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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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風邪にはマシュマロ3

 この世界でのスタミナ料理といえば、もっぱら魔草、そして魔獣の肉である。魔力があるので体内の魔力が多い人はもちろん、濃厚な栄養で疲労回復、体力増強、毎日魔草を食べて長生き自慢なんていうご老人も珍しくない。

 しかし魔草は大体見た目がエグい。魔力があるだけあって草なのに動いたり叫んだりするため、やや生き物に似た造形をしているためである。そもそもこの世界の植物は非常にカラフルで、ビビットカラーの木やどす赤い草など珍しくはない。


 木のスープボウルに入っているのは、鮮やかな青色のシチュー。人間の手に似た根菜が入っている。匂いからすると、モグラニンニクとトビニンギョモドキも入っている。

 フィカルは私の風邪を気遣って、早く治るようにスタミナ料理を作ってくれたらしい。


「あ、ありがとう……」


 栄養は抜群だ。私のメンタルダメージも抜群だ。

 青色の食品という視覚からの攻撃を避けて、目を瞑りながらスプーンを口に入れた。味はまずくはない。しかしスタミナ料理なだけあって味が濃厚だった。体力と共に弱った胃には中々キツイジャブをお見舞いしてくれる。


 私がスープを飲む様子を心配そうに見ていたフィカルは、おもむろにテーブルの袋の中からある植物を取り出した。くったりとしていたそれは、フィカルに掴まれた衝撃でンギエエエエと絶叫した。


「わ、わあーシンセツソウもある……」


 シンセツソウは森のあちこちに生えている、地面の振動を感知するとンギエエエエと絶叫する魔草である。ちょうど灰色のブロッコリーのような形をしていて、茎の部分が丸みを帯びていてそこに付いている3点の縦長に黒い染みが顔に見えるような不気味な草だ。

 そんな見かけでもそのまま食べると老人でも元気になるといわれているほど栄養満点な上に、干して煎じたものを飲むと腹痛、下痢、高熱、頭痛に、絞って布に浸してあてると打ち身、擦り傷軽い火傷に効果覿面。シンセツソウが叫ぶと医師が逃げるといわれる。


 まだ叫んでいるものを食べるとクセがなく美味で、叫ばなくなってしまったものは味も栄養も落ちると言われているため、食材にするものは食べる直前に収穫するのが理想と言われていた。

 近くを歩くと叫び声で居場所を知らせるため、森を歩いていればすぐに見つけられるのである。


 フィカルは私がスープを食べ終わるのをシンセツソウを持ったまま待っていた。ボウルが空になるやいなや、トントンと振動を与えて叫んでいるものを口元に持ってくる。


 いや、わかる。栄養があるのはわかる。

 でもこれ絶叫している植物なんてホント食べにくいから。


「いや……もうお腹……うん……いえ食べます……」


 心底心配しているような瞳で見つめられて断れる日本人がどれほどいるというのか。

 私は絶叫する魔草をシャクシャクと齧った。食べだすと叫び声が激しくなり、途中で弱くなって消えるのがまた罪悪感を増やさせる。

 味は甘みの少ない梨のようなさほど癖のないものなのに、なぜこうも食べづらいのか……


「ご、ごちそうさ……フィカル……それももしかして食べさせようとしてる……?」


 生きたままのミズサソリ、キノボリウサギの目玉、ススリナキクルミ。

 どれも屈指のスタミナ食材でありながら、屈指のゲテモノ食材だ。


 こっくりと頷いたフィカルが迫ってくるのをじわじわと退避していると、扉が元気良く叩かれた。これが天の助けか。


「スミレ、風邪で寝込んでんだって?! 食事持ってきたよ!」


 ババーンと現れたのはギルド所長であるガーティスさんの奥さん、メシルさんだった。

 どうやら医者を呼んできたついでに、フィカルはギルドに今日の仕事を休むということも連絡してくれていたらしい。


 メシルさんは肝っ玉母さんといった風貌の通りに、逞しい腕で大きな籠を抱えている。布が敷かれたその中には蓋がされた小鍋とごくごく普通のフルーツが入っている。


「フィカルあんた、弱ってる娘にこんなもん食べさせちゃ悪化しちまうよ! ただの風邪なんだから胃に優しいもん食べて寝ときゃ治るんだから!」


 ズバッと言われて、珍しくフィカルが落ち込んでいた。


「えっと、フィカルも私のために用意してくれたんだし……」

「それでこの味の濃くて胃がムカつきそうなスープを平らげたのかい? あんた病人のくせに気を遣ってたら治るもんも治らないよ!」


 私にもズバッと言ったメシルさんはテキパキとスタミナ食材を片付けてしまった。まず私に胃薬を飲むように言ってスープはフィカルが飲むように指示し、残ったものは保存できるように加工していく。それからテーブルにはフルーツを並べ、持ってきた鍋は後で温めるようにとフィカルに教え込んでいた。


「スミレ、胃が落ち着いたんならさっさと寝ときな。じゃないとオロオロして落ち着かないのがいるんだから」

「そうします……」

「念のためあと2日くらいは休みにしとくから。長引くようならまた医者を呼ぶんだよ」


 風邪の病人を看病するときの基本的なことをフィカルに教え込んだメシルさんは挨拶もそこそこに帰っていった。フィカルは立ち上がろうとした私を抱えてベッドまで連れていき、きっちりと毛布を掛ける。

 いつもよりしゅんと落ち込んでいる無表情を見上げて、私はフィカルの手を握った。


「看病してくれて嬉しいよフィカル、ありがとう。しっかり寝てすぐ回復するね」


 フィカルは私の手をぎゅっと握り返して、いつもより控えめに首元にぐりぐりと擦り寄ってきた。熱が出てるから汗臭いだろうに。

 大きなフィカルの手の感触を頭に感じながら、まだぐるぐると違和感のあるお腹を抱えて眠った。



 ふわふわと、あたたかくて、やわらかい。

 肌触りの良いそれは、子供の頃使っていた毛布だ。ピンクとオレンジのグラデーションをしたそれをしっかり握って部屋を見上げると、お母さんが心配そうに私を覗き込んでいる。額の汗を拭いて、新しい氷枕に替えてくれた。

 のどが痛いよ、と言うと、ハチミツ湯を作ってくれる。

 お気に入りのキャラクターのコップ。零さないようにスプーンで運んでくれる甘い味。



 目を開けると、そこは暗闇だった。

 熱を測るように額を撫でた手が、私が起きているのに気付いてベッドサイドのランプを点ける。


「フィ、カ、ル」


 フィカルは私の顔をじっと見て、喉近くに耳を当て、それから私をゆっくりと起こした。ぼーっとされるがままに手を取られて、湯気の立っているマグカップを見た。

 ハチミツ湯だ。

 この香りで、お母さんのことを思い出したのか。


 ゆっくりとマグカップを傾けると、甘くて温かい液体が喉に染み込んでいく。ほんのりとスーッとするのは、ヨウセイハナハッカのハチミツだからだろう。

 半分ほど飲み干してマグカップを返すと、フィカルがゆっくりと体を寝かせてくれた。体がふわふわと不安定な感じがする。小さな灯りで揺れるフィカルの影を見て、手を伸ばした。


「もうちょっと、一緒にいて欲しい……」


 こっくりと頷いたフィカルは、私の体の下に手を入れてズルッと奥に動かすと、そのままベッドに乗り込んできた。

 そんなにそばでなくて良いんだけど、というはずの口が動かないので、間近で見下ろすフィカルを見つめる。ランプの光を背後から受けて、フィカルの髪は輪郭の形に光っていた。






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