宵祭9
馬車の荷台から飛び降りたり、スーの頭から飛び降りたり、家の2階の窓から飛び降りたり、そういった訓練を積んで私は落下する恐怖感への免疫を付け、足を素早く体に引き寄せる練習をして、目を回さないように景色を見る余裕を捻出し。
さらさら、とスズノミが鳴る。
流れるように剣を振るうフィカルがその場で足踏みをしたところで飛び入り、手足のスズノミを鳴らしながら周囲を舞う。やがてぐっと近付いて、私はフィカルの両手に足を掛ける。下からの力に跳ね飛ばされるように空中で回転して衝撃に耐え、目を開いて素早く降りてまたそれぞれを補うように舞う。
私はまたさらさらとスズノミを鳴らし、私を手放したフィカルがまた剣を手に取り身軽に舞う。動きを止めずにひらひらと剣の間を縫うように、最後は一際大きなしゃら、という音で止まった。
「……うん、なかなか良いんじゃないか?」
「そうね、これならカルカチアの魔物役の人とも上手く合わせられるでしょう」
いつもの無表情でいるフィカル、そして若干息を切らせている私を見て、ルドさんとシシルさんの先生2人も満足そうに頷いた。勇者と魔術師の演舞最大の見せ所である協力してのバク宙技も、練習を繰り返すことによって今では安定した動きとなっている。
これを習得するために、私は何度高いところからフィカルの腕にダイブしただろうか。もうダイエットのモチベーションもガチになりある程度の成果を見せたし、フィカルへ飛び込むことに対してますます抵抗感がなくなった。これらが良いことなのか悪いことなのかはもう考えまい。
振り付けが一応の完成を見せたことで、踊りの練習に混ざりたがったスーも一応の落ち着きを見せるだろう。いくら賢い竜だからといって、私を受け止める役をやりたがるのはやめてほしい。スーの紅い鱗はつるつるしているので、鞍もない状態であれば勢いよく着地したところで滑って地面に尻餅をつくのがオチだ。
長い間練習に付き合ってくれた2人にお礼を言って、私とフィカルは荷造りをすることにした。大夏の日に向けて日がぐっと長くなっているので、ヘトヘトになってもまだ外は明るいままだ。1週間程前からいきなり日が長くなり始めて、体が混乱するけれど非常に面白い。
宵祭は3日後。今夜は準備のためにカルカチアへと移動することになっていた。
「スー、ほら大好きなジャマキノコだよ〜。美味しそうだねー」
「ギューゥウ」
種類にもよるけれど竜は飛行が得意で、スーは馬の大体3倍を超えるくらいのスピードを出すことが出来る。そのためトルテアで宵祭の準備に関わる人は今日の昼前には出発をしたけれど、私とフィカルは最後の練習をシシルさん達に見てもらうことが出来たのだ。
「欲しい? いい匂い? 食べたいよね?」
「グオゥ! グルルァウッ!!」
「じゃあ言うこと聞けるよね? そーっと、そーっと飛ぶんだよ。わかる?」
スーが瞳孔を真ん丸に大きくしてグリグリと擦り寄ってくる。その背中ではフィカルが手際良く鞍の準備を済ませていた。
私のお願いにしっかりと返事をしたスーは、毒々しいジャマキノコをバクッと食べて満足そうに唸っている。ちゃんとわかっているのだろうねスーよ。アクロバットな練習をしたと言っても、平気になったとは限らないのよ。
「アネモネちゃん、もう出発するから籠に入ってー」
スーの背中をアスレチックコースとばかりにしたたた駆けていたアネモネちゃんが、大きな恐竜顔の鼻筋からぴょんと私を目掛けてジャンプする。私はその体を受け止めて、細長い筒状の特製アネモネちゃん入れにそっと入れた。簡単な蓋も付いていて革紐で首から下げられるそれはありあわせで作ったにしてはなかなかピッタリに出来た。多くの人がカルカチアへ宵祭を見に来るので、今回はアネモネちゃんも一緒に移動することにしたのだ。
アネモネちゃんを潰してしまわないように準備を終えた私をフィカルが鞍の上に引き上げる。
スーの鞍は首の付根から翼の間を通すように大きく乗せる形になっていた。
前の方には座る場所があって、そこを囲うように背もたれが付いている。ちょうど卵の殻の斜め上のほうを切り取って、下の方を鞍に埋めたように丸く囲い込む形になっているため、座って前方に付いている一文字の持ち手を握っていれば急に角度が変わっても振り落とされることがない。ベルトも付いていて物理的には安全だ。
後方は荷物をくくりつけるために金具がいくつか付いていて、その手前、ちょうど翼の付け根のところにある、鞍と一体化したスリッパのひっかけるところのような鐙に足を入れて、フィカルは立って操縦する。
「よし。アネモネちゃんオッケー。シートベルトオッケー。フィカル、いっちゃって! ソフトに!」
フィカルがこっくりと頷くと同時に手綱を引き、軽く助走をつけたスーが大きく羽ばたいた。
貴族のロランツさん達がこの鞍をプレゼントしてくれた時に試乗したとき、騎乗の訓練をしていないスー号はいきなり上下に激しく揺れるわスピードも出るわ色んな方向へ回ろうとするわで非常に恐ろしい目に遭った。その中でもフィカルは高級車にでも乗っているかのように何でもないような顔をしていたものである。
そもそも、あの暴走竜に鞍を付けずに乗っていたというのだから、もうフィカルは人の域を超えていると思う。今更だけど。
あんな思いはゴメンだという私の主張とギルドの規則によって、スーとフィカルは騎乗の訓練を行い、人間が振り落とされないような飛び方になった。けれども空を飛ぶだけあって揺れるし、速いので怖いのは変わらない。演舞の練習で落下には耐性がついても、さほどその気持ちは変わらなかった。
ようやく傾き始めた太陽を真正面に見ながら、2人と1苗を乗せたスーはゆったりと飛んで行く。細かな魔術が施された鞍の上は切るような風もないので、薄手のケープもふわふわと揺れているだけで寒くはない。覆いかぶさるような背もたれから顔を出してみると、フィカルがちょうどしゃがんで後ろの荷物を探っていた。
「……危ないよフィカル。あと私、今ダイエット中だから」
家の中にいるのと同じようにドライフルーツを差し出してきたのを断って、私はフィカルに落ちないように注意してほしいと一応お願いした。




