宵祭8
森と一緒に暮らし、多くの人が冒険者ギルドに所属しているこの世界は、なんとなく、運動神経が良い人が多いように思う。それが生活環境の違いなのか、元々の能力の差なのかはわからないけれど、大人になっても身軽に木登りが出来るという人も珍しくない。
私は運動音痴とは言わないけれど運動が得意と胸を張れるレベルでもなく、体育の成績が5段階中3か4だったということからも察せられる通り、ちょっとした運動ならば問題がないけれどアクロバティックなものは駄目だった。
現代日本では一般的な能力であるけれど、こちらでは「ややどんくさい」くらいに位置する私が演舞の見せ所である空中一回転を出来るのかという点について、シシルさんとルドさんも考えるところがあったらしい。そこでフィカルとも相談して、着地もフィカルに受け止めてもらう、ということになったらしかった。
「いや、着地がオーケーであれば良いという話ではないと思うのですが……」
ちなみに演舞は個人の能力で少しアレンジする程度であれば大丈夫とのこと。中には空中2回転をキメる人もいるとか。もうオリンピックでもなんでも出たら良いじゃない。
「私でも出来たんだから大丈夫よ」
おっとり言うシシルさんだが、彼女は冒険者としてはトルテアでは少ない女性の星4ランクである。魔獣が暴れたと見るやどこからともなく剣を取り出し、真っ先に斬りつけたという話もあるほどの猛者だ。人は見た目によらないというのを地で行くシシルさんの励ましは、残念ながら私に自信を与えてはくれなかった。
仰向けになったら膝を引き付けるなどのコツをいくつか伝授され、勇者役が押し上げてくれるから大丈夫、などという言葉を掛けられ、フィカルが両手を組んだところに足を掛けるという練習をいくつかした後、じゃあやってみようという雰囲気になった。じゃあじゃない。怖い。
「きちんと受け止めるからまずやってみろ」
「ぐっと丸まるのよ」
もういっそここで怪我したら本番やらなくて済む、という覚悟で私は助走をつける。このままいつもの無表情で組んだ手を低くして差し出すフィカル目掛けて走って、階段を登った勢いでジャンプする要領で伸び上がり、それから仰向けに丸まっていればいい。そう言い聞かせながら足を掛けた。
「ひわぁあああ」
ぶわっと体が持ち上がり、空がぐっと近くなる。時間が妙にゆったりと流れて、それからガクッと体に衝撃が来た。ごちっと肘が何かに当たった。そのままボーゼンとしてしまう。
「ま、な、は、」
「スミレ、落ち着いて」
「随分高く飛んだよなぁ」
ルドさんによると、私は自力で飛び上がったというよりはフィカルにポンと放り投げられたような感じだったそうだ。足を引き寄せることも忘れていた私は、高さのお陰で1回転をちょっと過ぎ、仰向けの形でフィカルにキャッチされたらしい。
いきなり体が勢い良く浮いて何がなんだかわからなかった。
「なんか今鈍い音してただろ。どっかぶつけてないか?」
「あ、そうだ、私肘がフィカルにぶつかってたよね? どこに当たったの?」
フィカルは自分の左肩を示してみせた。覗き込んでみるとやや赤くなっている。これは痣になるかもしれない。ぐりぐりと肩を回して見せるフィカルに、ルドは苦笑する。
「まあ、関節は痛めてないみたいだけど、一応今日はやめとくか」
「そうしましょう」
あんなに高く放り投げられて、肩が痛くてキャッチ失敗なんて笑えない。
それから私とフィカルは一緒にやる他の振り付けを習って解散という流れになった。他の部分はこれまで練習していた振りと似ているので、相手とぶつからないようにという点を気を付ける以外は難しいところはない。
私のとりあえずの課題は、放り投げられた後に体を丸めること、そしてフィカルに怪我をさせないように着地をするということ。いかにも投げられましたみたいなのは流石にどうかと言われたので、綺麗に回れるようにというのが課題だ。
「ハァ〜すごい怖かった。あんなのあるって知ってたら引き受けなかったよ……」
家に帰り背後にフィカルをべったりくっつけながら、私は粉末の薬草を混ぜていた。消炎作用のある薬草やひんやりする効果を持つ魔草などに水を混ぜれば湿布が出来る。専門の薬は買うけれど、応急手当程度の知識はギルドの座学で学ぶことが出来るのだ。
手拭いを適当な大きさに切って出来た薬を塗り、フィカルに服を脱いでもらう。貼りやすいように座ったフィカルは無駄のない鋼のような筋肉を纏っていて、普段は大型犬のようでさほど感じない性差が際立っていた。
「はい、動かない! 今抱きついたら流石に怒ります」
上半身裸の男に抱きつかれて流せるような度胸は流石にない。しょぼんと俯いてしまったフィカルの肩を見ると、先程は広範囲が赤かった左肩の部分の赤みが小さくなっている。色も薄くなっていた。
「あれ……軽くぶつかっただけだった? でも私の肘結構ドスッといった感じだったけど……」
湿布を張ってから自分の肘を捲ってみてみると、私の肘の方が紫色に変色しかけていた。これ、後で茶色っぽくなるやつだ。
今度はフィカルが残っていた薬を私の肘へと湿布してくれた。ぐるぐると過剰なまでに包帯が巻かれる。いや、ただの打ち身だし、という言葉はスルーされてしまった。
「とりあえず、お互いにケガがないように着地出来るように練習しようね」
フィカルがこっくり頷く。
そして私は、ますますダイエットの決意を固めることになった。




