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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
陰謀巻き込まれ?編
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宵祭のあと1

 炭火で熱された鉄板の上にお肉を置くと、じゅわっと美味しそうな音とともに香ばしい匂いが辺りに充満する。美しくサシの入ったお肉はミナミオオガモ、モグリジカ、そしてヨウセイブタと名だたる高級肉が揃っている。他にもカワノヌシウオやハガクレウオ、オコリガイ、サカサガニといった魚介類も用意されていて、即席のバーベキュー場になったギルド前広場には飢えた冒険者達がひしめいていた。




 一応無事に宵祭を終えることが出来た私とフィカルには、前々から約束していた通りに供物として捧げられた食べ物が沢山プレゼントされた。そのため既に保存加工されているもの、木の実などの日持ちをするものはおいおい食べていくとして、ナマモノの消費が目下の課題になったのである。

 特に肉類はほとんどが生きたまま捧げられているので、早く食べなければエサ代がかかるし遠方の生き物は環境が合わずに弱っていってしまいかねない。とりあえず地元である東南地方で育てられた家畜類はトルテアの北で牧場をしている人に預かってもらうことになったけれど、それでも食べるべきお肉が沢山だった。贅沢な悩みである。


 食べてみたい高級肉でも全部は食べきれないかも、という悩みをトルテア冒険者ギルドの肝っ玉母さんであるメシルさんに相談したところ、打ち上げも兼ねて宴会を開いたらどうか、という話になった。その話はあっという間に広がって、トルテアで暇している冒険者達やその奥さんが続々と参加表明をしてくれた。

 5日ほど前に星ランク昇格のために旅立つルドさんの壮行会を称して宴を開いたところなのに、お祭り騒ぎが好きな人々である。


 この世界で宴会というと、酒場で飲むというよりは晴れた夜に焚き火を囲む方がメジャーらしい。そのためそれぞれが料理を持ち寄ったり、設営をしたり薪を運んだりと何かしらの手伝いをすることになる。

 今回は猟のベテランであるおじさん達が肉を捌き、女性陣がそれを料理してくれることになった。他の参加者は子供なら薪を拾ったり炭を調達したり、大人であれば酒を調達している。


 またそれとは別に加工肉を作ってくれる人達もいた。

 ヨウセイブタは3頭ももらったので宴会に2頭使っても充分なため、1頭は塩漬けやソーセージ、ベーコンといった燻製、レバーペーストなどにしてくれるらしい。



 生きているヨウセイブタは、生まれたての子豚がそのまま大きくなったように、ほんわかとしたピンクで脚先にいくに連れて色が濃くなっていた。薄っすらと生えている産毛も柔らかく、くりくりっとした茶色の目が可愛い。おとなしい性格で柔らかい草ときれいな水を食べ、泳ぐのが好きなのが特徴のようだった。


 受け渡された日、一昔前に流行った映画の主人公ブタのような愛らしさで「プギィ?」と鳴かれたら、それはもうよしよししたくなってしまった。嬉しそうに撫でられているヨウセイブタを眺めていると、トルテアギルドの冒険者であるナーギッタさんが首を振りながら制してきた。


「お嬢ちゃん、よしな。コイツは情が湧くといつまでも食えなくなっちまう」


 山の男然として顔の下半分を髭で覆ったおじさんであるナーギッタさんは、今までにもヨウセイブタを何度かさばくという仕事をしたことがあるらしかった。稀少なブタで、しかも貴族からの需要も高いヨウセイブタなのにどうしてそういう仕事がギルドへ求められることがあるかというと、ひとえにヨウセイブタの愛らしさにあるらしい。


「コイツは不思議な魅力を持ってるブタでな、1日世話しただけでも情が移って屠殺出来ねえってことも珍しくない。大の男でもそうなるし、食い道楽のお貴族様が食材の視察としてヨウセイブタを世話して、それから一切食べられなくなったって話もちらほらある」

「ええええ」

「だからヨウセイブタを捌くには情を移さないコツがいるんだ。捌く日までの飼い方もその辺のブタとは全く違う。早めに食っちまったほうが良い」

「なるほど……扱いづらいブタなんですね……」


 あんまり可愛いので1匹くらいなら冬の保存食作りまででも飼えないかなぁと思っていたけれど、それも強固に反対された。日に日に愛情が積もって、さらに環境の変化で弱りやすいということもあり、どんどん飼育にお金をつぎ込んでしまうらしい。そういう事情もあってヨウセイブタは養豚しづらく希少になっているということだった。

