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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
陰謀巻き込まれ?編
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宵祭11

 日が長いと、ついつい活動時間が長くなってしまう。窓は木製の扉を閉めていても光が漏れてくるし、暑くて動きやすい。誰もがついつい早起き夜更かしをしてしまって、何となく調子が狂うものの、やはり活動しやすい気温と明るさに浮かれてしまう。

 私も例に漏れず動き回り、まだ明るい夕方にはへとへとになってしまっていた。


「はー酸っぱさがしみる……」


 疲れにはクエン酸。小玉スイカくらいの大きさがあるレモンを多めに絞り、ヨウセイハナハッカのハチミツを入れたジュースはリハーサルで疲れた肉体を癒やしてくれる。女将さんの好意で氷も分けてもらったので、ごくごく飲めるのだ。


 冷蔵庫がないこの世界で主に製氷機として使われているのが、フユナゴリという魔草だ。

 きれいな泉などに生える魔草で、姿は20センチくらいの鯉の頭に鈴蘭のような草が生えているといった変わったやつである。根っこが魚の形をしているだけあって、水の中ではぐるぐると泳ぎ回るように動く。すると周囲の水が凍って、やがて動けなくなると氷が溶けるまでそのままじっとしている。珍しい種類なので高価だけれど、宿屋や大きな食堂などでは水桶に飼って氷を切り出しているところもあるのだった。


 調理場の片隅で氷を砕かれ新しい水を入れられたフユナゴリが一生懸命泳いでいるところはなかなか可愛かった。魔草は大体の場合ドン引きするような見た目のものが多いけれど、可愛いものは物凄く可愛い。


「今日は流石に疲れたね。フィカルもおかわり飲む?」


 同じように部屋の椅子に座ったフィカルはこくりと頷いてコップを差し出した。大きな氷の塊はまだ残っていて、ハチミツレモンを注ぐと涼し気な音を立てている。氷の欠片をボウルに入れたところに浸かっているアネモネちゃんは葉っぱの先で浮いたそれを押して遊んでいた。


 本番と同じメンバーでやる演舞のリハーサルは、高さ2メートルくらいの大きな布を四方に張って行われた。本番と同じものを宵祭より前に見るのは、星石への捧げ物を先に頂く行為で加護が減ると言われているらしい。そのため誰かに見られないように舞台を囲ってやるのだけれど、その布がまた分厚いために風が通らずいつもよりも汗をかいてしまうのだ。

 同じく演舞に出る魔獣役の人は全員がカルカチアの人なので、今日と明日を合わせて2日しか練習する時間が残されていない。支度役の人が連絡を取ってくれて大体の打ち合わせも済んでいるけれど、襲い掛かってくる振り付けなどはタイミングの合わせ方などもあるので何度も練習をするのだ。


 体内時計が狂いやすい大夏を挟んだ3週間は、夜暗くなって寝る時間の他に昼寝を軽く挟むという人が多い。日が暮れなくて夜更かしし、朝が早く来るためつい起きてしまったという人が、ちょっとした疲れを夕方近くの一休みで回復させるのだ。

 昼寝というだけでなんだか贅沢な楽しみのような気持ちになるので私とフィカルもシエスタを楽しんでいたけれど、今日は流石に昼寝をする時間は取れなかった。おかげで演舞はほとんど心配するところがなくなったけれど、そのため余計に疲れが溜まったように感じるのである。


「汗も流したしもう寝てしまいたい……でもお夕飯がまだ……絶対夜中に空腹で目が覚める」


 ジュースを飲んだり塩分摂取のための夜干しシオキノコをしゃぶっているだけではお腹が膨らまない。

 窓を開けているとまだまだ明るい。外は昼寝を済ませて元気をチャージした人が多いためかガヤガヤと騒がしかった。


 ぼんやりした時間があると、ついついコントスさんの占いで響いた言葉について考えてしまう。

 私がこの世界の住民ではないと誰かに知られると、どんな危険があるのだろうか。トルテアで暮らしている中で、異世界から来たという人に会ったことも話を聞いたこともない。そのため何となく大勢に触れ回っていい話ではないのではないかと思ってはいたけれど、例えばガーティスさんやメシルさん達、親切にしてくれた信頼できる相手でも打ち明けては駄目なことなのだろうか。


 テーブルの向かい側でアネモネちゃんがテーブルに飛ばした雫を拭いているフィカルを見る。

 フィカルはどうなのだろう。異世界から来たということが例えば罪人扱いになるような、普通の人が一気に態度を変えるようなことだったとして、フィカルもそうするだろうか?

 私が想像する限りでは、そんな風になるフィカルは全然想像できない。フィカルが誰かに喋るということも考えられないし、私に何かあるとしたらフィカルにも影響があるだろうから、あらかじめ事情を話しておく、というのも駄目なのだろうか。


 そもそも、フィカルはどうなんだろう?

 この世界の人間なのだろうか?


 それは薄々感じていたことだった。多くの人が子供の頃から加入することの多い冒険者ギルドに、あれほどの実力があるのに登録した形跡がなかった。王都をよく知る行商人には、フィカルを見て貴族のように挨拶をするという人もいる。この世界では王族の血が多いほど色素が薄いため、銀髪などを持っているのは高位の貴族ということがほとんどなのだそうだ。

 だけどフィカルは貴族らしいところはまったくないし、実際に本人に質問をすると否定する。


 フィカルは喋ることがあまり好きそうではないので詮索しなかったけれど、もし異世界から来たと言うことを喋ると何かがあるのであれば、フィカルに対しても聞いてはいけないのではないか。わからないから対処が出来ないし、対処をしようとしたら身を危険に晒すということになる。八方塞がりだ。


「フィカル、スミレ、ここ開けとくれ」


 もんもんと考え込んでいると、忙しないノックと共に女将さんの声が聞こえてきた。フィカルが扉を開けると、いつもちょっとキツめの態度で動じない女将さんが、僅かに不安そうな顔をしている。

 女将さんはフィカルを見るなり、早口で喋りだした。


「テューサがいないんだよ。宵祭の練習の後、友達と会うって言ってたんだ。あの子は夕方には手伝いに必ず帰ってくるのにいつもの時間より大分遅くて、迎えに行かせたら友達とはとっくに別れたって。ギルドには頼んだ。黙っていなくなるなんて初めてだ、何かあったんじゃないかと思う」


 女将さんはテューサさんの身に何かが起こったと確信しているようだった。フィカルは話の途中で扉を開けたまま引き返し、いきなり私を担ぐように抱き上げる。それから念のために持ってきた討伐用の丈夫な剣を掴んだ。


「頼むよ、あの子を探すのを手伝って欲しい」

「もちろんです。スーがいるので、上からも探せます」


 宿を継ぐためを思って婚活をしている、責任感の強いテューサさんだ。評判の美人なのでカルカチアに住んでいる人であれば知っているし、姿を見たのであれば教えてくれるだろう。今は人が多いので何か事故に巻き込まれたとか、どこかでケガでもして動けなくなっているのかもしれない。

 ざわざわする不安を押し留めて、窓からスーを呼んだ。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)

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