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行き倒れも出来ないこんな異世界じゃ  作者: 夏野 夜子
とくにポイズンしない日常編
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夜明けのお仕事5

 フィカルが持ってきてくれた夕飯はこちら風カレーだった。カレーの味ではないけれど、あえて表現するならばカレー、といった食べ物である。スパイスがこれでもかというくらいブレンドされ、茶色っぽい見た目、ゴロゴロ入った具が煮込まれている、辛い食べ物であるというところはとても似ているけれど、辛さが唐辛子などの辛さというよりは、山椒や花椒っぽい、食べ過ぎると舌が痺れそうな辛さで、ジャスミンのような甘い匂いや味も混じっている。


 非常に美味しくて好物になったものの一つではあるけれど、自分で作ったことはない。理由は2つ。沢山の種類のスパイスが必要なこと、そしてカエルっぽい肉が必要不可欠だということ。カエルっぽい肉はカエルヨウセイモドキという生き物なのだけれど、見た目がカエルそのもので、風味付けに使われている。足なんかを掬うと非常に食欲を減退させられてしまうもので、カエルヨウセイモドキの肉自体をまだ食べたことがない。美味しいらしいけど、見た目が無理。あまりにも嫌がるので、私がこれを食べるときはあらかじめフィカルが取り除いてくれるようになった。非常に優しくて男前である。

 その微妙な肉さえ取り除けば、非常に美味しい庶民料理である。フランスパン並に固いパンと一緒に食べると最高。


 食後のデザートは、こちらではシャワーを浴びた後の一息のことを指す。カレーのスパイスで流した汗をさっぱり落として食べる甘味は至福といえた。

 デザートのお供として、私はその日の話をフィカルとすることが多い。フィカルは無口なのでほぼ私が喋っているだけだけれども。午前中の仕事はこれまでと同じだったので、自然と話は別行動していた午後のことが中心になった。

 ヒトクイザケ造りで歌う内容が割と露骨なこと、覗こうとする男子を厳しい目付役が追い払うのが3回くらい繰り返されてたこと、タリナさんと同じグループだったこと、そしてテューサさんのことなど。


「……だから、フィカルのことを聞いてくる子が沢山いたよ。知られててもこっちは相手のことを知らないから、誰が誰だか覚えるのが大変」


 お茶を飲み干して、はーどっこいしょとデザートとして食べた柑橘類の皮を片付ける。窓辺においておくと虫除けになると聞いたけれど、今の時期はあまり虫がいないので効果の程がわからなかった。

 今日は足を沢山使ったのでだるい。ベッドに乗って足をグーパーさせると、明日太腿が筋肉痛になりそうな気配がしていた。

 念入りにストレッチをしていると、同じく片付けを終えたフィカルがおもむろにベッドの間にある衝立をひょいと移動させた。広がった視界でなんとなくその姿を追っていると、フィカルは次に自分のベッドの傍でしゃがむ。そしてあっという間にベッドをくっつけてしまった。夜なので、音が響かないように一度持ち上げてからそっと降ろすという気遣い付きで。


「…………えーっと……」


 私がコメントに困っている間にも、布団や枕の位置を調節して満足すると、ランプをサイドテーブルまで移動させている。枕元に立てかけたのは手入れを終えた剣。寝る準備が万端だ。


「一応聞くけど、テューサさんが『一緒に寝るのはどうかと思う』ってベッドふたつの部屋にしてくれたっていうのはわかってる?」


 だからどうした? という顔でフィカルは頷いている。

 つまり、フィカルとしては別に寝るということが不服らしかった。わからなくはない。朝晩寒いし、くっついているとよく熟睡できる。いつもより早めに起きなければいけない仕事中である身には、ギリギリで起こしてくれるというのもありがたい。

 私は布団に寝そべっているフィカルに問い掛けた。


「フィカルさ、私のこと、好き?」


 こっくりとフィカルが頷いた。紺色の目はまっすぐにこちらを見ている。ランプの灯りで、銀色の髪は今は柔らかい虹色になっている。


「それはさ、……」


 どういった意味で? と、聞いてどうするんだ。そう思って引っ込めた。どっちの意味で返ってきても若干の気まずさは免れ得ない。

 そもそも、恋愛的な好きだとしても、私はそれに応えられないと思う。


 日本で女子高生としてぴちぴちしていたころは、それなりに恋愛事なんかは興味があった。3年になって受験やなんやで積極的に彼氏を作ろうだとか、そういった気持ちからは遠ざかっていたけれど、それでも友達の話や噂を聞くだけでも楽しかった。


 けれども今、そういう気持ちはパッタリない。なんといっても行き倒れかけたのだ。フィカルに先に行き倒れられて色々吹っ飛んではいたけれど地味に命を脅かされていたし、その後はとにかく生活出来るように、この世界に馴染めるようにで精一杯だった。

 親切な人が多くて手を貸してもらえてはいるけれど、こちらではもう17歳といえば成人している。自分で食い扶持を稼がねばならない。


 そんな状況を一緒に味わっていて、男手として頼りになって、猫かぬいぐるみのようでも可愛がってくれる。フィカルがいなければ、もっとこの世界に馴染むのには時間がかかったのは確実だ。いない間は寂しかったし、何をしなくてもいてくれるだけで心強い。


 たぶん、私はまだあっぷあっぷしてるんだろう。目の前に沢山の障害物があって、それをこなすだけ毎日が過ぎていく。自分が今何を越えたのか、振り返ってる余裕もない。

 もしかしたら、恋愛とか深い関係を作ることを無意識に避けているのかも知れなかった。ここに根を張って生きていくということは、元の世界との心理的な決別を迎えるということと同じな気がする。それが恐ろしくて、私は家族や思い出に浸るということから逃げているという心当たりはあった。


「私もフィカルのこと大切だよ」


 そう言って笑うと、フィカルも微笑み返してくれた。無表情から僅かに目を細める、いつもの笑い方である。


 フィカルはどうなんだろう。

 どうしてあんなところで倒れていたのか、どうしてそんなに強いのか、家族はいないのか。自分が答えることがまだ出来ないから、フィカルにも聞けずにいる。もう少し余裕が出来て、周りを見られるようになったら、自分の後ろを振り返られるようになったら。それがいつかはわからないけれど、今ではない。


 灯りが消されて、部屋は真っ暗になった。少し冷たい布団を被って目を瞑ると、湯たんぽがひっついてくる。温かくて優しい湯たんぽは、私の隙間をしっかりと塞いでくれた。






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― 新着の感想 ―
そこまで言えるなら主人公はもうフィカルを「家族」として受け入れてあげればいいのに
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