振ってくれることもある。その勢いについていけなくても気にせず誰かが口を挟んで笑って続いていくので、私とフィカルはそのめまぐるしい話題を聞きながらもくもくと作業をしていた。ここでもやっぱり長年の主婦に比べると進行速度が遅いけれど、もう開き直っている。


 広場の中央の方でも、別の賑やかさがあった。

 大体の準備を終えた男性陣が既に酒を開け始めているのである。アテは干し肉や採ってきた野草を炙ったものらしい。ネギとかノビルに似た植物は、そのまま塩味の強い何かのペーストを付けてかじっている。中にはテーブルから出来た料理を失敬しようとして、奥さんに豪快に尻を叩かれている人もいた。


 バーベキュー台は立って焼く高さだけれど、焚き火の周囲では丸太を短く切ったものや、ゴザなどを敷いて自由に座って楽しめるようになっている。元々冒険者の男というのはどんな環境でも気にしないという人間が多いので、そのまま地面に座っている人もいた。早くも宴会場と化している焚き火回りで、一際大きい図体が火の向こうに見える。というか、火より大きいので隠れていない。


 炎でぴかぴかといつも以上に鱗を輝かせておつまみを分けてもらいながら、チラチラとこちらを窺っている黄色い目はフィカルや私が動く度に素早く瞬膜を動かしている。翼や尻尾は落ち着かなさげに止まることはなく、鼻息もいつもより荒い。

 それでもスーが私達に近寄ってこないのは、とある失態から怒られたからである。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)

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