 お肉も生態も魔性のブタである。




 宴会の前に準備をする段階で、ヨウセイブタの屠殺係のナーギッタさんやガーティスさん達はゴツくて強いおじさんであるにもかかわらず、その目には薄っすらと涙が浮いていた。宴会ではぜひ美味しい部分を食べて気持ちを持ち直して欲しい。


 加工食品作りは、見ているだけでも非常に興味深い作業の連続だった。ギルドの隣の作業場で行われたそれは、生きているブタがみるみる食肉に変わっていくある意味ショッキングな風景ではあったけれど、まず塩漬けや燻製のために大きな塊をテキパキと切り出して、ウインナーのために様々な部分の肉や軟骨を混ぜ、骨の近くに残ったお肉はそのまま湯がいて柔らかくしてから外し、そこに血抜きで出てきた血やスパイスを混ぜたウインナーをさらに作っていく。豚の皮も剃ったり炙ったり茹でたりして毛をなくし、刻んで加工に回されていく。湯がいて浮いた脂もラードとして瓶詰めするなど、無駄になる部分がほとんど出なかったのが驚きだった。

 どこかでブタは鳴き声以外食べると聞いたけれど、まさにそんな感じである。


 せめて手伝いを、と思って参加してみるけれど、保存食は手早く加工していくことが重要らしく、捌いているおじさん勢にも調理しているおばさん勢にもついていけない。お肉を刻む係では周囲が私の5倍くらいのスピードで包丁を動かしていて、混ぜものを作る係では私より速くてしっかりと混ぜている物が次々出来上がっていく。腸詰めはコツがいるからとスラスラ消化器を洗っている人から手伝いを断られた。たらい回しにされて、私が落ち着いたのは火の番と味見役である。


 大鍋の沸騰具合を見ながら、私はお母さんの料理を思い出していた。結婚する前に働いていた会社にパートとして戻ったお母さんは、残業があった日は急いで帰ってきて、冷蔵庫の中のものであっという間に食事を作ってくれていた。その嵐のような手の動きと出来上がった料理の美味しさは驚くべきものだった。お米を炊いたり野菜を切ったりという手伝いはしていたけれど、私がピーラーでジャガイモを剥き終わるまでにお母さんは人参、ゴボウを剥いてほうれん草はおひたしに、お肉も切って味噌汁を仕上げていた。

 「慣れよ慣れ」と笑っていたけれど、ここに来てから大体毎日料理している私は自分の調理速度が上がったとは全然思えない。あっという間に様々な加工肉を作っていくおばさんたちは、そういった年季の入った速さを持っていた。


 急にずいっと、口元に指を突き付けられる。びっくりして後退すると、フィカルが首を傾げていた。その指には少しのミンチ肉が付いていて、反対の手に持った大きなボウルには沢山のミンチ肉が入っている。

 その背後からおばさん方の笑い声が聞こえてきた。


「スミレ、味見だよ。うちの作り方でスパイス入れたけど、それでいいかみておくれ」

「え、あはい」


 ブタは生肉は危ないんじゃないのか。新鮮だから大丈夫なのか、ちょっとだから大丈夫なのか。そしてスプーンとして自分の指を差し出しているフィカルは、何か思うことはないのかい。

 口を開けると遠慮なく入ってきたフィカルの指からそっとウインナーになる前のお肉を食べると、ユッケのような味と塩、色々なハーブやスパイスの香りがした。ちょっと不安だったけど想像以上に美味しい。これハンバーグにしちゃっても良いんじゃないのか。


「美味しいです。辛さを入れたものも作って欲しいんですけど、出来ますか?」

「もちろん出来るよ。なんだい、スミレの家のソーセージは辛いのかい?」

「いえ家では作ったことないですけど、ピリ辛のやつ割と好きだったので」


 宴会を前にわいわいと加工肉の準備は進んでいく。

 ちなみに作業台の上や私の足元に生えては無言のアピールをしていたジャマキノコは速やかにバーベキュー用に回されていた。キノコは日持ちしづらいから仕方がないよね。






ご指摘頂き誤字を修正しました。(2017/03/30)

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