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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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きのこ再び4

 分配されたアバレオオウシの肉を持って、一旦着替えをしにフィカルと家へ帰る。

 魔物討伐で得たものは、討伐参加者が多めに貰えることになっている。特に実行役のフィカルとルドさんは一番美味しい塊をゲット出来るのだ。ちょっとしたクッションほどの大きさもあるそれは、フィカルと相談して燻製や塩漬けなどにもすることにした。

 ちなみに私に分配された1キロほどの塊の半分は、中々の奮闘を見せたスーへとお裾分けすることにする。スーからすれば少ないけれど、アバレオオウシを解体するときに食べない臓物や筋の部分を沢山貰っていたので文句はないらしかった。


 スーは私とフィカルの傘代わりに翼を広げて一緒に家まで付いてきて、そのまま外に居座った。家を囲むように小さい庭代わりの敷地があるけれど、みっしりとそこにスーが詰まっているような感じである。普段ならフィカルが許さない。けれど今はジャマキノコ片付け係として許されているということがわかっているらしく、窓の近くに顔を置いて非常に上機嫌に丸くなっている。


 体がぽっかぽかなのでお湯を沸かすことなく水で汚れを流して、ついでに洗濯も済ませる。手早く片付けて保存用のお肉にハーブやスパイスをなすりつけ、残り物のスープを温めて一息吐いていると、コンコンとノックの音が響いた。番犬ならぬ番竜が大人しいので、スーとも顔見知りかつスーを怖がらない人物らしい。

 扉を開けるとコントスさんが立っていた。傘もカッパもないのに、黒いローブに水滴ひとつ付いていない。


「やぁ。僕は疲れたから今日は休むことにしたんだけど、ジャマキノコはどう?」


 フィカルが無言で麻の大袋を持ち上げた。みっしりではないが結構な量のジャマキノコがゴロゴロ入っている。コントスさんは満足そうに頷いてもう一枚麻袋を取り出し、ジャマキノコが入っているものと交換する。

 それからローブの中からもう一つのものを取り出した。


「これ、お礼と言ってはなんだけど。なかなか可愛い花が咲くから、よかったら飾って」


 差し出されたのは、蕾が膨らんだ状態の植物だった。

 みかんを少し大きくしたようなサイズの花瓶は、途中できゅっとくびれている。ガラス製のそれが透けて、水の部分に5センチほどの白い根が二股に分かれて浸かっているのが見えていた。くびれのところから上は真っ直ぐ伸びた茎と、根本から2本、葉っぱがV字型に伸びている。

 葉は伸びるに連れてヒラヒラに分かれていて、一本だけ伸びた茎は真っ直ぐ15センチほど伸び、同じくヒラヒラしたがくの真ん中に丸い蕾が付いている。大きく膨らんでいるそれは紺色で、日を置かずに咲きそうだった。


「これ何ですか? アネモネ?」

「名前はないから、そのアネモネ? を名前にしてもいいよ」


 名前がないということは、新種なのだろうか。

 球根の水栽培は小学校の時にやって覚えているけれど、このアネモネっぽい花は葉っぱのV字と花瓶のくびれで上手く引っ掛けているようだ。茎や葉っぱは緑色で、私がよく知る植物の姿とほとんど同じだ。


 思えばこっちに来てから、花を飾るということをしていなかった。植物といえば食用か、スパイスにするか、編んで何かを作るかがほとんど。森に咲いている花では綺麗だな〜と見入ることよりも、ムシャムシャと何かを咀嚼したりしているのをドン引きしながら見るといったことが多かった。


 ジャマキノコのせいでテンション下がり気味なことを心配してくれたのだろうか。

 コントスさんにお礼を言って、勧め通りに寝室のサイドテーブルに飾ることにした。確かにベッドで目を開けたときにキノコではなくこれが目に入ったら癒やされるだろう。



 それからフィカルと私はギルドへと戻ったけれど他に魔物が暴れるわけでもなく、何軒か雨漏り修理やお年寄りの買い物代行といった依頼が入ったくらいで、実に平和に一日が過ぎていった。

 夕方ギルドでジャマキノコ入りのアバレオオウシシチューが振る舞われたけれど、私はもちろん遠慮する。あの目玉が入っているかと思うと食欲が減退してしまうのだ。断ったあと、すぐ隣でうなだれたジャマキノコが生えていたけれど、落ち込むのであればストーキングしないでほしい。いや、落ち込んでいるのかわからないけど。


「やっぱり牛肉はステーキですなぁ!」


 塩コショウのみというシンプルな味付けで旨味を引き出したそれに齧り付きながら、フィカルもこくこくと同意してくれた。付け合せは小さなジャガイモと人参。パンもおかわりして2人でお肉を堪能する。焼いている匂いが漏れているのか、スーが切なげに小さく鳴いているのがほんのり聞こえていた。森から拾ってきたアバレオオウシの骨をガリガリ齧っている音もしている。昼間あれだけお肉を食べていたのに、食いしん坊め。


 美味しいご飯でお腹いっぱいになると、気持ちが落ち着く。

 目に痛いカラーリングの目玉いっぱいなそれがあちこちに現れても、声を上げるほど驚くことは少なくなってきた。麻袋は見るたびに膨らんでいっている。明日くらいには30個は軽く集まっていそうだ。


「フィカル、ありがとうね」


 私が気付こうが気付くまいがあれを素早く鷲掴んで適切に処置してくれているフィカルにお礼を言うと、こっくりと頷かれる。大きな手が、よしよしと私の頭を撫でた。大きな手は温かくて気持ちが良い。


 ここへ来てから大分伸びた髪を何度か梳くようにして、掌がこめかみから頬を滑り、顎へと辿り着く。じっと間近で見つめられて何となくいたたまれずに視線をそらそうとすると、やんわりと手がそれを押し留めた。

 フィカルが近付いて、ぎゅ、と抱きしめられる。そしてドサリ。


 なるほど。

 またジャマキノコが出たんですね。


 しばらくはフィカルの好物を沢山作ろう、と私は決心した。






ご指摘頂いた箇所を修正しました。(17/03/01、2017/12/15)

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