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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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夜明けのお仕事6

 それはそれとして、目下の問題は解決していない。

 「フィカルをゲットしたいがためにテューサさんが私に突っかかってくる問題」である。

 タリナさんが時々諌めてくれるけれど、基本的にテューサさんはこの街の女子のリーダー格だし、顔を突き合わせて仕事をしている以上あまり無視もできない。私にも「断る」一辺倒で人間関係を押し通せる強心臓が欲しかった。


「スミレとフィカルもご苦労さん。昨日も言ったけど、ヒトクイウリの収穫は終わったから、次は西の方の果樹園に行ってね。ここ真っ直ぐ行けばわかるから」


 早朝のハガネヅタを編む作業を終えて、立ち会っていたカルカチアのギルド職員が告げた。ここでの仕事も既に8日目。早起きに耐え、阿修羅に耐え、気持ち的にはもう歴戦の兵士だ。

 ヒガシヒトクイウリはもうほとんど実を収穫し終わり、大人しく木に巻き付くただのホースになっている。ある程度の気温と湿度があればずっと実を付ける種類らしく、冬を除いて年に3回収穫するらしい。スーのおかげで収穫作業が捗りお礼を言われたので、思いっきり撫でると得意になっていた。


 西の果樹園での作業には初めて参加する。近付くと、精々2メートルを超すくらいの木が植えられている。木々の間隔は広いものの、枝が横に広く伸びているので、広げた傘を隙間なく並べているようにも見えた。濃い緑のツヤツヤした葉が生い茂り、その間に真っ赤な実が沢山実っている。近寄ってみると、それは小振りなリンゴにそっくりだった。日本で見るサイズというよりは、アメリカなどで主流になっているテニスボールより少し小さいくらいの大きさだった。


「いらっしゃい! はい、籠背負って! 赤いやつはどんどん摘んでって!」


 慌ただしく作業者の指示をしている大きな眼鏡のお姉さんに、大きい籠を背負わされ、肩を押されて果樹園の一番端の列へと案内された。どの木も真っ赤な実がみっしり生えている。

 これを全部か……。


 アカリノタネという実は、私もよく知っていた。油分を非常に多く含みアボカドの種くらいの大きさがあって、ダマシリンゴという実の種である。ダマシリンゴは強い種類で全土に生えており、多くの実を付け美味しそうな真っ赤な色になるが寝ぼけた味で内側のほとんどが種というがっかりリンゴである。火を点けると長く燃えるので、ランプの燃料として安く流通しているものの一つで、タネは日常的に目にすることが出来る。


 お姉さんに貸してもらった軍手をしっかりと嵌めて枝を揺すってても、ほとんど枝は動かない。ダマシリンゴの木は、背が低いわりに固く枝もがっしりしたものが伸びている。枝に登って上の方の実を収穫するのも簡単だけれど、その代わり小枝であっても肌に擦ると引っかき傷が出来やすいのだ。

 籠を背負っていると登りにくいし、籠を置いてると枝の隙間からは命中しづらくあとで拾う作業が追加される。硬い枝とバランスの取りにくい足場に四苦八苦していると、フィカルと目が合った。


 協力しよう。

 身軽なフィカルが枝に登り、上の方の実を収穫する。私はさるかに合戦のカニのように下で待機。背負った籠でフィカルが投げるダマシリンゴを受けながら、手の届く範囲で収穫する。スーはいっぱいになった籠を持っていく役を任命することにした。ちなみに、ダマシリンゴの実を一つ上げてみると、スーはちょっと匂いを嗅いでぷいっと横を向いた。竜はグルメである。


「怪我しないように気を付けてね」


 頷いたフィカルは弾みも付けずに枝へと登り、長い手を伸ばしていくつものダマシリンゴをゲットしていく。いくつかナイフの音が聞こえたら、私がフィカルの足元に行って籠に落としてもらう。フィカルがサルだったらカニも幸せだっただろうに。

 私が木の下を歩き回って収穫し終わるのと同時に、フィカルも地上へと戻ってきた。1本だけでも、背負った籠は大分重量を増している。ダマシリンゴは果実の部分は使わないので傷を気にすることなく収穫できるため、籠いっぱいに収穫して大丈夫だと言われたけれど、重さの観点からそれも難しいかも知れなかった。スーがもう少し小さければ木の下で背負ってもらうことも出来ただろうに。


 もくもくと収穫して、よろめくほど重くなったら籠を交換する。一度スーに持っていく場所を教えると、器用に籠に付けた紐を咥えて運んでくれるようになったからうちの竜は天才だ。果樹園の人も最初はスーの大きさに怖がっていたものの、働き者だとわかるとしきりに褒めていた。お礼に貰ったダマシリンゴは拒否していたけれど。


