きのこ再び1
「だぁッ!! 何だその手は!」
「おいおいアリかそれは?」
「イカサマしてねーだろうなぁ?」
どやどやと喧しいのはギルド事務所の内部入口付近、床に円座しているおっちゃん世代達だ。アイスの棒のようなものを使ったゲームを朝からずっと続けている。メンバーは出たり入ったり、雨漏りの依頼が飛び込んでくれば減り、奥で行われている屋内作業を一段落した人数が多ければ増える。それを呆れた目で見ながら女性の冒険者達は椅子に座りせっせと内職をしていた。
私はギルドの仕事中で、今日のフィカルは奥の小部屋で座学のお勉強。
あちこちで作業をする音、突然上がる笑い声、他を邪魔しない程度のお喋り。ノイズのような雨音がそれらを包み込んでいる。
雨季の到来だった。
「んー今年はやっぱ雨漏りするとこが多いみたいねぇ」
受託済みの依頼書を重ねながら、タリナさんは溜息を吐いた。雨季が来る少し前、落雷が続いた時期があって、そのせいで家屋の修繕をギルドを通じて依頼する人が多い。そのためトルテアにいる冒険者の多くが駆り出され、雨季で森へ入ることが少ないと言っても依頼は減らなかった。いつ急なお願いがあっても良いように、手が空いている冒険者はギルドでの待機をお願いされているけれど、その人数も減っている。多くて20人、それ以外は街で金槌を握っているか近隣の町へ雨の被害の情報交換や食料の物々交換にも出掛けていた。
困り顔のタリナさんに温かい飲み物を差し入れして、自分の席へと戻りながら聞く。
「雨季ってこれから1ヶ月くらい続くんですよね? 人手が少ないままだとまずいんですか?」
「魔物が暴れたときの討伐要員が少ないのはちょっとねぇ。雨季は気性が荒くなる生き物も多いし、うちは元々ランクの高い冒険者が少ないでしょう?」
雨は森をぬかるみに変え、ただでさえ見通しが良くない景色をさらに悪化させる。その状態で魔物に襲われれば、トルテア付近に出る弱いものでも大きな事故を喚ぶことがあった。
「ま、これからのことはどうなるかわかんないし、とりあえず今の仕事を片付けよー。スミレ、あっちの棚もお願いね」
素早くポジティブへと思考を切り替えたタリナさんに頼まれ、私は頷く。
私の主な仕事は、現代でいうと書類のスキャン作業といったところだった。終了した依頼書を1枚、平たくてつるつるする石の上に乗せる。そのまましばらくすると依頼書が石に溶けてしまう。完全に溶けたら他の1枚を乗せる。単純で頭を使うこともない作業だけれど、微妙に溶けるまで時間が掛かるので書類が溜まりがちになってしまうのだ。
ギルドで働く他の有能な人々の時間を無駄にしないように、下っ端の私がこれをすることが多い。紙を溶かしている間は、新しい紙に依頼書のテンプレートを書いていく。受付をするタリナさんの隣、机に向き合って黙々と。
ギルドの受付カウンターは立って作業するための高さになっているので、座って作業している私は一見受付希望者側からは見えない。けれどもいつも机がここにあると知っている常連は、カウンターの向こうから覗き込んで私に用を頼むこともある。
手元が暗くなったそのときも、誰かが私のことを呼ぼうとしているのかと思ったのだ。
だから度肝を抜かれた。
「ん? ……ひゃぁああなにこれぇ!!!」
頭上の気配に私が顔を上げると、覗き込んでいたのは冒険者ではなかった。
人ですらない。
そこにいた、いや生えていたのは、すごく大きなキノコだった。
よくわからない驚きに反射的に後退ろうとして、椅子ごと後ろに転んでしたたかに背中を打った。その痛みを味わう暇もなく、パニックした頭がその原因を探ろうとする。
え? 今、キノコ? キノコみたいなのなかった?
ころんだまま顔を上げると、確かにキノコが生えている。
肉厚の山を描く傘部分に太い柄。いかにもキノコ!! といった形状のそれは一抱えほどの大きさがあった。傘の部分が濃〜いムラサキとどピンクという目に痛いマーブル。そこに直径10センチほどの白い円、そしてその内側に黒い円。それがあちこちに散らばっているので、形容するなら目玉が沢山あるキノコのオバケだった。ちなみに柄の部分は蛍光黄緑。なぜそんな配色なのか、創造神というものがいたら小1時間問い詰めたい。
そのいかにも不気味ですと言わんばかりのキノコがカウンターの上に生え、ちょうど私を覗き込むように柄をくいっと折り曲げて、傘をこちらに向けていたのだ。
沢山の目玉に見られているような光景が視界に広がったら、誰だってびっくりする。
私が上げた裏返り気味の悲鳴で、ギルド内はしんと静かになった。
一拍を雨音が支配した後、辺りが急に騒がしくなる。
「おい!! ジャマキノコじゃあねぇか!!」
「もしかしてスミレに憑いてるの? トルテアで何年振りかしら?」
「しっかしコレ、ほんといっきなりだなぁ!」
いつの間にかそばに来たフィカルに手を貸してもらいながら、ようやく私は椅子ごと倒れた状態から復帰することが出来た。心配そうに見てくるフィカルにお礼を言う。
それにしても毒々しく大きいキノコを目の前に、周囲の人々はあまりにも危機感がなさすぎではないか。ほとんどの人は笑顔だし、ぽんぽんと不気味な目玉を撫でている人もいる。
というか憑いてるとはなんですか、不気味な!
「おう、フィカルがいきなり飛び出したからどうかと思ってたら、ジャマキノコかぁ」
小部屋でマンツーマン指導をしていたトルテアのギルド所長であるガーティスさんがのっそりと現れて、慌てることなく不気味キノコを見て言った。
ジャマキノコ。
キノコにしては身が詰まっていてどっしりと重量があり、毒々しい外見を裏切って無毒な上に熱して食べると非常に美味。このキノコは無機物であればどこでも生えることが出来るが、その場所については条件がある。
ジャマキノコは人に「憑く」のだ。特定の人の傍にある日突然発生するようになる。それに予兆も気配もなく、また成長するところを見ることもない。気が付けば、すぐそばにこの大きなものが出来ている。
採っても採っても燃やしても水を浴びても熱湯消毒をしても乾燥した地域に行っても気付けば生えている。記録では、憑かれた人が竜に騎乗して地面から離れた暮らしをしても、水を汲みに降りた一瞬に生えたということもあったらしい。
憑く人間は女性ばかりで、期間は短くて半年ほど、長くて数年に渡ることもある。
害はないらしい。
ストレスが溜まる以外には。
「これは裂いて炙っても美味いし、煮込んでスープにしても良いぞぉ。それにしても久し振りに食べるな」
ガーティスさんはガハハと笑いながら大きくゴツい手をジャマキノコの天辺に乗せ、おもむろにそれをぽこっと採った。それは軽く傾けただけでカウンターから離れ、生えていたところには跡もない。
ほれ、と差し出された目玉満載のキノコから目を背け、私はぶるぶると首を振った。
ファーストインパクトが強すぎて、無害とわかってもとても触れる気分じゃない。
「じゃあ、俺らで食っちまうかぁ。お前ら待機役で良かったな!」
「ありがとよ、スミレ!!」
「これからも生えたら持ってきてくれ。俺の大好物だからな」
「お前独り占めしようとすんな!」
わいわいと取り囲まれてサクッと切り裂かれていくジャマキノコの断面は、血のように真っ赤な色だった。
だから配色がおかしい。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)




