宵祭4
美味しいもの食べ放題に釣られとうとうイエスを返してしまった私に対して、テューサさんは依然としてノーを主張していた。
「元々私が候補に上がっていたのよ! それをスミレ! ぽっと出のあなたが!!」
「す……すいません……」
「フィカルを攫って行くのはまだ我慢できるわ。でもあなた他の縁談とかいらないでしょう?! だったら私に譲ってくれてもいいじゃない!」
私が般若の前でひたすら小さくなっていると、ヒソヒソと内緒話をしていた七三分けの支度役達の代表、ピンク髪のおじさんがそろそろと手を上げた。
「そのことについてなのですが〜……どうでしょう、踊りをスミレさんにおまかせして、その前の奉納の儀式をテューサさんが行うというのは」
「魔術師役が2人ではいけないという前例もないですし」
「スミレさんも並んでいただきますが、祝詞を読み上げるのはテューサさんということで」
「どちらかといえば魔術師役は儀式がメインですし」
「これまで魔術師役へもたらされた縁談のほとんどが『儀式で加護を得た娘と縁を結びたい』ということですし」
今協議の結果決めました、と支度役が提案したことについて、テューサさんはしばらく考え、了承の意を表した。ここですべてをやりたいと言って通らない我儘を言うよりも、確実に縁談を得るという方法を選んだらしい。
私は私で小難しそうな儀式をしないで済むのであれば大助かりだ。
しかし懸念がある。
「あの……欲しい食べ物がテューサさんと被ってしまった場合はやはりじゃんけんでしょうか?」
「私はそんなに意地汚くないわよ! 一緒にしないで!!」
かくして私とフィカルののんびりしたスケジュールの中に、踊りの練習をする時間が組み込まれることになったのである。
ちなみに私は魔術師役に選ばれたことで、街の人からえらい褒め称えられた。
なんでも、魔術師役がトルテアの街から出るのは7年振り、シシルさんが3年連続で務めて以来のことだったらしい。それまではジャマキノコが憑く女性というのはトルテアとカルカチアで大体順番に出ていたらしい。しかしここ7年はトルテアでジャマキノコが生えることもなかったため、カルカチアの女性にばかりお鉢を奪われていたらしい。
勇者役つまり2つの街で最も強い男をどちらから選ぶか、ということでも微妙に火花が散るというのに、候補すら出せない状態であった魔術師役にトルテア側は静かに悔しい思いをしていたらしかった。
ジャマキノコがトルテアで出なくなったのはもしかして、シシルさんがジャマキノコに教育的指導を行ったからでは……という言葉は飲み込んで、私は黙って沢山の応援にお礼を言った。
「魔術師の動きはそれほど難しくないのよ。魔獣との掛け合いもないし」
トルテアとカルカチアの間は馬で四半日ほどの距離がある。毎日習いに行くには距離があるので、トルテアでそれぞれの役をした経験者から振り付けを教わり、祭の数日前にカルカチアでリハーサルを行うことになった。
私に魔術師の振り付けを教えてくれるのはシシルさん、勇者の振り付けをフィカルに教えるのはなんとルドさんである。トルテアの若者の中では頭一つ飛び抜けて強い冒険者であるルドさんは19歳で、去年までの3年間、勇者役を務めていたらしい。明るい紺色の短髪としっかりと筋肉がついた体格、そして気のいい性格という欠点なしな青年である。
「今年もルドさんがやった方が平和だったのでは……」
フィカルが魔獣役代理のおじさんたちと立ち回りを練習している間、休憩していた私はついついルドさんに訊いてしまった。するとルドさんは苦笑して首を振る。
「俺はどっちみち、今年の勇者役は断るつもりだったんだ」
「なんでですか?」
「旅に出るから。星6昇格のために」
「エッ!?」
ギルドの星ランク昇格の試験は、星が多くなるほど環境の厳しい北西地方を目指さなければならない。星5つの昇格試験を受けた去年は雨季明けに旅立ち、宵祭の半月前には帰ってこられたが中々大変だったそうだ。既に連続で勇者役を務めていることと、より長い距離を移動し厳しい試験になる今年の試験のために準備や訓練をきちんとするつもりだということ、そしてフィカルがいるということから出るつもりがないらしかった。
近頃はギルドの仕事よりも鍛錬を行っている姿をよく見かけていたと思ったら。
「えっえっじゃあルドさんもうすぐいなくなっちゃうんですか!」
「まあ、半年くらいで帰って来れるつもりではいるけどな」
「ええぇー……」
気さくで頼もしい冒険者であるルドさんは、老若男女から好かれる人気者だ。私も冒険者ギルドで働き始めたときも、星昇格試験のときもお世話になりっぱなしなので、ルドさんがいないトルテアのギルドを想像できない。
ルドさんは頭を掻きながら、声を小さくした。
「ほらまあ、俺も冒険者だし、やっぱあんなのが近くにいたら悔しいだろ。勇者になるとまではいかないけど、ぼんやりしてる場合じゃねぇよなって」
あんなの、もといフィカルは練習を終えてじっとこっちを見ている。
今までそんな素振りが一切なかったので考えたことがなかったけれど、確かにフィカルが来るまで同年代では一番強かったのにあっさりと抜かれてしまったというのは、冒険者として悔しさがあって当然かも知れない。
「きちんとフィカルが宵祭で勇者役を務めたら、しばらくお別れだ」
「寂しくなりますね」
にかっと笑ってわしわし頭を撫でてくれたルドさんは兄のような存在に感じていたので、私は近寄ってきたフィカルに潰されながらも素直に寂しさを口に出した。
きっと壮行会が行われるはずなので、何かお祝いを用意しよう。過酷な旅に持っていってもらえるような便利なものを。私はフィカルに頬擦りされつつ決心した。