 まっすぐに植えられたダマシリンゴの木の半分を過ぎたくらいで、太陽が南中にさしかかり、休憩を知らせる声が果樹園を走り回った。キリの良いところまで作業をしてから、フィカルと共に果樹園の入口近くまで戻ると、サンドイッチのような昼食が配られていた。ここから宿屋までは少し距離があるので果樹園では昼食が付いているらしい。


「じゃあ、フィカルさんはこのまま、スミレさんは食べたら作業小屋に行って大丈夫だからね」

「あっ……あの、まだ収穫終わってないし、このままここで働いたらダメですか?」


 すっかり忘れていたけれど、午後からはヒトクイザケの作業小屋に行くのだった。憂鬱さを隠しきれずに切り出すと、メガネのお姉さんはきょとんと首を傾げる。


「こっちは構わないけど……いいの? 作業小屋の方が楽だし、男の子からの差し入れとかも貰えるのに」

「ダマシリンゴの方がいいです」

「女の子の花形を断るなんて変わってるねー。じゃあ、そう伝えとく」


 お姉さんは首を竦めて歩いて行った。

 確かに、ヒトクイザケ造りはさほど大変ではない。作業が細かく分担されていて、酒を流し入れる力仕事であっても桶が小さくて苦痛なほどではないし、足踏みもこまめに休憩が入ってお茶もお菓子も出る。それが差し入れだとは知らなかったけれど、帰りも青年が待ち受けていて夕食に誘われることも珍しくなく、昨日喋った女の子は作業している間は夕食にお金を使ったことがないと言っていた。

 ダマシリンゴの収穫は男の人が多いし、背負った籠はどんどん重くなっていく。けれども木の間隔が離れているので知らない人とおしゃべりはあまりしなくていいし、こうしてフィカルと一緒に作業出来るので気が楽だった。ヒトクイザケ造りの2日目からフィカルが夕方迎えに来てくれるようになったおかげで知らない青年の誘いを断る苦労はしなかったけれど、それはそれで女の子の恨みがましい視線が刺さって気まずかったし。


 こってりしたそぼろあん風のものが挟んでいるサンドイッチは野菜も多く入っているし、半円形のパンを二つ折りにする形で具を挟んでいるので溢れにくくて食べやすい。濃い味付けが疲れた体に効いて美味しかった。

 スーは果樹園の人に教えてもらった、ダマシリンゴの根を齧る害獣であるモグラを昼食にするらしい。巣穴付近で耳を澄ませ、足音と火攻めを巧みに用いて地上に追い出したモグラを次々と胃に収めている。それが作業員のおっちゃんにウケて、あちこちの巣穴を教えてもらっていた。働き者なことである。


 天気がよく、切り株に座っているとぽかぽかと暖かい。3つ目のサンドイッチをフィカルに譲って一息ついていると、食事を終えたフィカルが立ち上がった。そのまま歩いていって果樹園の端にある生け垣の傍に生えている植物に手を伸ばす。ピンポン玉くらいの実を付けていたそれをフィカルの勧めで齧ると、みずみずしい甘さとほんのりした酸味が口に広がった。


「おいしい! 色がおかしいけど!」


 どぎついマーブルカラーのそれは、凝視していると食べる気をなくさせる色合いをしている。実の中に小さな種が入っていた。しっかりと甘いので小さくても満足感がある。


「あ……これ、なんだっけ山の……山の贈り物みたいな……名前のやつ?」


 フィカルは首肯する。星3ランクに上がってからの座学で習った、凄い色だけれど栄養があって水分も取れるという植物がこれのようだ。山などに生えているので、休憩がてら少し摘むと疲れが取れるとされている。

 ランクが上がると、座学も増える。危険な魔獣の特徴とか対処の仕方、毒草の見分け方、解毒や治療法も。

 フィカルは旅もしたし、ランクも上なのでこういった植物にも詳しい。とはいえ一足飛びに星4ランクから星10まで昇格してしまったので、座学が今大変なのだそうな。座学はギルドの事務所にある部屋で先輩から教えてもらうのが基本だ。トルテアで今まで一番強かったのが所長のガーティスさんだけれど、ガーティスさんは星8だし仕事が忙しかったりするので、いずれは王都のギルドから先生が派遣されるか、王都まで座学を受けに行くかしなければいけない。星3の座学でも割と覚えることが多いので、私はフィカルに同情しまくりだ。


「ヤマノハナムケだ! だよね?」


 正解、とフィカルは頭を撫でてくれた。いつもとは逆だと何だか違和感がある。

 それから私達は午後もダマシリンゴ収穫機と化した。慣れると収穫のスピードが上がって、なかなかの量を収穫できたと思う。スーも籠を運ぶ仕事の傍らでモグラをお腹いっぱい食べたらしく満足そうだった。なんでもここ数年モグラの被害が深刻だったそうで、スーは色々な人から感謝のおやつを貰っている。


 翌日も平和に過ぎていった。

 それが崩れたのは翌々日、カルカチアでの仕事最終日の夕方である。






ご指摘頂いた間違いを修正しました。(2017/12/15)

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