夜明けのお仕事7
「今晩は飲み会だよ〜。トルテア組は全員参加だから遅れないようにねぇ」
そう告げに果樹園へやってきたのはタリナさんだった。果肉を取るためにダマシリンゴを水に漬ける作業をしていた私は動きを止める。
「の、飲み会……」
「そそ。お疲れ会だからね〜ごちそうも出るよ。おすすめは10年物のヒトクイザケ!」
「私はお酒はちょっと」
この世界では16歳から大人とされているので同年代でもお酒を飲む人は少なくないけれど、私はなんとなく20歳までは待とうと思っている。タリナさんは19歳で、濃い緑のお下げ髪という大人しめな見た目に反して酒豪だ。
「飲めなくっても大丈夫。美味しいジュースもあるし料理も最高だから」
「それってカルカチアの人もいるんですよね?」
「もちろん。春の収穫祭も兼ねてるから結構大規模だしね」
3日前までの気まずさを思い出すと、ぶっちゃけ欠席したい。
ヒトクイザケ造りの作業小屋で顔を合わせることがなくなった婚活美女のテューサさんとは、ここ3日は宿でニアミスするくらいの関係になった。とはいえ、フィカルと一緒のところを目撃されれば目線が鋭いし、お風呂場で遭遇しようものなら色々と言われる。昨日はとうとう別の部屋へ移るよう詰め寄られたけれど、フィカルが鉄の「断る」攻撃を繰り返すことによって撃退していた。
タリナさんは全く乗り気じゃない私の顔に気付いて明るく笑う。
「テューサのこと気にしてるんでしょ? 大人数だし、あんまり詰め寄られることもないんじゃないかな? いざとなったら私が庇ったげるし」
「心強いです」
「あの子ももうちょっとお淑やかだったら良いんだけど。まあ根は悪い子じゃないのよ。そのうち諦めるだろうしほっといてやって」
とにかく夜、「カルカチア亭」っていう酒場でね。
タリナさんはそう言い残して元気に去ってゆく。カルカチア亭はカルカチアの街で一番大きな酒場というのは話で聞いていた。タリナさんがごちそうというのだから本当に美味しいんだろうけど、楽しみな気持ちと行きたくない気持ちが激しく喧嘩をしている。
まあ、選択肢は一つしかない。私は溜息と一緒にダマシリンゴを水に沈めた。
カルカチア亭は、人混みやテーブルでごちゃごちゃしていたものの、小さい体育館くらいの規模がある酒場だった。昼間は公民館代わりであったり結婚披露宴なんかに使うこともあるらしいけれど、トルテアにはこの規模の酒屋はない。多分、トルテアではこれほど集まる飲み会を開くことがないからだと思う。
小さくて高さのある立ち飲み用のテーブルが沢山あって、そこでは既にグラスを持った人達がわいわいやっていた。広くてがっしりした大きいテーブルには沢山の料理が並べられていてそちらも盛況だ。私とフィカルはそちらの方へ行って、まずは腹拵えのために間隔の狭い椅子に並んで座る。
「よう勇者! これはカルカチア名物カニの唐揚げだ!! いっぱい食ってけよ!」
「ありがとうございまーす」
「おう嬢ちゃんもしっかり食いな! もっと肉付けねぇと丈夫な子供が生まれねぇぞ!」
それは多分、現代社会ではセクハラでは。
ガハハハと笑って立ち去っていくムキムキのおじさんは私達の前に大皿を押しやったあと、でかいジョッキを持ってバカ騒ぎをしている集団へと突入していった。みんながわいわい騒いでいるので、全体的に音が大きく、話をするためにさらに大声を出すというループに陥っている。フィカルが相手だと大体喋らないのでそういう苦労はしなくて良さそうだ。
小さなカニを丸ごと揚げて甘辛いソースを掛けた料理は、カニが鮮やかな黄色だというインパクトを除けば完璧に美味しい料理だった。蒸した芋を潰して味付けしたものと一緒に食べるといくらでも食べられる。中央に載せられたアバレオオウシの丸焼きは、切っても切っても美味しそうなお肉が続いている幸せな地獄だったし、他にも食べたことない料理が沢山並んでいた。
これ最高作り方知りたいといったことを呟きながらひたすら食べていた私とフィカルの周囲の席は、色々な人が入れ替わり立ち替わりやってきてはお喋りをしていく。大体は気のいい冒険者で、おすすめの料理を教えてくれたり周辺の街道の情報を交換したりしている。魔王を倒したというフィカルの話を皆期待していたけれども、フィカルが無口過ぎるということが解ってからは力試しを願い出るくらいであとは皆でわいわい喋っていた。
それにしても皆、ガッポガッポお酒を飲んでいる。ヒトクイザケが入っていた殻が沢山その辺に転がっているし、グラスやジョッキに移さずそのまま飲んでいる猛者もいる。産地ということもあって、勧めてくる人も多かった。私はひたすら断っていると誰かが庇ってくれてなあなあになるけれど、フィカルへの猛攻は凄かった。フィカルは私といるときは飲まないけれどお酒自体は大丈夫みたいで、コップに注がれたものは普通に飲んでいる。ヒトクイザケって結構度数が高いとか言うけれど、顔色も言動も変わっていないので、フィカルは肝臓も強いのかもしれなかった。
「いーい飲みっぷりじゃねーか勇者様よぉ! もっと行けぇ!」
「おやっさん、注げてねえぞ!」
「良いよなぁ顔も良くて腕も立つ奴ぁよぉ!!」
「うへへぁんっへいらあいい」
「オイお前ろれる……れろつ回ってねぇろ……」
阿鼻叫喚すぎ。
むさっ苦しい冒険者に囲まれて、普通に座っているフィカルが一輪の百合のように見える。遠い目でその光景を眺めていたら、こちらに向かって手を振る人影が見えた。タリナさんとその友達が私の窮状を救ってくれるらしかった。
「ちょっとタリナさん達と喋ってくるね。また後で」
若干不満そうなフィカルに気付かぬフリをして、私は席を立った。
ごめんよと心のなかで謝る。フィカルが来ると、あの阿鼻叫喚が絶対付いてくるし。
タリナさん達が座っていたのは、壁際のソファが置いてある一角だった。テーブルには沢山のスイーツが載っていて周囲には沢山の女の子、さながら女子会の装いである。タリナさんが座っているソファの真ん中を空けたので、そこへ座らせてもらうことにした。
やれやれと一息吐いたけれど、よく見れば周囲の女子も既に出来上がっている。あけすけな話題が飛び交い、色んな人が一気に喋り、明け方のスズメたちのように囀りまくっていた。それでも筋肉成分がないだけ目に優しい。
色んな人に話しかけられながら、私はパウンドケーキをぱくついた。答えられなくても相手が気にしないほど酔っているので、これはこれで気が楽だ。
なんだかんだ言って10日間働き通しだったので、疲労が溜まっている。ソファに凭れ掛かって息を吐くと騒がしさが逆に眠気を誘いそうだった。既に潰れている人もちらほらいるので多分寝ても大丈夫だろうけど、出来ればベッドで寝たいなぁ。
そうぼんやり思っていると、隣の席の人が入れ替わった。
目にも鮮やかなエメラルドグリーン。流れる髪と同じ瞳は猫のようなつり目。すっと伸びた鼻筋に赤く染まった頬、セクシーな唇。
阿修羅……もといテューサさんのご登場である。
ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/09/19、12/15)




