きのこ再び2
ギルドで説明してもらった通り、不気味の代名詞と言ってもいいようなジャマキノコはその後も私の傍に頻繁に生えるようになってしまった。
夕食の支度をしていた足元、器を取ろうと振り向いた目線のすぐそば。席について伸ばした足の先。溜息をこらえて目を覆い、気を取り直して食事をしようと見たお皿の隣。シャワーを浴びるためのタイル地の床。タオルを置いてある籠の中。早々に引きこもった布団のお隣。朝目を開けた3センチ先。
気を抜く度にやってくる驚きの連続に、私の心はネガティブ一直線だった。フィカルが私の代わりにそれを引っこ抜いては窓の外に放り投げるのを繰り返してくれなければマジ泣きしていただろう。さようなら、平穏な日々。こんにちは、毒々しい色彩。
半日も経つと、雨でも変わらずに元気なスーが窓の外に待機するようになって、ジャマキノコを放り投げられた傍から丸呑みしていく。一瞬でそれを消してしまう頼もしさに、濡れた鼻先を撫でる手に力が入ろうというものだ。
話は素早く雨が続くトルテアを駆け、ギルドの事務を憂鬱とキノコに苛まれながらこなす私を目当てに、翌日勢い良く訪ねてきたのはトルテア唯一の魔術師コントスさんだった。
筋骨隆々が多い冒険者の中にいると、ますます平凡さが際立つコントスさんは興奮気味に切り出した。
「スミレちゃん、ジャマキノコに憑かれたんだって? いいないいなぁ羨ましいなぁ!! どれ見せて、あっいつの間にか生えてる! そうそうこれだよ〜!」
羨ましいのであればぜひ代わって差し上げたい。いや、代わって欲しい。
今日も元気に毒々しいストーカーを愛おしそうに撫でながら、コントスさんはそっとその塊を持ち上げた。
「うんうん、立派なジャマキノコだねぇ。色良しツヤ良し魔力良し!」
「魔力あるんですか?」
「もちろんあるよ。この辺りの魔草では珍しいくらいに多いね」
動植物でも魔力があるものは魔獣、魔草などと呼ばれる。普通の生き物でも魔力がある場合があるけれど、ないものと考えていいほど少なかったり無害だったりするらしい。それは人間でも同じで、魔力が多いと魔術が使えるけれど、ほんの少し魔力があるけれど使えないという人もいるらしかった。
魔獣は攻撃するときに魔術のようなものを使うことがあるけれど、魔草の場合は北西地方以外ではほとんどの場合は危険はない。ちなみに魔力がある生き物も食べることは出来るけれど、敏感な人などはお腹を壊したりする場合もあるらしい。
「魔術師は魔草や魔獣を食べると魔力が回復するからね。ご馳走ご馳走」
「へぇー」
「他にも魔術の研究開発に使ったりも出来るしね。この辺りでこんな魔草はなかなかないし」
というわけで、とコントスさんは私に向き直った。
ジャマキノコを近付けないで欲しい。
「お願いなんだけど、ジャマキノコを分けてくれないかな? とりあえず30個くらい。必要ならギルドを通して依頼するし、報酬も払うよ」
「いえ、迷惑してるので別に報酬はいらないんですが、私コレに触るのイヤです」
「なぜか憑かれた人はジャマキノコを嫌がるんだよねぇ。僕が女の子だったらぜひとも憑かれてみたいのに」
「こんなどぎつい見た目のが四六時中脅かしてきたらそりゃ嫌になりますよ」
コントスさんは真っ黒のローブから非常に大きい麻袋を取り出して、フィカルに採ったものをここに入れて欲しいとお願いした。頷くフィカルにしばらくスーのおやつがなしになるな、と思う。いや、すぐに生えるので30個なんてあっという間かもしれない。
大袋にみっしり入っているジャマキノコを想像していや〜な気持ちになっていると、コントスさんが苦笑した。
「でもこれは一応、妖精の加護だからね。すごいことなんだよ」
「妖精? 加護?」
妖精は、いるという人もいるしいないという人もいる、そんな存在だった。自然が豊かな場所に存在しているらしいけれど、普通は見つけることができない。本当にごく僅かの人が一度、ほんの少しの間だけ見たことがあるといった稀少さなので、本当はいないという人もいるくらいだ。
その代わりにヨウセイモドキという生き物はあちこちに色んな種類が棲息している。羽を持たずに浮遊する生物だけれども、どの種類もが類稀なる美しさを持つという妖精とはかけ離れた姿をしていた。
「魔術を視ることが出来る人でないとわからないことだけど、妖精の魔力は普通とは明らかに性質が違うんだよ。ジャマキノコの魔力は明らかに妖精のものだね」
「この辺にも妖精っているんですね」
「みたいだね。妖精は気に入った人間に加護を与えるから、スミレちゃんは森に入ったときに気に入られたのかもしれないね」
「えっ……でも私、別に妖精なんて見てないし、変なこともしてないですよ」
確かに森へ入ることが多いけれど、ギルドに入っているのであればそう珍しいことではないし、もっと頻繁に入っている人もいる。私は星ランクが高いわけではないので、何日も掛けて森の奥へと行ったこともないし、他の人よりも特別生き物を可愛がったり自然を大切にした覚えはない。何より、一人で森に入るときは安全のために街に近いところまでしか行かないし、周囲は特に警戒する。その他は誰かと一緒にいるし竜は気配に敏いし、妖精がいたとしたら見ているのではないだろうか。
「妖精が加護を与える理由や条件はまだまだわかってないんだよね。性格や日常生活に共通点がない人に対して同じ加護を与えられることがあるし、稀に自然の少ない王都でも加護を得る人もいるとか」
「そうなんですか」
「まあ、加護自体は良いものだしね。ジャマキノコも栄養も魔力もあって美味しいし。ちょっと見た目が奇抜だけど」
そのちょっとが私にとってはすごく嫌です。
妖精の加護なんて素敵な響きがするからには、なんかキラキラした光が降ってくるとか、いきなり魔術が使えるようになるとか、空を飛べるようになるとか、そういったものを想像するではないか。執拗なストーカーを繰り返す毒々しいキノコが加護だなんて冗談が過ぎる。
雨季で雨続きだということも相まって、非常に憂鬱だ。
早速生えたらしいジャマキノコを麻袋に突っ込んでいたフィカルが心配そうにひっついてきた。普段あまり落ち込むことがない私が昨日から驚かされては憂鬱顔の連続なため、フィカルは無表情ながらもおろおろしているらしい。いつも以上に私の近くにいるし、出来るだけ私が気付かない間にジャマキノコを処分しようとしてくれている。
ぬいぐるみのように抱き上げられるのも、もはや癒やしのように感じられた。生きているものにはジャマキノコは生えないので椅子に座っているよりも安心する。もし晴れであれば、鞍をつけないスーの背中でずっと寝そべっていたい。屋内へ入れないサイズがここに来て仇になるとは。
ぎゅっと私を抱きしめたフィカルが、自分の体に押し付けるように頭をぽんぽんと撫でてくる。その後手が動いてどさっと何かを袋に入れる音がした。
生えるの早すぎ。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




