宵祭6
「こんにちはー」
「あっいらっしゃいませぇ! お師匠さま! 高額のお客さまが来ましたよ〜!」
今日は薄いグリーンのローブを着た小さいお弟子さんの目がお金マークに変わっていたような気がする。
コントスさんは深い緑のローブを着ていて、今しがた出てきた扉からは漢方のような香りが漂っている。笑い声のようなものも聞こえてきているけれど、それは気にしないことにした。きっと陽気な魔草がいるに違いない。
「いらっしゃい、スミレちゃん、フィカル君」
「スーの牙を持ってきたので、加工をお願いします」
袋に入れたスーの牙をテーブルの上に開けると、背の低い弟子のリルカスは椅子に登ってそれをキラキラと見つめていた。触っていいかコントスさんの許可を得て、鋭い先端に触れないようにじっくりと眺め回している。
武具屋の親父さんによると、スーの牙からは2種類の鏃を作ることが出来るらしい。ひとつはすべてを牙で作る大きな鏃で、太い根本から先へと向けて彫り出すようにして作る。もう一つは牙の先端をそのまま鏃の先端として使うもので、金属で作られた鏃の先に組み合わせるようにして作るらしい。鏃が丸々牙で作られているものよりは安く作れるけれど、貫通力を上げるためにそういった先端だけを付け替えられる鏃もあるのだそうだ。
鏃の形をした木型と、先端だけを彫り出すための目安の木型を渡すと、コントスさんはしばらく眺めて頷いた。大体の大きさにコントスさんが削り出すと、武具屋で更に形を整えてくれる約束になっている。
「良い牙だね。大体3日程度で出来ると思うよ。前金は用意してくれた?」
「あ、全額持ってきました」
「おや。魔術師との仕事は始める前に半額、成功したら半額渡すのが基本だよ。持ち逃げする人間もいるからね」
優しく教えてくれたコントスさんは、両替も面倒だし今回はいいか、と微笑んだ。持ち逃げをするといっても、コントスさんは街で唯一の魔術師として知れ渡っているので難しいのではないだろうか。
大銀貨を渡すとリルカスは小さな手を掲げるように飛び跳ねて持っていく。それから魔術の掛かった領収書である小さな証書と、小さなボールくらいの壺を抱えて戻ってきた。
「はい、証書です! これはサービスの占いですよぉ!」
「これも魔術を使った占い?」
「そうですよ〜! お二人ともどうぞ!」
順番に差し出されて、私とフィカルは交互に壺の中に手を入れた。中には二つ折りの紙が入っている。茶色がかったそれは何も書かれていなかったけれど、開くと頭の中に声が聞こえてきた。
『自らのことを、人に明かしてはいけない。それが身を守ることになる』
私は思わずコントスさんのことを見た。立派に仕事をした自分の弟子を撫でていたコントスさんは、私と目が合うと僅かに微笑んで頷く。私は胸の奥が冷たくなっていくのを感じた。
コントスさんは、私がこの世界の人間ではないことを知っているのだろうか?
そして、それは人には言ってはいけないことなのだろうか?
最初に行き倒れかけた時にガーティスさん達に誤解されてから、この街の人は私のことを「どこか遠くの村で虐げられて捨てられた」と思っていて、フィカルはそんな私を守っていた人間だと思われている。上手く状況を説明する自信がなかったのと、それから慌ただしく生活が始まってしまったためにその誤解は今でも続いていて、私が異世界から来た人間だと知っている人はいない。
見る限り私はトルテアの街の人達とそう変わりはなく、髪の色や顔立ちも様々な人がいるために出自についてしつこく聞かれたことはない。フィカルは無口なのでほとんど私に質問することはないため、お互いにそういった話をすることもなかった。
異世界から来るということは、やはりここでも異質なことなのだろうか。
そしてそれは、知られると良くないことが起こったりするのだろうか。
「研究中の、一人ひとりに違う結果が出る占いですよ! 完成したらぜひ買いに来て下さいねぇ!」
「じゃあ、また3日後に取りにおいで」
ぐるぐると色々な考えが巡って、私は曖昧に挨拶をして家路に就いた。
様々な疑問を誰かに問いかけるためには、自分のことを明かさなければいけない。けれど、そうしないことが身を守る。コントスさんが誰にも聞かれない方法で教えてくれたからには、何か根拠があるのかもしれない。
もし、差し迫った危険があるのであれば、もっと早く、積極的な方法で知らせてくれただろう。ということは、私が今出来るのは、このままの生活を続けることだ。
私は沢山のハテナに蓋をして、不安を締め出した。
隣を歩いているフィカルの手を握る。前を向いていたフィカルがこちらを向いて、手を握り返してくれた。ほっとして、深呼吸する。
「よし、今日もジャマキノコ鍋にしよっか!」
「他のが良い」
味付けは変えているものの、連日続くメニューに珍しくフィカルがはっきり意見した。




