宵祭3
やりたいテューサさん、やりたくない私、そして私とならやってもいいフィカル。見事にすれ違う私達の意見を、ガーティスさん達や宵祭の支度役という七三分けブラザーズが説得を試みている。
ちなみに頻繁に生えるテューサさんのジャマキノコはもちろん、それに対抗してか地味に普段よりも生えるペースが速い私のハロウィンカラーをしたジャマキノコも、発見され次第スーのおやつと化している。突然のおやつ増量に外にいるスーは喜びに唸っていた。
「そもそも、妖精の加護というのであれば、機織りのお姉さん達でもいいんじゃないですか?」
トルテアのスッチー(古い)、差し入れが日常的に貰えるお仕事である機織りも、妖精の加護で良質な布を織っていると言われている。
しかし私の質問に、宵祭の支度役達はその七三分けの頭をそれぞれ振った。
「いえ、候補はジャマキノコを付けている女性に限っているのです」
「大昔には機織り娘も魔術師役をすることがあったらしいのですが……」
「いかんせん人数が多くなるとその分争いも増えてしまいまして」
「50年前だったかに女性同士の闘いが勃発したとか」
「いやはや恐ろしい」
「シシルさんが9年前にジャマキノコ憑きとなってウン十年振りに機織り娘が魔術師役をしたとか」
「あれは美しかったものです」
「眼福眼福」
ウムウムと頷き合う七三分けのおじさん達。
シシルさんもジャマキノコに憑かれていたため、この宵祭で演舞を披露することになったらしい。妖精と謳われる美女が舞うとは、9年前だとまだ美少女と言われていたであろうシシルさんの舞姿を想像するだけでも美しい。
そしてそんな例えを出されたらますますやりたくなくなる。私はフィカルの頬を引っ張ってスリスリを中断させ、真剣に問い掛けた。
「フィカル、私は踊りとか興味ないしテューサさんとやったら?」
フィカルは普段は死んでいる表情筋を僅かに動かし、しょぼんとした顔で私をじっと見つめながらふるふる、と弱々しく首を振った。縋るような紺色の瞳に私はうっと言葉を詰まらせる。
そんな、困っている大型犬のような顔で見られたら、私が悪いことをしているみたいではないか!
「でも、私も演舞とかよくわかんないし……」
「勇者役はともかく、魔術師役はさほど難しいものではありません!」
「大勢の人前とか緊張するし……」
「たかだか田舎のお祭りですよ〜舞ってる最中は意外と気にならないものらしいですよ〜」
フィカルに言っているはずなのに、なぜだか向かい側から反論がこっそりと投げかけられてくる。地味かつ的確に私の文句を潰してくる辺り、ただの気弱な七三分け集団ではないらしかった。
どうかどうかと今度は私を拝んでくる支度役を睨みつけるテューサさん。
「そういえば、テューサさんはどうしてこんな役割をやりたいのですか?」
「決まってるでしょう、もっとも強い男と練習やらで長いこと一緒にいることになるのよ? それでなくても持て囃されるし、縁談も沢山入ってくるんだから」
「あ、そうなんでグェ」
安定の婚活絡みだった、と思っているとフィカルに絞め殺されそうになった。本当に力が強い人は、抱きついただけでも人の命を奪うことが出来るんだな……。タップして息を吸い込んでいる途中だというのに、フィカルはぐりぐりと私に頭を擦り付けている。
なんなの。そんなにテューサさんの婿候補が嫌だというのか。
七三分けさん達の解説によると、大きな祭の花形ともあって、候補になっただけでも声を掛けられることが多くなるし、役に選ばれたとなれば近隣の名士などからも縁談が入ってくることすらあるらしい。
それだけ伝統ある祭だということと、この祭は魔術的な儀式の役目も負っていて、それが人気につながるのだとかなんとか。
勇者役と魔術師役の2人は演舞の前に、祭壇に祀られた星石の欠片に代表として捧げ物をし、次の大夏までの1年の豊穣と息災を願い、加護を得るという役割があるらしい。星石から直接の加護を得たということで、ありがたーい存在とされるらしかった。
フィカルなんかマジもんの勇者な上に、星石の加護まで得たら本当に歩くだけで拝まれる存在になりそうだ。アルカイックスマイルを練習しておくべきかも知れない。
「ますます自信がないんですが」
これはフィカルのしょぼん目線を振り切ってでも断った方が良いのではないか?
そう考えたのを察知したのか、ピンクの七三分けをしたおじさんが鋭くメリットを追加してきた。
「メシルさんに伺ったところによると、スミレさんとフィカルさんは大層な美食家とか……?」
「いや、そんな大袈裟なものじゃないですけど」
「演舞をしていただくと、大陸全土から取り寄せられた捧げ物をお好きなだけ差し上げますよ!!」
星石への捧げ物として供えられるのは、もっぱら食べ物が多いらしい。捧げ物をするだけ加護を得られると伝えられるお祭りのため、商売を営んでいる人はもちろん、冒険者、果ては一般のご家庭まで趣向を凝らした食べ物をお供えする。
これを好機として行商人は遠方から珍しい食材をこぞって仕入れては売り、また行商人自身も行く街行く街の宵祭で捧げ物をする。王都で代々有名な大商人の1代目は、すべての街の宵祭にお供えを出したことで商売繁盛の加護を得たといわれているらしかった。
通常、宵祭というのはそれぞれの地元で参加するものらしい。しかし宵祭で行われる演舞の舞台がトルテアであることから、別の街に住んでいても特にこの街へのお供えを送るという人も多いらしかった。
「普段手に入らないような高級食材が沢山! キタオオツグミの卵は絶品ですよ〜。脂のとろけるヨウセイブタも生きたままお供えされますから料理し放題! もちろんお好みに捌いて差し上げます!」
「よ、ヨウセイブタ……」
私は生臭さが完全に抑えられ、濃厚な旨味が舌に残るあのレバーペーストを思い出していた。キタオオツグミの卵といえば、王様の卵と呼ばれている幻の逸品。それがタダで……。
「さらに多くの店が祭りのために出店します。そこで! お好きなだけ! お買い物頂けます!」
「全力で頑張りたいと思います」
「ちょっとあなた何食べ物に釣られてるの?! 嫌がってたじゃないの!」
テレビショッピング並に巧みなトークに引っ張られてつい頷いてしまった。
ごめんなさい、テューサさん。
人生には美味しい料理が必要だと思うの。




