宵祭15
疲れていたはずがなんやかんやあって日が暮れてもしばらく寝付けなかったために、翌日、つまり宵祭前日は見事に寝坊をした。
といっても影響はない。
「…………」
「いや、ご飯食べに下行こうって言ってるだけなんだけど」
伝達に来てくれたルドさんが、念のため今日はリハーサルも少なめにした方がいいと言った。それを受けてフィカルが「今日は休む」と言い切ったため、1日部屋に篭っていることになったのである。
おまけに部屋から1歩も出さない勢いの厳重な警備体制。窓の外には真っ赤で大きい警備員も配置されている。鉄壁である。トイレくらい自由にいかせて欲しい。
フィカルが昼食を取りに行ってくるのを大人しく待つということに同意すると、フィカルは素早く扉を閉めていなくなった。だから鍵を掛けなくても大丈夫だというのに。
せっかくなのでアネモネちゃんと遊ぼう。
「アネモネちゃん、はい、紐」
白っぽい二叉の小さな根っこを動かして歩いているアネモネちゃんだけれども、こう見えて(いや、見た目はフツーの花だけど)中々運動神経が良い。走るのも素早いし、革紐を組んだ細長いベルトを左右の手で持ってピンと張ってみせると、その上を綱渡りのように危なげなく渡るのである。
真ん中辺りまでしたたたと走って、ぴたっと止まる。片足で立ってぴょんぴょん、両手をわさわさ。ジャンプして反対の足でベルトに着地して、わささ。その動きに合わせて紺色で艶のある花がふわんふわんと揺れる。
「可愛い上に天才か……」
うりうりと花びらの外側を撫でて癒やしの時間を過ごしていると、フィカルがあっという間に帰ってきた。片手で持っているお盆の上にはナシゴレンに似ている料理にお水の入ったピッチャー、スプーン。そして添えられたデザートの果物。危なげなく持つ腕力が羨ましい。
料理を音もなくテーブルに配膳して、ついでとばかりにフィカルは生えてきていたジャマキノコを窓の外に投げ捨てた。
「運んでくれてありがとう。食べよう」
アネモネちゃんを花瓶にリリースして、私とフィカルは静かな昼食を開始した。
お米に似た食べ物を使った女将さんの料理は絶品だ。今日は少し濃い目の味付けに辛さを利かせた付け合せが付いていて大きな目玉焼きも載っているので、なんだか東南アジアっぽいのは気温が高いせいだろうか。
今日は風があるので、窓を開けているとそれほど汗もかかない。大きめの窓から入る日光でぼんやり明るい室内で、スパイシーなごはんをもくもくと食べる。デザートはヌヌというグレープフルーツくらいの大きさの果物で、大きいけれど弾力のある皮を剥くと中身がフカフカした綿のような食感で食べやすい。あっさりした甘みと独特なほろ苦い後味が夏にピッタリの果物である。
食休みに2人揃ってぼんやりしてから、私は座ったままで演舞のイメトレをすることにした。明日は宵祭の本番だし、午前中に練習をする時間が少しあるとは言っていたけれど何となく落ち着かない。人前に出るという緊張感もあるし、テューサさんを攫った謎の人物についても忘れてはいない。
しかし謎の人物についてはよくわからないし、はっきりいって私は戦いとか一切わからないので悩んでも無駄だ。他人任せで悪いけど、もしその人物が私を襲ってきたのであれば、近くにいるフィカルが助けてくれると思う。そしてフィカルはすごく強い。
相手がどれほどの魔術師であるのかはわからないけれど、フィカルが後れを取ることなど早々ないだろう。
なら、私は今やれること、つまり踊りに対しての不安を少しでも無くすことをすべきだろう。
何度か頭の中で通し稽古をしてから、隣りに座っているフィカルに話しかける。
「フィカル、いつもありがとう。私、フィカルがいてくれるだけですごく心強いし助かってるよ」
こちらを向いているフィカルは僅かに目を細めて、私をむぎゅっと抱き寄せてスリスリと首筋に額を擦り付ける。相変わらず大型犬かつ猫っぽい。
「無事に宵祭を終えて、美味しいものをいっぱいいっぱい持って帰ろうね」
こっくりフィカルと頷き合って、私達は気持ちを新たにした。
既に続々と集まっているお供え物、目新しいお菓子や気になっていた食材が数え切れないほどだった。あれをゲットするまではトルテアに帰れまい。テューサさんのことを言えないほど、私も俗な理由でモチベーションが上がっているなあ。
宵祭の演舞に出ることが決まってから、練習に追われていてなんだかんだとこうして2人でまったり過ごす時間はほとんどなかった。冒険者としての仕事を一緒にやるときも楽しいけれど、特に予定もなくぼんやりと過ごす時間はリラックスできて気持ちが良い。こういう私の平和な時間は大体フィカルの力を借りて作られているようなものなので、本当にありがたいなあとたまにしみじみ感謝してはぐりぐりされているのだ。
感謝は言葉に出して相手に伝えるべきだと私は教えられて育ったので口で伝えるけれど、フィカルはそっと手に触れたり、おやつを渡したり、こっくりと頷くだけでほんのりと伝えてくるからそれもいい方法だと思う。フィカルは無表情で無口なのに、一緒にいると段々わかるようになってくるから人間のコミュニケーションというのはすごい。
翌日。1年の中で最も日が長い1日は、雲一つない青空で始まった。
しっかりと休養を取ってぐっすり眠った私とフィカルは、外が明るくなると同時に出掛けた。広場の準備もほとんど終わり、まだ朝だというのに少しずつ活気が満ち始めている。フィカルが不審者を警戒して帯剣し私を抱き上げて歩いているにも拘らず、既に演舞の衣装に着替えている私達を見て多くの人が声を掛けてくれた。昨日ほぼ一日中宿の外でお座りをしていたスーはくるくると私達の頭上高くを旋回していて、宵祭の良い客寄せと化している。
「おう! お前らも災難だったな!」
「とんだ邪魔が入ったが、気にせず本番に集中しようぜ」
広場の中心に向かって歩き周囲から幕で隠された正方形の舞台へと上がると、演舞で勇者と魔術師を襲う魔獣の役をする人達が、明るく声を掛けてくれた。既にテューサさんは準備バッチリで祝詞の読み上げ練習をしている。昨日は会えなかったので少し心配していたけれど普段と変わらず元気そうだ。
一昨日のように全員で動きを確認しながら、タイミングを合わせていく。魔獣の役をする男性は6人いて、入れ替わり立ち替わり勇者に襲いかかっていくような振り付けだ。全員がカルカチアの男性なためそれぞれの動きはぴったりと息が合っていて、フィカルもそれに合わせるように上手く動きを調整している。私は前半は舞台の近くでしゃがんで待ち、出番が近付いたら準備して素早く走りながら舞台中央に向かう。イメトレの成果か、一昨日よりもぐっとしっくりと来る出来に仕上がっていた。
やがてカンカンカンと鐘が鳴る音が広場に面して立っている高塔からカルカチア全体へと響き渡り、それを合図に私達全員が練習を終えて一旦舞台から降りる。
いよいよ宵祭が始まるのだ。
ご指摘頂いた箇所を訂正しました。(2017/03/26、12/15)




