宵祭14
びしっと指をさされて首を傾げた私を、フィカルがまた抱き上げる。無表情だけれど、これは心配しているのだろうか。今はどう見ても安全だし、テューサさんがまた世にも恐ろしい表情を創り出すことに成功しているので落ち着いて欲しい。
怖い。今ここにある恐怖が。
ぽんぽんと背中を叩いてようやく降ろしてもらうと、仲良いねぇとコントスさんがほのぼのしていた。この雰囲気をものともしないだなんて、魔術師ってすごい。
「えっと……なぜ私?」
「知らないわよ」
「もしかして、私と間違えられたんですか? えっ、テューサさんが攫われたの私のせい?」
今日のリハーサルでは、本番と同じ透け感のある淡い色合いの衣装を私もテューサさんも着ていた。デザインがダイエットを強いるようなものではあるものの、風通しが良く動きやすいため、私は朝すぐにそれに着替えて汗を流すまでそのままだったし、今ソファで体を起こしているテューサさんも衣装を着ている。
もし犯人が私の見た目をよくわかっていなくて、宵祭の魔術師役をするということだけを知っていたのであれば、衣装だけを見てテューサさんを勘違いしたのかもしれない。
さぁ、と血の気が引いた私の顔を見て、テューサさんはフンと鼻を鳴らした。
「違うわよ。魔術師を舞う娘かって聞かれたから、そうだって私が答えたの」
「ええ、なんで?」
「縁談か何かの話をされるのかと思ったのよ!!」
婚活の鬼は逆ギレ気味に叫んだ。宵祭の舞台に上がると決まった時から、ちらほらとそういった話はテューサさんに持ちかけられていたらしい。多くは興味本位で手を出すといった男からの声掛けだったけれど、しっかりした身元の相手から打診されることもあったらしかった。
「儀式をするだけなのも、舞うだけなのも同じようなもんでしょ!」
「えぇっと……」
なんとも言えずに私が助けを求めてみると、コントスさんは苦笑してやんわりとテューサさんを嗜めた。
「無事だったから良かったものの、もっと危ないことになってたかもしれないからね。知らない人はもっと注意した方がいいと思うな」
「そんなこと言ってたら嫁き遅れるじゃない」
「しっかりしてるなぁ……」
「だから別にスミレのせいってわけじゃないわ。悪いのは私を攫った悪人だし」
つん、とそっぽを向いたテューサさんはそう突っ慳貪に言った。もしかしたら、私が気を使わないようにしてくれたのかもしれない。いや、相手探しに尋常じゃない力を注ぎ込んでいたのも事実だろうけれど。
それに、とテューサさんが付け加える。
「その悪人、こう言ったの。『人違いだ、こいつじゃ意味がない』って」
「うぇえ……」
それ、もしかして、私であればなんか意味があったんですかね。
ぞわっとして思わず間近にいたフィカルと手を繋いだ。大きなフィカルの左手を両手で掴むと、銀髪がぐりぐりと擦り寄ってくる。普段は大型犬がぐいぐい来てるなくらいの気持ちで流しているけれど、今はむしろ怖いのでもっとやっててオーケー。
「とにかく、スミレちゃんもテューサちゃんも、今は宵祭で人が多いからなるべく一人にならないように。腕の立つ誰かと一緒にいたほうが良いね。テューサちゃん、心当たりある?」
「用心棒の当てくらいあるわよ!」
街1番の美人の危機である。名乗り出る冒険者もさぞ多いことだろう。それがテューサさんの婿に求めるレベルに達していないとしても。
「そもそも、こんなことが起こったんですけど、宵祭は普通にやるんですか? 犯人もわからないし、危険なのでは?」
「あったり前でしょ?! ここまで来たら死んでもやるわよ!」
「わぁ……私、テューサさんのそういうとこ凄いと思う……」
「あなたに褒められても嬉しくないのよ!」
ツンデレか。
コントスさんによると、テューサさんも見つかったし元気だし、宵祭は重要な行事でもあるから行われるだろう、とのこと。宵祭の本番は舞台のそばに魔術師もいるし、冒険者も警備のために舞台の周囲にそれとなく混じっている。本番が始まるとむしろ安全だろうと微笑んだ。
「といっても警備の見直しもあるだろうし、明日はゴタゴタするだろうなぁ。2人にはとりあえずの術だけど軽く守護の陣を付けておくね」
テューサさんと私の右手の甲に、コントスさんが順番に魔術をかけていく。人差し指で丸く円を描き何かを書き足していくと、何も付けていないはずなのにその跡がぼんやりと青白く光って、しばらくすると消えた。ん、とコントスさんが首を傾げる。
「ああ、スミレちゃんは何かかかってるな。前に来てたパルリーカスの里の子かな?」
「……あっ、そういえばキルリスさんが何かやったような?」
王都からフィカルに因縁をつけに来た貴族3人組のうち陰気な魔術師であるキルリスさんが、私の額に何かをしていたことを思い出した。それから全くなんともないのですっかり忘れていたのだ。今額に手を当てても、何も感じないし実感はないけれど。
「うんうん、心強いね」
「そうなんですか」
「まあ、といっても本人がそばにいない魔術はやっぱり弱くなるから。明日1日はフィカル君と一緒に過ごすようにね。って別にいつも一緒にいるか」
アハハハとコントスさんは朗らかに笑ったけれど、もちろんテューサさんはピクリとも笑わなかった。私はひたすら氷の視線に貫かれないように、新しく生えてきた足元のジャマキノコを見つめていた。
色違いが揃っているのも相変わらず不気味だ。
そういうわけで結局私はフィカルに抱え上げ直されて宿屋へ戻ることになった。ちなみにテューサさんを迎えに来た用心棒は、背が高くて頭を剃っている、武闘派ヤクザっぽいおじさんだった。
宿屋で見たことあるなあと思っていたら、テューサさんが「お父さん」と呼び掛けて驚愕した。がっしりクマのようなガーティスさんと肝っ玉母さんから生まれた妖精シシルさんといい、美人の遺伝子ってどうなっているのだろう。




