宵祭2
「断ることは出来ないわ! フィカルは私と踊るのよ」
「断る」
美人同士のケンカって怖い。テューサさんは迫力ある怒り顔、フィカルは無表情と対象的ではあるものの、私や七三分けお祭り委員会の人達はブリザードに震えている。
特にフィカルは私をぎゅーっとしながら断る攻撃を繰り出しているので、テューサさんの殺気が私にビシバシ当たっている。合戦場で流れ矢に当たった足軽ってこんな気持だろうか。
七三分けおじさんズはあわあわしていて頼りにならないので、私が話を進めることにした。
「つまり、フィカルに演舞を頼もうとしたら断られたと」
「そそそそうです」
「えーと、私は帰ってもいいですか?」
「待って下さい! 行かないで!」
どうせ説得などを頼まれるに違いない。仕事の依頼などでよくお願いされるので説得し慣れている感はあるものの、面倒だし祭の役割であれば自分たちでフィカルを口説き落としてほしい。
しかし七三分けーズは私の離脱を許さなかった。
「スミレさん、フィカルさんはスミレさんとであれば演舞を受けると……」
「こ、断る!」
何をいきなり人を巻き込んでいるんですか、フィカルよ!!
咄嗟に私も七三分け達を言葉で斬りつけ、信じられないという目で至近距離にいるフィカルを睨んだ。美人の般若顔の30分の1ほども威力がないらしい私の視線をものともせず、フィカルはすりすりと私をがっちりホールドしている。それを睨みつけているカルカチアの阿修羅像ことテューサさん、そして半泣きになりそうな七三分けグループ。
地獄の三竦みを見兼ねて宥め始めたのが、ガーティスさんとメシルさんだった。
「ガハハハ、こりゃ大変なことになったな!」
「笑ってる場合じゃないよったく。スミレ、何もフィカルの我儘ってだけじゃなくてね。一応あんたにも相手役の資格があるんだよ」
「なんですと……」
メシルさんが指差したのは私の隣。
ちゃっかり生えてきているそれは、どぎついムラサキとオレンジのまだら模様。そして目玉のような模様が2つ、まるで私の方を見ているかのようにでんでんと付いている。
ジャマキノコだった。
いわく、演舞というのはトルテアが出発の地と言われるようになった由来の話を踊るらしい。
最初に勇者になった若者が魔獣に襲われているところを、妖精の加護を受けた魔術師が助けに入る。そしてその二人はここトルテアから旅立ち、力を合わせて魔王を倒したらしいめでたしめでたし。
それを記念した祭でもある宵祭なため、演舞をする勇者役はトルテア・カルカチアで最も強い若者が選ばれる。
そしてその相手役は、ジャマキノコが憑いている、つまり妖精の加護を得た女性らしい。
「……あんたのせいかー!」
ジャマキノコにストーキングをされて苛まれている上に、祭で踊るという苦行を課せられそうになるとは。
思わず私はジャマキノコの頭、というか傘の部分をべしっと叩いた。ジャマキノコはころりと生えていたソファの肘掛けから取れて、ドシンという音と共に床に落ちた。みっしりと身が詰まっているので意外と重いのである。
転がったジャマキノコは私を抱きしめたままのフィカルが片手で持ち上げ、風通しに空けていた窓の外へと放り投げた。バサッと翼のはためく音と、バクリとジャマキノコが消えた音がする。
「あぁっ! そんな乱暴なっ! あれは魔術師役となるのに重要な証拠でもあるのに!」
「いやそんな証拠とかいらないですし」
しかし、テューサさんがフィカルの相手役として自信満々であるということは……。
私は彼女の方を向いた。腕を組んで座っている彼女の足元、と横にデデーンとズングリした毒々しさが生えている。ムラサキとどピンクという私のところに生えているジャマキノコの元々の色と同じそれを、テューサさんも若干辟易した顔でちらりと見やっていた。
「あぁ……」
「その仲間意識みたいな顔やめなさいよ! それに何なの、あなたのキノコ! 色も違うし目玉が少なかったじゃない!」
「あ、それはシシルさんに教えてもらったんですよ。色も気持ち悪かったし頻度も多すぎたんで減らすように頼んだんです。まあ今でも気持ち悪さはありますけど」
「何それ教えて」
テューサさんの目がマジだ。
あの目玉沢山状態に四六時中狙われる恐ろしさは身に沁みているので、後で教えると約束をした。シシルさんはジャマキノコに悩むすべての女性を救う発見をしたのではないだろうか。本人は苛々したから八つ当たりをしてたみたいなニュアンスではあったけれど。
気の強いテューサさんでもジャマキノコには参っているらしい。ちょっとしたシンパシーを感じていると、七三分けピンクのおじさんが割って入ってきた。
「とにかく! そういうことでありまして、慣例であればジャマキノコを出すことが出来る女性に任せるということですし、今年はカルカチア住民のテューサが加護を受けているし、と思っていたのですが……」
「断る」
「ということなので、同じくジャマキノコの加護を持つスミレさんにお願いできないかと……」
ジャマキノコの加護っていうな。
「ちょっと! 私はこの役のために加護を受けるよう努力したのよ!? 私にもその権利はあるはずでしょう!!」
「そうですよ、やる気がある人がやった方が良いですよ。私は宵祭もよくわかってないし人前で踊るとかも無理です」
私とテューサさんは出会って初めて意見が一致したのではないだろうか。
今回ばかりはテューサさんを応援したい。
少ないとは言っても街の皆が参加する、しかも2つの街が合同でやる祭。そんな大勢の前で踊りとか、無理。中学の授業でやった創作ダンスでも死んだ目をしていたというのに。
私達2人の剣幕に、七三分けをした人々はますます弱りきって、フィカルは私を閉じ込めている腕に力を込めた。




