宵祭16
カルカチアの中央広場のさらにど真ん中に位置する正方形の舞台、その目隠しとして張られていた幌も取り払われて、カルカチア・トルテア両方が持つ星石の欠片とたくさんの供物が載った祭壇があらわになる。
一段高い舞台から降りて周囲を見渡すと、既に人はひしめくようにして舞台を取り囲んでいた。舞台の近くの人は座って見上げているため、より多くの人が見える。
「あー緊張してきた……」
「頼りないわね! 観客の視線を意識するんじゃなくて、演舞に集中しなさいよ。星石への奉納なんだから」
「そうですよね。踊りのことだけ考えようとは思ってるんですけど、結構お客さんが近いし多くて」
「しっかりしなさい。あの供物を貪欲に持って帰るんじゃないの?」
「そうでした! テューサさんも良い旦那さんゲットを目指して頑張りましょうね!」
「うるさいわよ!」
変な汗をかき始めていたものの、テューサさんなりの励ましに私は少し落ち着きを取り戻した。色々大変な目に遭ったのにこうして気遣いも出来るだなんて、やっぱり実は良い人だな。婚活モードに入ると形相が恐ろしいけれど。
やがて再び鐘が鳴り、テューサさんと私、そしてフィカルはしずしずと舞台へ上がる。初めに3人で星石への挨拶として祈りを捧げ、それからフィカルはそのまま祭壇の前で聖トトゥの枝を捧げ始める。テューサさんは舞台のやや中央で祭壇へ向かって祝詞を上げ始めた。私はその右後方で大人しく立っている。
ざわざわと多くの人の視線が舞台へと集中していて、私はスズノミを鳴らさないように注意しながら右手を握った。跡も何も残っていないが魔術の陣が染み込んだそこは、今は手首から中指へ伸びる三角の布と、それに沢山付けられたスズノミで更に隠されている。
視線だけで見渡すと、コントスさんは見つけられなかったものの、人混みの間にはトルテアの冒険者や、カルカチアの魔術師がこちらを見守っていた。
それだけでも充分心強い。終わりに近付いた祝詞に私は雑念を払い、次に始まる演舞へと意識を集中させた。
トルテアに伝わる昔話に沿って、舞台は青年が魔獣に取り囲まれる場面から始まる。飛び交う魔獣の息もつかせぬ攻撃とそれを軽々と交わすフィカルの動きに、観衆が息を詰めたり声を上げたりと見入っているようだった。
晴天に衣装の青が映え、太陽を浴びて銀糸がきらめく。長いマントは絡まることも引き摺られることもなく、それも踊りの一部だというように軽やかに舞っていた。リハーサルを散々見た私でもその美しさと動きのかっこよさに溜息を吐いてしまう。
やがてフィカルの動きが遅くなり、魔獣がフィカルを取り囲む。私は大きく息を吸って勢い良く舞台上へと登った。
初めは戸惑った周囲の気配も、動きをひとつひとつ追うごとに気にならなくなっていく。しゃん、さらさら、とスズノミを鳴らし、息を止めないように動きを止めないように、それでいてふわっと妖精と戯れているような動きを表現する。
踵で床を打ってスズノミを鳴らし、手首を震わせてスズノミを鳴らす。段々とその音が激しくなっていき、私は弾みを付けてフィカル目掛けて走り出した。剣を舞台に突き立てたフィカルが組んだ両手に足を掛けて、ぐんと空へ身を投げ出す。
自分の体をぐっと丸めたら、後はフィカルに任せればいい。
ぐるぐると遠心力を感じ、それから全身にかかる衝撃に耐える。そこから目を開けてフィカルが私を降ろすのを待っていると、ぐ、と急に視点が動いた。身近で金属を打ち鳴らす音が聞こえる。
「えっ」
フィカルが私を抱き上げたまま次の動きである魔獣との打ち合いに移っていて、私は小さく驚きの声を上げた。私を抱えるフィカルの左腕は痛みを感じるほど力が入っている。抱き上げられている私はフィカルの肩越しに背後を見るような視界になっているけれど、魔獣が近付く度に剣を交わらせた時のような高い音が響いていた。
魔獣役は動物の骨を使った牙や爪で襲うため、もっと軽くて弱い音がするはずだ。首だけで振り返ってみると、私を降ろしてから剣を抜くはずのフィカルが既に剣を持っている。距離を取って周囲を囲む魔獣の中で、フィカルへと近付いては離れる魔獣は、よく見ると手に爪ではなく小さなナイフを握っていた。
何よりも、素早く変わる視点で気付くのに遅れたけれど、周囲で動かない魔獣の影は6人分ある。魔獣役は6人。
では、このフィカルへと挑んできているこの魔獣の中は誰なのだろう?
クマに似た魔獣を模した頭を被っているその素顔は、動いている視界では全くわからない。けれども鋭い動きでナイフを突き出しているその動きは、周囲に手を出させずフィカルに匹敵するほど素早い。ぞっと背筋を駆け上がるものがあって、私はますます動きを固めた。
フィカルに抱きついている腕は力を入れても緩めても動きの邪魔になるような気がして、何か言葉を発すればそれがフィカルの集中を乱してしまうような気がして、身動ぎすれば相手が私を見るような気がして、呼吸すら戸惑ってしまう。
この状況がどうにかなるように祈りながら固まっている私の手足は、フィカルの動きに沿ってさらさらと音を立てていた。そのスズノミの音に閉じていた目を開いて、私はフィカルの肩越しに背中に回していた自分の右手の甲を見た。
スズノミに覆われているそれに力があるのなら、今すぐ何とかして欲しい。フィカルを助けるように、この相手を遠ざけるように。
フィカルの背中に当てた右手に力を込めて、ありったけの気持ちでそう願った。
すると、右手にカイロでも当てているかのようにじんわりと熱が広がり、パリパリと静電気が激しくなったような音が辺りに響く。首を捻ってフィカルの正面を見ると、ナイフを突き出したその手がパシッと何かに弾かれるように押し戻された。
すかさずフィカルが剣を突き出し魔獣の毛皮の真ん中を貫く。
すごく眩しいフラッシュのような光が爆発的に広がって、フィカルが大きく後退った。
私は目が眩んだままその動きを感じて、それからしばらくして周囲の大きな歓声にようやく目を開いた。まだ光のチカチカが残っているような視界を探ると、舞台の中央に魔獣の衣装だけがくしゃくしゃになって落ちている。その中央には穴が空いていたが、そこにもフィカルの剣にも血のようなものは全く付いていない。
この一連の騒ぎを演出だと思ったらしい観客の拍手喝采を浴びながら、フィカルは素早く剣を仕舞うと空に向かって指笛を鳴らした。急降下する紅色の巨体に広がるどよめきを気にすることもなく、スピードの緩むことのないスーに私を抱えたままあっさりと乗り上げる。色んな方向へと体が引っ張られるような衝撃でシェイクされて私は目が回った。
舞台をかすめるようにして再び上空へと戻るスーの上で、座席の背もたれを右手で掴んで立っていたフィカルがゆっくりと私を座席の中へと降ろす。私はフィカルの手が離れないうちに慌ててベルトを締めて持ち手に掴まった。
既に広場は遥か下にある。




